56・聖女の逆鱗
・前回のあらすじ
せっかく持ってきてくれたお土産を自分だけ食べたら怒られた。
仲間を食われると聖女は怒る。優人おぼえた。
──と、まあ、冗談はさておき。
聖女コルテリアは光る矢を絶えずバシバシ飛ばしてくる。
ただ続けて撃ってくるだけ。
なので回避や防御はそんなに難しくない。
時折、弾道が曲がったりもするが、それだけだ。びっくりするほどの急カーブを描いたりそれぞれの矢を速度調整してこちらの防ぐタイミングを狂わせたりとかもない。おかげで不意をつかれることなくリズムゲー感覚で全て凌いでいる。
単純だ。
単調だ。
(今まではさして苦労することなく当ててたんだろうな。そして威力が凄まじいから、当たればほぼ勝ち確と)
それでよかったんだろう。
そんなやり方で十分だったんだろう。
だから技量を上げる必要なんてほとんどなかった。単調な攻撃しかしてこなかったが、それで勝てていた。余裕だったんだ。
…………本当か?
そんな雑なやり方で、これまで上手くやってこれたなんてことがあるか?
ヨーロッパの異能業界は、あちらの魔物や悪霊は、本当にそんな、連射してればだいたいオーケーなぬるい連中しかいなかったのか?
怪しい。これは怪しいぞ。
俺の微妙な精度の勘がそう告げている。
油断しないでおこう。
別になにも怪しくなくて本当にぬるいだけかもしれないが、それならそれでいい。警戒と貯金はするにこしたことはないからな。
それにしても──
(あー、気分がいい。なんだこの晴れ晴れとした心持ちは)
爽やかさと満足感が同時にきている。
嬉しいし喜ばしい。
久方ぶりに死んだばかりの女の血肉をこうして味わえてるんだ。そりゃ気分も良くなるよな。
しかも初めての外国産。
なんか、かじったときに滲み出る脂の旨味が強い気がする。
ただ、そうはいっても、初めての日本以外の肉である。欧米の肉だからそうなのだという断言をするには俺の舌は経験が浅すぎる。時期尚早だ。
もしかしたら、この、ネーナさんの肉がたまたまそうなだけで、実は人種と味はさほど関係ない可能性もある。やはり、もっと食べ比べてみないと、今はまだなんとも言えない。
一人前の人肉ソムリエになるための道のりは、険しく長いようだ。
「あーあ、切れちまったよ」
流れ弾に当たらないよう、俺からさらに距離を置いていた騎士アンジェリカが、肩をすくめてお手上げのポーズをとった。
「重ね重ねの愚弄、もはや許しがたい! 慈悲など望まないというのなら、死と滅びをもって償いなさい……!」
聖女は怒り心頭に達しているようだ。
やはり、目の前で知り合いを食べられたのが効いたのか。
それとも、制止されたのを無視して、わざとらしくかぶりついて小馬鹿にしたのが効いたのか。
あるいは、攻撃を避けたり防いだりしつつ、ネーナさんの左腕(流れ弾で二の腕が消し飛び肘から先がちぎれて宙を舞ったのをキャッチした)を今もムシャムシャしてるのが効いてるのか。
これじゃとても話を聞いてくれそうにない。
一旦落ち着くまで、メシ食いながら光の矢をひたすらガードし続けるしかないか。
「ハハハ、やるじゃないか少年。ただの魔物ではないな。クラウスとかいうオリヴィエの有望株をなぶり殺しにしただけのことはある。ハハハ、アッハハハハ!」
白髪の美女、グリムヒルデが笑う。
それにしてもよく笑う女だ。
その歳なら、箸が転がっても……なんて時期はもう過ぎてるだろうに。
それと、危うく聞き流すところだったが、なぶり殺しにしたってのはなんなんだよ。俺の罪状はそんな認識になってんのか、こいつらの中で。
濡れ衣の重さが増してきてない?
ネーナさんの細い指をボリボリと骨までかじりながら、俺は、心の中でただただ嘆くしかできなかった。口が塞がってるからね。
──数分後。
「ククク、結局、よけながら全部食いやがったよボクちゃん」
カップ麺が出来上がるくらいの時間が経過した頃には、ネーナさんの左腕肘から下はほぼ全て俺の胃袋に収まっていた。
「ンまかったぁ」
どこの骨だかわからないのをしゃぶりながら、腹をぽんぽん叩く。手の甲のあたりにあった細長い骨ではないかと思うが……。
まだ満腹には遠いが、満足はした。
「すぅうっ……」
いつもの謎の吸引力で、口回りや手やシャツについた鮮血を吸い取る。
数秒で綺麗さっぱり、血のシミひとつ残らず消えた。
「ところでさ」
とうとう息切れを起こして止まったっぽい聖女さまはさておき、二人に興味本位で尋ねる。
「あんたらは見てるだけだったんだな。てっきり途中から乱入するんだとばかり」
「できるかよ」
騎士アンジェリカが不快そうに睨む。
俺にでは──ない。
その視線の先にあるのはグリムヒルデだ。
「早くやれ、早くやれって思いが漏れてたからな。もし私が乱入してたら、絶好の嫌なタイミングで何かしでかしてくるはずだ。だろ?」
「愚問だな。聞かなくてもわかることを無駄に聞くのは嫌がらせと変わらんぞ」
「そうかい、それは悪かったね。心からお詫びするぜ。……で、誰に何を頼まれた?」
「アッシュケント兄弟から、お前の始末をな」
「あのイカれ兄弟か」
また知らない名前が出てきたぞ。どこの誰だよそいつら。
「そのイカれ兄弟だ。二年前に、お前との決闘で弟のほうが片足を失った──その仕返しだそうだ」
「情けないねえ。あいつの方から勝負ふっかけてきておいて。どうせあれだろ? 私を殺して、そのことをそこの食いしん坊になすり付けるってハラなんだろ?」
「ハハハ、その通りだよ」
「そんなになんでもかんでも依頼内容喋っていいのかよアンタ」
当然の疑問を俺は口にした。
俺に飛び火してきたのもあり、もう他人事ではなくなってきたので、話に加わることにしたのだ。どいつもこいつも濡れ衣を着せようとしやがって……。
「問題ないな。これも依頼のひとつだ」
口が思いっきり滑ったのかと思っていたが、そうでもないようだ。
グリムヒルデが堂々と語りだした。
「依頼したのが自分たちだということを奴に教えてやってくれと、そう頼まれていたのでね。でなければ復讐にはならんと」
「よくお前に依頼できたな」
「借金で首が回らなくなった実業家のところから、取り立てを半分チャラにする代わりに差し出させたと言っていたぞ。リアンといってな、まだ八歳で、瞳のとても綺麗な子だよ」
「やっぱ病気だな、お前のその趣味」
「美しく幼い少年を愛で、未成熟なその身から溢れる、青い活力をいただく──それが病だというのか? …………ハハ、なるほど確かに一理ある。だとしたら、これは不治の病かもしれないな」
なんとなく予想のつく会話を二人はしていた。
つまり、この白髪黒ドレスの美人さんに依頼するには、見た目のよろしい男児を報酬としてくれてやらないといけないと、そういうことなのだろう。
すげーな。このご時世に中指立てて反逆するような趣味だぜ。
「まあ、個人の癖については別にいいとして」
俺は双方の顔を交互に見て、それからまたグリムヒルデのほうを見ると、
「少し言いたいこともあるにはあるが、それは呑み込むとして……アンタ、味方ととらえていいのか?」
「そう思ってくれて構わないぞ」
「そっか。ならこの邪剣使いは任せるよ。俺はあっちの聖女さまを潰すから」
「いいだろう。取引成功だ」
ってことであっさり決まった。話のわかる変態でよかったぜ。




