62・去る乙女、来る乙女
「これで終わったのかな」
「ひとまずは、な」
間狩がそう言った。不満たらたらな声で。
──あれから。
研究所に戻ると、俺はまず、真っ先にシャワールームに向かった。
キレイ好きだから──そういうわけじゃない。ただ、事情が事情なだけに、臭くなった身体を洗いたかったのだ。
汚いものを見る眼を向けられるのがちょっと嫌だったというのもある。実際汚いんだから仕方ないが。
普段よりも長めにシャワーを浴び、ボディシャンプーもふんだんに使って汚れを落とし、タオルでぬぐう。
使ったタオルを顔に近づけ、臭いをかぐ。
クンクンッ……
特にゲロ臭くはなかった。念入りなシャワーで汚れと臭いを落としきれたのだろう。
やっとさっぱりできた。
そうしてきれいな身体になり、用意された別の服に着替え、ロビーで一息ついていると……そこに間狩がやって来たのである。
「番犬たちは?」
「見ての通りだ。キミなら見えるだろう?」
「そーだな……弱ってるように見えるな。いつもよりぼやけてる」
間狩のそばにふよふよと浮いている二匹だが、普段そうしている時よりも、気持ち薄れているように見える。
あの、フェアリッパーとかいう危ない女にやられたダメージが残っているんだろう。
「気をつけるべき点は素早さだけと侮っていたが……思っていたより、腕のたつ相手だった。私たちだけでなく、先輩やあの二人がいたにも関わらず逃げられるとは……」
まだまだ自分も未熟だと、間狩は悔しそうにつぶやいた。
「もう現れないでほしいけど、そうもいかないんだろうな」
「次は仕留める。間狩が二度も遅れをとるわけにはいかないから」
「そっか。頼りにしてるよ」
「……本心か?」
「やめろよなそんな聞き方。イラついてるのはわかるけど、すさみ過ぎだろ。それとも、自信ないのか?」
「なっ……そ、そんなわけない!」
プライドを刺激された間狩が、上ずった声で否定してくる。
わかりやすい女だ。
そういえば、俺を退治しようとしたときも、策とか使わず正面から斬り伏せようとしてたしな。
よくこんな猪武者がこれまで無事にやってこれたもんだよ。ひょっとして、そこの式神二匹にかなりフォローしてもらってたんじゃないのか?
「……さて」
俺に焚き付けられて、少しは元気が出たのか。
吹っ切れたとまではいかないが、間狩はいつもの感じを取り戻したようだ。落ち込んでいた声が落ち着いたものになっている。
「私はもう帰るが、キミはどうする?」
「このままここで一泊するよ。帰るのは明日の朝にでもするさ」
「そうか。ならお先に失礼するよ」
銀髪の美少女が、椅子から立ち上がる。
弱った式神どもを引き連れ、ピンと背筋の立った歩き方で、玄関のほうへと向かって行った。
「次は仕留める、か」
間狩の後ろ姿が見えなくなって少ししてから、俺は一人呟いた。
「次があるかないかと言われたら……ありそうだよな……」
戦力を蓄え、忘れた頃に再襲来。
かなりあり得る話だ。
ただ、こちらは今回、聖女や、ヤバい剣の騎士を退けている。後者は逃がしたが、それでも退けたのは事実だ。
ならば、それらと同等か、あるいは上回るほどの戦力が揃わないと攻め込んでこないだろう。前より貧相な面子を用意したって意味がない。ただひねり潰されるだけだ。
……でも。
すぐには無理なはずだ。
そう簡単に失った手札の補充ができるとは思えない。
やるとしたって、かなり時間がかかるんじゃないかな。命知らずの強者とか聖女の代わりとか、そうそう見つからないだろ。
それとも、数を揃えて量で押してくるか?
それなら話は変わってくる。
言葉巧みに騙し、おだて、金に目をくらませれば、使い捨ててもいい二流三流の奴らを集めるのもそう難しくないんじゃないか?
「──ん?」
蝿がいた。
ぶぅん、ぶぅんと、飛んでいる。
正面玄関の自動ドアが開いたときに、ついでに入り込んできたのか。
「……おいおい」
ただの蝿かと思った。
だが、違った。
宙を飛ぶ、小豆サイズほどの黒いそれから、矢印が出ている。
敵意の矢印が。
なら、こいつは敵なのか。
だとしたら、この施設の防御機能なりセンサーなりが反応しそうなものだが……なぜ素通りできた?
何らかの能力ですり抜けたのか、もしくはちっぽけすぎて無視されたのか。
攻撃してくる気配はない。
偵察?
俺がその蝿から目を離さないでいると、蝿は、さっき間狩が出ていった玄関へと飛んでいき、近くの柱にとまった。
矢印は消えていない。
「……誘いか?」
どうする。
こっちに来いと、ついてこいと、そんな感じがする。
でも、一人で行くのもな。
どう考えてもこれは、俺を退治しに来たがしくじった奴らの残党が、懲りずに誘いをかけてるようにしか思えない。この状況、このタイミングなら、もうそれ以外ない。
それなのに一人でのこのこ行ったら皆に怒られそうだ。警戒心無いのかと。
せめて、誰かもう一人……。
と思っていると、
こちらにやって来る足音が、聞こえてきた。
カツンカツンでもなく、トコトコでもなく、ドタドタでも、パタパタでもない。
ぺたぺたという足音が。
「ここにいたのか。いつも使ってる部屋にいないから、外の風でも浴びに行ったとばかり」
足音の主が、声をかけてきた。
若い女性の声だ。
そして、聞き覚えのある声。
「探してたのか?」
「そうとも。根ノ宮女史から聞いたが、またおかしなことに巻き込まれ……いや、違うか。今回は部外者ではなく、渦中らしいな」
「そうだよ。それで合ってる。困ったことにさ」
「しかし、あらかた片付いたのだろう?」
「そうだったんだが、そうじゃなくなりそうなんだ。どうも取りこぼしが舞い戻ってきたみたいでね。だからさ、もしよかったら一緒に来てくれないか? どうせ暇だろ?」
「?」
首を傾げ、言ってることの意味がわからないとジェスチャーする、木箱を被ったレオタード姿の女性。
危険な自動人形、アサルトマータの一体──
ディバインであった。




