40・学業は学生の本分
俺に会いたいがために海を越えやって来た熱烈なファン達を丁重にもてなした、その日の夜。
やっぱり家には帰らず、研究所にそのまま一泊することにした。
帰っても、別によかった。
あんなにあっさり引き下がった奴らが、日をまたがずに再度襲ってくるほどしつこいとは思えない。なので、正直、自宅に帰っても良さげな気はするのだが……。
帰る意味がないんだな、これが。
何故なら、実は、あることを俺は目論んでいるからだ。
まず、お車で学校まで送り迎えしてもらう。
人払いなんかしてた奥ゆかしい連中が、一般の方々が乗ってる車がビュンビュン行き交う車道なんかで派手に挑んでくるかと言われたら、それはまず、ないだろう。
だから安全に登下校できる。
自宅に帰る意味がないというのは、帰って、翌日家から送り迎えしてもらうのも、ここから直に送り迎えしてもらうのも大差ないからである。
もし挑んできて、そのせいで交通事故とか起きたり、俺への攻撃に巻き込まれたりして被害者が出ても、それならそれでいい。
むしろ好都合。
無関係の一般人を巻き込んでもお構い無しな奴らなら、悪党認定して皆殺しにしてもバチカンだって黙らざるを得ないだろうからな。
後腐れなく解決できる。
そしたら何人か喰えるチャンスが巡ってくるかもしれない。
そうなってほしいもんだ。
不幸な被害者や物的被害が出てもそれは俺のせいじゃないし、俺のせいにはならない。ノーダメ。悪いのはあいつら。
何事も起きなかった場合。
それなら、その間に『浄』の人たちに探りを入れてもらい、俺討伐ツアー御一行様の潜伏先を見つけてもらう。
今日は木曜。
明日は金曜。
金曜日のうちに発見しといて。
休みの日である土日でオフェンスに回る。
連休を使って、できる限りのケリをつけるのだ。退魔師にまともな休みはないのである。
「……そう上手くいけばだが」
俺にあてがわれた個室。
個室の壁際にあるベッドの上で、明かりを消した照明を見上げながら、一人つぶやく。
時刻は、十一時を過ぎたくらいか。
エアコンが効いているため、暑苦しくはない。快適な室温だ。
が、効いていなくても、さして問題はない。
化物となった俺は暑さ寒さへの耐性が普通ではなくなっている。夏場の閉めきった部屋にいようが、熱中症などどこ吹く風だ。
「……校内にいるところを、狙われるってのも……」
ないこともないよな。
学校ひとつを、当事者以外立入禁止にすることくらいできるんじゃね?
人払い担当は捕えられたが、あの植物系オバハンなら、そいつの代わりに、それくらいのことを魔術でやりそうではある。
「それを言ったら、車道だって、人払いしようと思えばやれそうだよな……」
せわしなく車が行ったり来たりする路上で、果たしてそんなことをやれるのかどうか。
人払いの術についての知識などほとんど持ち合わせてない俺には、実現可能なのか無茶なのか、そこがよくわからない。
「どうなんだろ……」
思案しようにも、答えを導き出すための材料が足りない。
『わからない』が多すぎる。
あやふやな推測しかできない俺の意識は、いつの間にか、闇の中に、深く沈んで──
翌日。
「──はあ、そんなことがねぇ」
まだ六時前だというのに起こされた俺。
音も立てず、ベッドのそばまでいつものオート車椅子で寄ってきていた根ノ宮さん。
その口から告げられたのは、とある青年退魔師グループの壊滅の報だった。
「その、守護なんたらとかいうのが」
「護剣隊よ」
「それそれ。その連中が、あの療養所を根城にしてた聖女さん達に挑んで全滅したと」
「全滅ではないわね。戦力として不安のある者たちは、連れていかずに待機させてたらしいもの。まあ、いずれにしても、団体としては終わりでしょうけど」
「そうっスね」
半人前や未熟者しか残ってない集まりなんて同好会と変わりない。
「一人だけ生き残った雇われから、待機していた隊員に連絡がきたらしいわ。まずいことになった、戦力差がありすぎて勝ち目がない、自分は抜けさせてもらう──という簡潔な連絡がね」
「抜けさせてもらうってのは、あれですかね。その戦闘から逃げるってのと、隊から抜けるってのと、二重の意味で」
「おそらくそうね。正式な隊員たちを見捨てて、のうのうと隊に居座れるはずがないでしょうから」
「義理というか、一応の義務で、伝えるべきことだけ伝えて姿をくらましたと」
無言で、濡れ羽色の長い長い髪の美女が、頷いた。
その後のことは、だいたいの見当はつく。
雇われの言っていたことが本当かどうか確かめるため隊の主力に連絡しても、誰も通話に出ない。
全滅してるから当たり前なんだが、そんなことが現地にいない者たちにわかるはずもなく。
にっちもさっちもいかなくなったお留守番一同。
パニクりながらの話し合いの結果、最も規模の大きな退魔組織である七星機関に連絡したのだろう。
あわよくば、そのまま機関の下請けにでもなれたらラッキーという具合に。
実力に難があるうえに若くて人脈もないときたら、もう、長いものに巻かれるしか道はないからな。
そんな想像を口にすると、根ノ宮さんから「その通りよ」との言葉が返ってきた。やっぱそうか。
情けない奴らだ──とは言えない。
俺だって、討伐対象になると面倒なことになるから、問答無用で機関からの刺客に殺されそうになったのを水に流してすり寄った過去がある。
ある意味、同じ穴のムジナだ。
「こちらに連絡をよこしてきたのが、今日の三時ごろ。よほど話し合いが難航したようね。それを受けて、療養所へと『浄』を向かわせたのだけど……」
「大変ですね根ノ宮さんも。そんな時間に叩き起こされて」
「問題ないわ。知っておいたから」
「あー……そうかそうか、そうでしたね」
さすが星詠み。
「そこまで重大な事柄でもないから、事細かに先を詠んだりはしてないわ。知っておいたのは、その時刻に、どこかから連絡がくることくらいよ」
「で、連絡聞いて、探らせたはいいが……もぬけの殻と」
「それがそうでもなくてね」
んん?
「居座ってるみたいなのよ。まだそこに」
根ノ宮さんの目が、スッと細まった。
居座っている。
居場所がバレたのにも関わらず、逃げることなく、まだそこにいる。
つまり。
「…………そういうこと、ですか」
「そういうことになるわね」
そう。
俺待ちだよな。
「学校、どうしよっかな」
「ちゃんと行きなさい。学生の本分は闘争ではなく学業よ? 乱暴者たちは放課後まで待たせておけばいいわ」
「痺れを切らして授業中に乗り込んできたりとか」
「……それは無いとは言えないわね。何か、療養所のほうでおかしな動きがあれば……逐一、あなたや間狩さんたちに伝えることにしましょう」
ということになった。
俺の目論み、不発!




