63・悪しき剣、いまだ折れず
捨てる神あれば拾う神あり。
まさかの助っ人参上だ。
──あの変な蝿を追っかけて単独行動するのは、やはりためらわれた。
やってもいいが後が怖い。
もしやろうものなら「狙われてる本人が敵の懐に飛び込むような真似をしてどうする」と、ごもっともな理由で周りから詰められることになる。
それは嫌だ。
こちらにしか非がない真っ当な理由で怒られるって、一番しんどい怒られ方だからね。正論は人を傷つける。
なので手の空いてる誰かを探して付き合ってもらおうかと思っていた、その矢先。
この箱女がやってきたのであった。
「もう自由に動いていいのか」
こいつを含めた三体の人形たちは、やはり人間とはメンタルや思考が異なるのか、結構社会のルールを足蹴にする。
自分たちの都合をわりと押し通すというか、気にしないというか。だから気軽に物も壊すし人も壊す。俺も似たようなものだがね。
だから、その辺を根ノ宮さんは不安視していたわけだ。
人形たちが人間の決め事とうまく折り合いをつけてくれるかどうか、それができそうだと太鼓判を押せるまではこの施設から出したくない。
そう根ノ宮さんは以前俺に語っていたんだが……どうなったのか。
「ある程度は許された。私はね。もっとも、常識の範囲内の行動なら──という但し書きがつくが」
オッケーでたらしい。
ま、こいつはアサルトマータの中でも比較的穏やかなほうだからね。それくらいの念押しでも大丈夫か。
ただ、あとの二体が駄目なのが……ちょっと引っかかる。
「多少やらかしても言い逃れできそうな前提だな、それ。でも、そのくらいの注意でいいんなら、あとの二体だって許されそうなもんだけど……」
「ああ、ミスショットとチック・タックなら調整中だ」
「調整中?」
「私と違い、あの二体は他のアサルトマータの力を取り込んでるからな。それが上手く使いこなせない……いや、使いこなせはしてるのだが、何故か力加減ができなくなった」
「あらま。なんでまた」
「わからん。わからんが、おそらく、統括者であるガラテアが消滅したからではないかと、そう、ちーちゃん教授は推測していた。取り込んだ力を無理なく細やかに扱えるようにする、ある種のサポートシステムとしての役目も奴にはあったのではないか──とな。それがいなくなったから、匙加減が難しくなったと」
「そういうことか。つまり、奪った能力がボディに馴染むまで、外に出してもらえなくなったんだな?」
「うむ。そうだ。常に全開使用しかできないならまだいい。暴走や暴発、オーバーヒートなどしたら大変だからな。根ノ宮さんは、あいつらが周囲に被害を与えるのは、できる限り避けたいのだろう」
少しくらいならよさそうだけど、少しくらいじゃ済まないんなら、まあ駄目か。
揉み消しも簡単じゃないだろうしな……。
(でもな……こいつはこいつで……)
こいつが、人間に対して乱暴なことをあまりしないのはわかってる。
他の人形の力も持ってないから、暴走とか加減ができないとか、そんな不安もない。
でも、銀の剣から出る光線がガード不能技みたいな性能なのがやばい。敵に当てたらそのまま後ろの建物とそこにいた人たちも分割しました──とか余裕でやれる威力と射程なのだ。
あまり野放しにしていいキャラじゃない。
だけど、外出が許された。
根ノ宮さんは許可した。
なら、そこら辺も問題ないと、根ノ宮さんはそう判断したんだろうな。こいつはむやみやたらに光線撃って被害を出したりはしないという、判断を。
つまり、何かあったらあの人が悪いのだ。
そうなのだ。それでいいのだ。
よし。
「どうしたユート。黙ってこっちを見つめて。私の各部パーツに違和感でもあるのか?」
俺の視線が気になったらしい。
人形とは思えないムチムチした身体をくねらせ、ディバインが自身の姿を目でチェックし始めた。鏡が無いからそうやるしか他に方法がないのである。
「いやなんでもない。気にすんな。誰の責任になるのか考えてただけだ」
「?」
「そんな気にしなくていいよ。大したこっちゃない。それよりも、さっきの頼みの件だけど……ディバインどうなんだ? 俺の野暮用に付き合ってくれるのか?」
「構わん。むしろ望むところだ。相棒の頼みなんだからな」
「すまんな」
「その代わり、私もあとで、ひとつ頼みを聞いてもらいたいのだが」
「……それは内容によるぞ。無理難題を言われても困るからな」
「そこは心配無用だ。突拍子もない要望ではないから安心してくれ」
木箱で隠れてない、顔の下半分が微笑んだのが見えた。
楽しげな微笑み。
そこに、何かを企んでるような、いやらしさは感じられなかった。
まあ、こいつの性格からして、助っ人料としては高すぎるクソデカ代価を要求するなんてことはないだろう。
「そっか。なら信じよう。話もついたことだし──行くか」
話はまとまった。
椅子から立ち上がり、玄関で待ちぼうけをくらっている蝿のところに向かう。お待たせしてしまったな。
その俺の少し後ろから、ディバインがついてくる。
……何を後から頼まれるのか怖い気持ちも少しはあるが……もう決めたものは仕方ない。それよりも、これから待ち受けていることに集中しなければ。
玄関の自動ドアが開くと、蝿は、付いてこいという具合に飛んでいった。
敵意の矢印があるから見失わなくて済んでるが、なかったら面倒だったな。蝿ってどこに行ったかすぐわからなくなるから。
「あの蝿が案内する先にいるということか、待ち人が」
「おそらくそうだろう。それが誰かまではハッキリわからんけど、でもだいたいの予想はついてるよ。ま、行けばわかるさ」
施設の正門を出て、さらに先に行く。
堂々と出ていったからな。防犯カメラに俺とディバインが映ったのは確実だ。
後から誰かが慌てて追いかけてくるかもしれない。それはそれで追加の戦力になるから嬉しいが、あまり大勢で来られたら敵さんがビビッて退散しかねないので少数精鋭で頼む。
「思ったより速いな」
蝿の飛行速度が意外と速い。
こんな速く飛べるものかと思ったが、ただの蝿ではなく魔物や妖怪みたいな存在なんだから、そのくらいやるか。
歩いてたら引き離される。
軽く走ろう。
「これは、私たちを急かしているのかな」
右側を併走しだしたディバインが、そう問いかけてきた。
「ああ、さっさと来いってことだろ。俺たちが研究所の敷地を離れたのはカメラに映ってるからな。援軍が追いつく前に俺を仕留めたいんじゃないか? あるいは帰りの飛行機まで時間がないか」
そうして話し合ったりしながら、十分以上過ぎたあたりで、
「お」
「あれか。相棒を仕留めようというのに、たった女一人とは。威勢がいいな」
海沿いの舗装された道路から、
砂利の脇道へとそれて、
そこから山道を少し入り込んだところに、
──女が一人、ゆらりと立って待ち構えていた。
その手からぶら下げられているのは、一振りの大剣。
邪悪な力を宿している剣。
どう見ても重傷で血だらけの持ち主とは違い、折れてもいなければヒビすら入っていないようだ。
「……どこでやったか知らんけどさ、あれからまたおっ始めたんだな。その様子だと、あの姉ちゃんは死んだか」
女は答えない。
代わりに、ニヤリと笑った。それが答えのようなものだった。




