57・聖なる反撃
生きるか死ぬかのバトル好き。
若く幼い少年好き。
邪剣使いのアンジェリカ。
謎ワープ使いのグリムヒルデ。
果たしてどちらが強いのか。
果たしてどちらがより重症なのか。
悪い展開ではない。
こちらとしては、正直この白髪の姉ちゃんの参戦はありがたいことである。
なにせ、この女騎士の戦術や異能は、俺からしたら全くの未知。さっきのわずかな攻防で、これ負けそうにないなって実感はあるんだけど、それはそれとして……嫌なことをしてきそうな、不気味なものがある。
そこにこいつの手の内を知ってそうな強キャラぽいのが現れ、代わりに戦ってくれることになったんだからラッキーすぎる話だ。
でも手放しで喜んでもいられない。
白髪の姉ちゃんは、何もかもカタがついたら、それを──騎士アンジェリカを殺したのを──俺の仕業だと、帰国後に触れ回るつもりだからだ。
それは見過ごせない。よろしくない。
ならどうするか。
ネーナさんの手の、どっかの部位の骨をしゃぶりながら思案する。
・グリムヒルデが騎士アンジェリカを殺した場合
俺のせいにされたら困るのでグリムヒルデを殺す。ろくな人間じゃないようだから、殺しても特に咎められたりしないはず。
・逆に騎士アンジェリカがグリムヒルデを殺した場合
このケースだと、必ずしも騎士アンジェリカを殺す必要はなく、適度にボコって追い返せばよし。しつこく食い下がるなら息の根を止めることも検討する。
・共倒れの場合
これはそのままの事実を各組織に伝えればいいだろう。
そこまでいかず、双方痛み分けに終わったなら、そのあと俺が騎士アンジェリカを失神KOして、グリムヒルデには手を引かせる。どうしても騎士アンジェリカにトドメを刺したいとかゴネるようなら「だったらお前が死ねやオラァ!」となる。
うむ、悪くない。
急ごしらえにしては完璧なプランだ。我ながら驚き。あの羅睺とかいう神ではなく知性の神でもこの身に乗り移ったか?
「さあ来るがいい、薄汚れた剣よ」
「ククッ、そう急かすなよ。言われなくったって行くさ」
どうやら始まりそうだ。
もう少し無駄なお喋りが続きそうかもしれないが……この様子なら、どうせやり合うのは時間の問題だろう。
なら、こちらもまた再開するかな。
五メートルあるかないかの距離で、聖女コルテリアと向き合う。
そのくらいまで俺が近づく間に、聖女の息遣いは元へと戻っていた。
あれしきの事で呼吸が荒くなるんだから、やはり、スタミナはあまりないようだ。これからも実戦やるってんなら、聖女って立場に甘んじてないで走り込みとかして鍛えたほうがいいんじゃないかな。
「少しは落ち着いた?」
「……大した自信ですね。私の呼吸が整い、心が落ち着くのを待ってから、そんなことを改めて聞くだけの余裕があるとは」
「体力お化けなんでね。化物だし」
しかも、若くて顔のいい女の新鮮な血肉を食って心身が充実してるときた。絶好調やで。
いわゆるひとつの誰も俺を止めることはできないってやつだ。爪とかスゴく早く伸びそう。
「その顔」
「顔がどうかした? もしかして好みのツラだったりする?」
「勝てると確信している顔ですね」
聖女は無表情でそう言った。
強い敵意の込められた矢印の行列を、ヘルメット越しでもわかる冷ややかな視線と共に、俺の眉間へと伸ばしながら。
「まあね。ここまで近づいたらもう一足飛びでカタがつくだろうし、しかも、あんたにはもう斬り込み役もタンク役もいない。丸裸のキングだ。チェックメイト寸前にしか思えないんだけどね。俺の目だけでなく、誰の目から見てもそうだと思うよ」
嘘はついてない。
多少の煽りこそ入れてるが、事実だ。これはもう覆しようがないって。
「でしたら、やってごらんなさい。やれるものなら」
しかし、ビビることなく聖女は言った。
(なんだ……? どうしてそんな平然としていられる……?)
おかしい。
何を狙ってるんだ、この矢投げ姉ちゃん。
ブラフってことは……ないよな。
この状況でどんな態度取られようと俺は引き下がりはしない。
やっても無駄だ。
「言っとくけどハッタリなら意味ないぞ。わかるだろ? 俺としては、あんたを気絶する程度にぶちのめせばいいんだから。いかにも怪しいからって、手出しをやめるなんてことはない。そんな消極的な真似はね」
「気絶……? 殺そうとしないのですか? 意外ですね」
「やってもいいが、それをやると、うちの組織やおたくの国がうるさいことを言い出しそうだからな。やらないにこしたことはない」
「私も侮られたものですね」
聖女が、ふぅ、と、ため息を一つつく。
「手加減して勝てると、そう踏んだわけですか」
「人間なんか軽く消し飛ぶからね、俺の本気。あんたを相手に殺さず勝つのなら手加減するしかない。しゃーないさ」
「先ほどまでの、取り乱していた私ならそうだったかもしれません。しかし今はもう不可能です。頭が冷えましたから」
頭が冷えたから、不可能になった。
それってどういう意味なのかと、聞こうとした、そのとき、
細やかな刺繍入りのケープを揺らめかせながら、白い姿が、いかにも清楚な歩みかたで前に出てきた。
歩みは止まらない。
背筋の伸びた、姿勢のいい立ち姿のまま、すぐに距離を詰めようともせず、走らず、駆けず、慌てず、こちらに寄ってくる。
時間をかけて接近してやるからその間にどう対応するか決めるんだな──とでも言いたげに。
ただ、歩いてくる。
「…………わかったよ」
どんな手を講じてるのか知らんけど、ま、やってほしいなら、こちらからやってやるよ。
俺の一撃が想定外の威力で、死んじゃったりしても恨まないでくれよな。おとなしく成仏して……ってあれか、宗派違うからそんなこと言ったら駄目か。
「ほらよ」
聖女との距離が二メートルを切ったくらいでこちらからも踏み込み、左の拳を突き出す。
右手は剣を出しているから、殺したくないならこっちの腕で殴るしかない。
狙いは腹部。ボディブローだ。
向こうは防御の構えひとつとっていない。避けようともしない。
これでは外れようがない。外すほうが困難だ。
なんて考えながら、手加減した左のボディブローを聖女の薄いお腹に叩き込み──
バシィイイイッ!!
とんでもない高圧電流がショートしたかのような、激しい音が広間中に響いた。
それだけじゃない。
「うぅおっ!?」
脇腹にパンチが命中したはずが、凄い反発をくらい、逆に俺の腕が反動で大きく弾かれたのだ!
しかも、被害はそれだけでなく!
「おお、シューシュー言っとる……」
さっきの光の矢とは比較にならない熱量──いや、あるいは電撃量なのか。
左腕は、指の先から肘の辺りまで、あちこちが焼け焦げ、うっすら煙が立ち上ってすらいる部分すらある。
「へえ……こうきたか」
「驚きましたか? だから言ったでしょう、手加減など無用だと」
聖女が笑う。
慈しみとか、人を安心させるような、そんな笑いではない。
冷酷な微笑みだ。
「さあ、我が神聖なる法術──『極光の破門』をどう凌ぐのか、見せてもらいましょうか。貪欲なる魔物よ」




