54・聖女の参戦、鎌使いの参戦、さらなる参戦
俺のそこそこの出来映えのツラめがけて飛んできた、光の矢。
誰が飛ばしてきたかはわかっている。
それをやれそうな者なんか、この場に一人しかいない。
聖女の横槍ならぬ横矢。
これもまた、さっきの首筋狙いの大剣と同様、敵意の矢印が攻撃ポイントを教えてくれていたので、不意を突かれることもなかった。
「──黙って見てられなくなったか」
動じることもなく、焦らず、射線上に左の手のひらをかざして防いだ。
バシュウウウッ!
油がとんでもなく弾けたような音がした。
俗っぽく安っぽい喩えだが、そんな感じにしか聞こえなかったんだからしょうがない。俺の語彙力なんてこんなもんだ。
左手をニギニギする。
特に、溶けたりとかもしてないようだ。
少しは当たったところが焦げたかもしれないが、だとしてもどうせ薄皮一枚程度である。どうってこともない。
「人や物ならともかく、俺を焼くにはいささか火力不足だな。聖女さま」
これが俺じゃなきゃ十分だったんだろうが、俺だから不十分だった。
当の聖女さまはというと、指鉄砲のようなポーズで右手を突き出したまま固まっている。
驚いているのか、次の一手を決めかねてるのか。
そのまま動かない。
頭の上半分を隠すヘルメット型の仮面のせいで表情はよくわからないが、仮面の下にある瞳は多少見開いているんじゃないかな。ここまであっさり防がれた経験ないだろ。
「『無情の矢』を片手ひとつで受けきるとはね。しかも全く効いてないときてる。クク、こりゃ本当に規格外の怪物だ」
俺との不毛なつばぜり合いをやめ、少し距離を置いてから、騎士アンジェリカがそう言った。
「無情の矢ときたか」
聖女という立場であろうと戦うことになれば情けも捨てるって意味合いがあるのかな、そのネーミング。
「普通なら、当たった部分だけじゃなく、その周りも溶けて霧散するのさ。必殺の一撃だよ。ましてや、それが魔物なら尚更なんだが……」
「光属性は魔や闇の属性の弱点をついてダメージ倍増できるとか、そんな感じ?」
「それでだいたい合ってるよ。それなのに効いてる風でもないから、こちらとしてはびっくりなんだがね」
「それはびっくりでも何でもないよ」
「?」
「魔物じゃねえし俺。勝手にそっちがそんな悪魔寄りのカテゴリーにあてはめてきただけだからな。俺は自分が魔物だなんて思ったことすらないよ」
化物だとは思うが。
「誰が信じるかそんな寝言。ここに来てから何やったか思い返してみるんだな」
「正当防衛」
邪悪な気配漂わせまくりな大剣を持つ青スーツの美女が吹き出した。
「そんなにおかしいかよ。俺としては笑い事じゃないんだが」
かえすがえすもこの一連の展開、マジで俺に非がほとんど無いんだもの。
こいつらが意図的に誤解して責任押しつけて退治しようとしてきてるんだからブチ切れ案件だよ本来。
その誤解の中心人物はというと、ついにやる気になったらしい。
挨拶代わりに光の矢を一発飛ばしてから、槍使いの少年と鎌使いの少女をその場に残し、大事な儀式の真っ最中かってくらい静かにゆっくりとした足取りでこっちに向かってきた。
「ほう、 来るか。どうやら乱戦がお望みのようだね」
一戦終え、後方に控えて見物していた天原さんが楽しげに言う。
混ざりたいようだ。
それは俺としても願ったりかなったりだね。一対二より二対二のほうが楽だし決着も早いに決まってるから──
「──っしぇやぁあああ!!」
金切り声に近い、かけ声。
その声とほとんど同時に、何か、輪っかのようなものが飛んできた。
俺? いや俺じゃない。方向的にこれは後ろ……天原さんのほうか? 狙いはそっち? 輪っかが……違う。鎌だ。だとしたら今のかけ声はあの少女の声?
いくつかの思考が並列する中、真っ黒い鎌がくるくると回りながら……。
しゅっ
空気の漏れるような音。
パァンッ
何かの砕けるような音。
ばしゃああああっ!
液体らしきものをぶちまけたような音。
(後ろのほうで起きているから絶対そうだとは言い切れないが)最初のは天原さんが鎌に対してパンチでもしたときに吹いた息で、次のは飛んできた鎌がその一発で破壊された音だろう。そこまではわかる。
予測も難しくはない。
なら──三番目の音はなんだ?
「んん?」
驚き半分、興味半分みたいな、疑問の声。
やはり、何かおかしなことが天原さんに起きたようだ。
「キヒヒ、その泥沼からは簡単に抜け出せないよ! もがいたって無駄さ!」
「……ふぅん、なるほどね。私とまともにやり合うのではなく、動きを止めにかかったか。実に賢明だ。それは正しいよ」
一瞬振り返り、天原さんのほうを見る。
キンキン声とハスキーボイスのやり取りでなんとなくわかってはいたが、直に見たことで、確実に理解できた。
天原さんが沼の中にいた。
趣味にのめり込んで後戻りできなくなったことへの比喩ではない。
天原さんを中心に、真っ黒い水溜まりのようなものが床に広がり、しかも、ネバついた腕のようなものがいくつもその水溜まりから天原さんの体へと伸び、絡みついていたのだ。沼と言われれば、まあ沼に見えないこともない黒い水溜まりだが……確かにこの手段のほうが天原さんに有効そうではある。
(でも、打開できないとも思えないんだけどな……)
あの程度のことで身動きとれなくなるほど脳筋かといわれたら、果たしてそうだろうか。あのくらいの異能で足止めすることが可能だろうか。
ホントに対処できないのか?
(……もしかして)
こっちが足止めされてたほうが状況としてマシだと考えたのではないだろうか。
こいつらの討伐対象である俺のほうが足止めされるより、自分が足止めされていたほうがいいのではと、そう天原さんは思ったのではないか。
動けなくされた俺が全力の集中砲火をくらってもし倒されたら……とかまで案じてくれたのかもしれない。
「全く、いやらしい腕どもだな。こら、このっ、よさないか」
珍しく──いや初めて聞く、天原さんの動揺したような声。
……ホントに対処できてないのではなかろうかという思いが芽生えてきたが……もうどっちでもいいや。
こっちに集中しないとな。
聖女さまは俺と騎士アンジェリカの近くまで来ることなく、途中で歩みを止めた。
槍使いや鎌使いを巻き込むことのない、そして俺とあまり近づいてない、程よい距離がそこなんだろう。
さあ、いつ始まってもおかしく──いやもう始まってるんだよな。気合い入れないと。
──と思っていたら。
一度目に勝るとも劣らない轟音。
またしても、この閉鎖空間の壁を突き破り、何かが来た。
たまたまなのかわざとなのか、破壊されたのは、天原さんが入ってきた壁とは正反対の方向の壁、それも天井の近くだった。
「なんだなんだ、今度はどこの誰だよ」
ここってそんな容易に入れる場所じゃないはずだろ。どうなってんだ?
「チッ、あの魔女、ちゃんとやってんのか? 誰も見てないのいいことに手を抜いてんじゃないだろうな?」
騎士アンジェリカが頭をボリボリかきながらぼやく。
敵ながらその気持ちわかる。入れないのがウリの結界内にこんなに連続で入り込まれたら、愚痴や文句も出るってもんだ。
「アッハハハハハ、アハハハ、アッハハハハハハハハハ!!」
軽快な、どころか、ネジが何本も外れたような大笑いが広間に響く。
「うわ」
「…………よりによって」
騎士アンジェリカがしかめっ面になり、
聖女コルテリアの口元が「へ」の字に歪んだ。
つまり爆笑の主はこいつらの知人だ。
間違いない。そういう顔をした。
それも、あまり仲の良い関係ではないようだ。もしかしたら敵なのかもしれない。
その姿はまだ埃や煙で見えない。
だが、笑い声のトーンや張りからして、この二人や天原さんと大差ない年齢の女性なのではないか。そんな感じはする。
それと、まだ断言はできないが、なんかヤバげな感じもだ。
……まただよ。
また変なのが来たのか。
何なんだよ俺の運命。
誘蛾灯みたいに、まともじゃない女や敵意剥き出しの女や怪しい女ばかり集まってきやがる。だれかたすけて。




