64・悪女の置き土産
さて、第四章もいよいよ、クライマックスです。
「どういう風の吹きまわしなんだい、白髪のお姉さん」
俺は邪剣の持ち主にそう聞いた。
理由はわからないが、なぜか騎士アンジェリカの武器を手にしている、冷気使いグリムヒルデに。
「クク、確かにな、そう聞きたくなるのはわかる。話と違うじゃないかって、そう言いたいのだろう?」
「まあね」
このお姉さんのターゲットは騎士アンジェリカであって俺ではないはずだ。そう本人も言っていた。なんたら兄弟からアンジェリカの殺害依頼を受けたと。
それなのに。
目の前にいるこの女は、その剣から産み出されたと思われる(嫌な気配がどちらも同じなのだ)蝿を送りつけてきた。水先案内人として。
「私としても、引き受ける義理はないんだが……なんとなく、首を縦に振ってしまってね。それでこうして、待ち構えることにしたわけさ。使い魔を迎えにやってね」
「はっ、その怪我でよくやるもんだな、全くよ」
仕切り直して、傷が癒えてからまたやればいいだろうに、よく今やろうとするもんだね。
思わず笑ってしまったよ。
それくらいグリムヒルデの負っているダメージは、見たところかなり深刻だ。
騎士アンジェリカとの戦いで、かなり斬られたのだろう。凄まじい一戦だったに違いない。
ドレスはズタズタに裂け、流れた血で赤くまだらに染まっている。
特にヤバそうな傷は、額の左側から瞳を通過し、腹のあたりまで引かれた一直線。
他には、左腕や右の脇腹にも深い傷があり、そのどれもが、白っぽい糸らしきもので縫われていた。応急手当になってるかも疑わしいんだが、その糸、意外と効果はあるのかグリムヒルデ本人は平然としている。ゾ○ビ馬?
深刻なダメージなのは見た目だけで、意外とそうでもないのかもしれないね。
よく見ると左の目玉まで縫ってる。どうやったんだろ。自分でやったんなら凄い度胸だ。
「キミに一泡ふかせたいというのが、あいつの遺言でね。この剣を報酬代わりに引き受けてくれないかと言われたのだ。人をここまでの目に合わせておいて……とも思ったが、しかしまあ、それはお互い様か。私は奴に致命傷を負わせたわけだから」
「報酬も何も、それが欲しいなら殺して奪えばよかっただけじゃないの? 引き受ける意味ないじゃん」
「そこはだな、やはり抜き差しならない関係とはいえ、深い縁があるってことさ」
殺し合いも付き合いの内か。
これまでも、ずっと何度もやり合ってたんだろな。なら奇妙なシンパシーくらい芽生えるか。
「今際の際の頼みを無碍にするのは、私のようなならず者でも流石に気が引けたし、何より……」
「何より?」
「東方の島国、そこの未知なる怪物が、これにどう立ち向かうのかが、実に、とても気になってね。なんとも好奇心をそそられてたまらない」
「それが本音か。なにが縁だよ」
「どちらも本音さ」
グリムヒルデが、大剣をかざす。
「むっ……」
黙って成り行きを見守っていたディバインが、異変に気づき、警戒しだした。
木箱から、いつもの愛剣を取り出す。
臨戦態勢だ。
そんな風にディバインが警戒するのもわかる。
大剣から漂う、ろくでもない力と気配が、どんどん高まっていってるからだ。
いったいどんな無茶な頼み事をしやがったんだか、あの不良騎士さまは。
「さあ、一時の、かりそめの肉の姿を、現世にその御姿を顕したまえ、大いなるアポミュイオスよ──!」
唱うように、祈るように、
グリムヒルデが、なにやらうやうやしく言葉を紡いでいく。
アポミュイオス?
(なんだ、聞いたこともないが、だけど口ぶりからして大物っぽいな……まさか、また神とかいうんじゃないだろな?)
星の神さまならこないだ倒したが……なら、今度はなんだ?
もしかして蝿の神さま?
そんな縁起悪そうな神さまいるのか?
「見ろ、相棒!」
大剣から溢れる邪悪な気。
瘴気と言うべきか。
それが異常なほどに濃さを増していき、やがて──
「また、気色悪いケンタウロスみたいな凄いのがきたな」
俺のつたない語彙力では、そう言うことしかできなかった。
半人半蟲。
ヒトとハエが融合している、そんな形態。
上半身は、金色の長い髭と長い髪をワイルドに伸ばした壮年の男性。
筋肉ムキムキだ。
常に帯電してるのか、バチバチと雷めいたものを身体のあちこちから放ち、手には大きな鎌を持っている。
下半身は蝿そのもの。
男性の上半身が、蝿の頭部の代わりに生えているような姿だ。
あの有名なSF映画──転送装置の実験で紛れ込んだ蝿と主人公が融合した存在になるやつで、奇跡的なバランスで主人公と蝿と混ざったらこんなのが完成するのかもしれない。
ただ、サイズは普通の人間より、こちらのほうがずっとでかい。
体長は、ゆうに五メートルはあるだろうか。
そしてこの、人や魔物とは比べ物にならない、押し潰してくるような威圧感。
間違いない。
こいつは──神だ。
『人の……娘よ。なにゆえ……我を、地上に、降ろした……のか……』
喋った。
威厳ありありの、神々しさがある声。
体の芯に響いてくる声だ。
「極東の地に巣くう怪物を打ち倒し、滅ぼさんがために、あなた様の御子、その末裔の魂と意思を糧に、お呼びいたしました。どうか我が願い、末の御子の願いを聞き届けたまえ……」
流石に、神が相手となれば偉そうな物言いもできないようだ。
あの態度も喋りも豪気だった白髪女が、かなり言葉を選んでお願いしている。
『…………本来ならば……許さぬが……我が血を、わずかでも受け継ぎし……者の、命、頼み…………であるならば、よかろう……』
うわ。
了承しやがったよこのハエオヤジ。
気安く呼び出されたことにヘソ曲げて、そこの姉ちゃんブッ殺しちまえばよかったのに……クソ、変な寛大さ見せやがって。
あんなアバズレ騎士の魂だか命だかで満足するなよな……。
「ユート、なんなのだこいつは」
怯えの色がある声。
気圧されているのか、物怖じとか普段全くしないディバインも、緊張と不安が隠せないようだ。
戦闘特化の危ない人形でも、やはり神の威圧というのは怖いものらしい。
「なんなのというか……たぶん、神かな」
「神……だと?」
「おそらく。この重苦しい雰囲気、心に響く声……まさに神のそれだ。どこのどんな神さまかはまでは、俺にもわからんがね」
「……………………」
おおらかさと大雑把さを併せ持つディバインもこれには面食らったようだ。絶句してもうた。
……それにしても。
チャッチャと片付けられるかなと思っていたのに、よりによって、ここにきて神さまのご登場とは……これは久々に本気でやらないと、また死ぬかもしれんね俺。
二回目のコンティニューがあるとも思えんし、気合い入れて頑張るしかないか。
だから、さ。
お前も精一杯ふんばれよ、ディバイン?
お前のサポートする余裕なんか無いかもしれないからな?




