55・新鮮なお土産
誰かが来た。
笑い声しかわからないが、声の張りや調子からして、おそらく若い女性である。
初めて聞く声だ。
つまり、機関に属する知り合いではない。新キャラである。
こちらの増援かもしれないと期待したが聞き覚えがなくてガッカリ。しかし敵さんがとても嫌そうな顔をしていたので敵の敵は味方理論が発動するかもしれない。一度はしぼんだ期待感がムクムクと膨らんできた。
さあ、運命のダイスはどう転ぶ。
「なんであいつまで来やがったんだ……!」
「──彼女は、地道に探りを入れたりするタイプではありません。おそらくは誰かに吹き込まれたのでしょうね。我々がこの国に来訪したことと、その目的を」
目的、と言ったとき、聖女コルテリアがこちらを見た。
顔の上半分が隠れてるので本当に見たかどうかはわからないが、こっちに顔向けたんだから見てるだろ。
騎士アンジェリカは謎の声のする方向を見上げていた。
俺のほうではない。
なら不意打ちできそうかと言われたら、警戒はしているらしく、隙があんまり無いのでやめておく。
どうせそれらの隙もカウンター狙いの罠だろ。見え見えすぎる。矢印出てるからマジで見え見えなのよね。
「チッ、誰がそんな余計な真似を」
「わたくしに心当たりは皆無ですが、あなたにはあるのでは? これまでの行いのせいで、大小様々な恨みを買っているでしょう?」
「それはまあ、そうだけど……」
痛いところを突かれたようだ。
騎士アンジェリカが言葉を濁す。
日頃やりたいようにやってきたツケがここでドカンときたんだな。ざまぁ。
「あー、いつまでそこにいるんだグリムヒルデ! こっちは取り込み中なんだ、用があるなら馬鹿みたいに笑ってないでさっさと来いクソ女!」
大剣をブンブン振りながら、八つ当たりのように騎士アンジェリカが呼びかける。
グリムヒルデ。
なんとも高級感のある名前だ。高いドレスとか着てそう。
さて、グリムヒルデと呼ばれた人物は、この呼びかけに応じるのか、それとも無視か。
「アッハハハ、そう言われたなら、そうしよう! 遠慮なく、その誘いにのるとするか!」
おお、ちゃんと応じた。
軽快な返事をしたよ。話が通じるようだ。
それに日本語だ。
こいつらは他人の記憶を奪ってそれを頭の中に突っ込んでるらしいが、笑い声の主もそうなのかな。それとも地道に日本語学校に通ったか。
いやどっちでもいいけどね。
今はそんなことより、俺にとって、まさかの助け船になるのか追い討ちの海賊船になるのか、そこが問題なのだ。
さて、謎の船舶グリムヒルデ号は、どうやってあそこからこちらに来るのか。
幅跳びの金メダリストが裸足で逃げ出すほどの大ジャンプとか──
「来たぞ」
その声はすぐそばで聞こえた。
距離にして、五メートルも離れていないくらいの近くから。
「えっ」
何が起きたかいまいちわからず、声のしたほうに顔を向ける。
女がいた。
白髪を腰まで伸ばした、黒のドレス姿の女性がいた。やっぱドレス着てたわ。俺の予想当たり。
白髪といってもババアではない。
若い。しかも美しい。
天原さんやこの二人と同じくらいの年齢に見える、冷たさのある、ツリ目気味な銀の瞳の美女だ。
背丈や体格は意外にある。天原さんとどっこいどっこいか。
「あらま」
騎士アンジェリカの目線が、白髪の美女の手元へと向かう。
「ありゃ」
間の抜けた声が、俺の喉からも出た。
白髪の美女の、その左手にがっしり捕まれていたのは武器とかではなく、
「土産だ。ハハハ、温かいうちにやってくれ」
それが、俺と騎士アンジェリカの中間辺りに放り投げられた。
どちゃりと音がして、床にぶつかる。
知らない人だった。
日本人…ではないようだ。
女性。
天然ものの薄い金髪に、そばかすのある顔。年齢は……この連中とさほど変わりなさそう。まあまあの美人。
こっちも武器の持ち合わせなし。衣服は、教会のシスターが着てるあの黒い衣装。
床に投げ飛ばされても、女性はぴくりとも動かない。
呻き声ひとつすらあげない。
それもそのはず、さっきまでグリムヒルデに掴まれていた首根っこはへし折れ、曲がっちゃいけないほうに曲がっている。よく見ると左足と右腕もだった。
口や鼻から血が流れた形跡があり、顔や喉、胸元あたりが真っ赤に染まっている。
死んでるのだ。
血が乾いていないようなので、殺したてホヤホヤなのだろう。まだ新鮮な肉だ。
「ネーナ……!」
悲痛な声をあげたのは、聖女コルテリアだった。
「そこのそれ、顔見知り?」なんて馬鹿なことを聞く気はない。
知り合いじゃないなら名前なんてわかるわけないしな。名前がわかってんなら知り合いだ。完璧な理論。
「とんだ土産もあったもんだな。せめて味つけくらいしとけよ」
騎士アンジェリカが、軽口に軽口を返す。
「ここに入り込もうとしたら、待ったをかけられてな」
その軽口を無視してグリムヒルデが語りだした。お前から始めたくせに。
さてはこいつ、自分の言いたいことしか言わないタイプだな。
俺は死体に近寄る。
「取り込み中だから部外者はお帰り願いたいと、そう言われても私としてもハイそうですかとはならない。ハハ、なぜなら私はグリムヒルデだからな。私は私の意見を最優先する、だから下がれ──そう言ったのだが、大人しく聞き入れてもらえない」
ああ、そういう役目だったのかこの死体の人。ネーナとかいったか。
……もしかして。
俺が魔女たちに初遭遇したとき、後方で様子見していた謎の人物って……こいつだったんじゃないのかな?
なんてことを考えながら、ネーナさんを掴む。
「それどころか反発して、何を偉そうにと、この悪女がと、そう言われてしまっては私としても暴力に訴えるしかない。わかるだろう? 結局、この女は最後まで引き下がろうとしなかったので、殺したわけだ」
「この殺人鬼が」
騎士アンジェリカが毒づいた。
どこがいいかな。
やっぱ太ももかな。
「ハハハハ、お前も似たようなものではないか。人であろうと魔物であろうと、強者であれば構わず殺し合いを望む異常者──違うか?」
「全然違うに決まってんだろバカ。私にとって死は結果のひとつだ。勝負の結果そうなることもある、それだけに過ぎないんだ。テメーみたいに殺したいから喧嘩を売るような奴とごっちゃにすんじゃないよ」
俺に言わせれば大差ないぞそんなの。
ネーナさんの衣服をまくり、足を露出させ、がぶりと噛む。
殺したいからだろうと、戦いたいからだろうと、無茶な理屈で絡まれた方からしたらハタ迷惑なことには変わらないんだからなぁ。
もぐもぐ。
「邪剣なんぞの使い手にそう言われてもな。説得力に欠けると思わないのか?」
「私が何の使い手だろうと、テメーの性根が腐ってる事実は変わらねえよ……って何してんだそこで」
「え?」
騎士アンジェリカがこちらを見る。
いや、この女だけじゃない。
この場の全員が、眉をひそめながら、吐き気をもよおしたのか口元を押さえながら、顔をしかめながら、ありがたく頂き物を食っている俺のことを見ていた。
そうだった。
人前で堂々とネーナさん食べたらまずかったんだった。
「何しれっと当たり前のように食ってんだよ。人だぞ人」
「いやでも、新鮮なうちに」
「何が新鮮なうちにだ。やっぱり魔物じゃないか。濡れ衣だとか俺は悪くないとか散々ほざいていたけどよ、とうとう本性現したな」
「それとこれとは違う──」
「──おやめなさい。それ以上の狼藉はおやめなさい、下劣な魔物よ」
静かな、底冷えするような声。
二本の矢印が、敵意と殺意に満ちた矢印の行列が、俺の額へと伸びている。
その出発点がどこかは言うまでもない。
怒りにうち震えている聖女コルテリアの、その両手からだ。
「それ以上、殉教者を辱しめるのは……そんなことは決してあり得ないでしょうが、たとえ仮にイエス様が寛大にあなたを許したとしても……私が許しませんよ」
イエス様が許したならよくね?
だってイエス様だろ? あんたよりずっと偉いだろ。神の子だぞ神の子。
「許すもなにも、最初から有無を言わさず滅ぼすつもりだったくせに何ぬかしてんだ」
うんうんと、騎士アンジェリカが頷いたのを俺は見逃さなかった。
それは聖女も同じだったようで、一瞬、騎士アンジェリカのほうをチラ見したようだったが、今はそっちに構ってる場合ではないと黙殺したようだった。
「もう一度だけ言います。──彼女から、そのおぞましい手を離しなさい。そうすれば、極めて不本意ではありますが、この世から消え去る前に、悔い改める時間だけは与えましょう。それが私の──せめてもの慈悲です」
どこまで上から目線なんだこの女。
もう死んでるんだし、俺が殺したわけでもないし、そもそもお前ら、他人の縄張りで好き勝手暴れてる敵だろ。
お前らのほうが害獣と変わらんぞ。
流石にムカっときたので、
わざとらしく、見せつけるように、
聖女のほうに馬鹿にした笑みを向けてから、ネーナさんのすねに思いっきりかぶりついてやった。
そしたら無情の矢がピュンピュン飛んできた。シューティングゲーム開幕のお知らせ。




