38・少年騎士との再会
「……その様子だと、荒っぽいことはされなかったみたいだな」
リシェル少年にあてがわれたのは、必要最低限のものが置かれてある、窓のない一室だった。
テレビ。
エアコン。
机と、パイプ椅子が二つに、筆記用具と大学ノート。
小さめの冷蔵庫。
ソファー。
そして部屋の奥にはベッドがあった。
シャワー室はないが、個室トイレは部屋の入口のすぐ横にある。
「そうだね。想定よりずっと友好的でびっくりだよ。囚人……とまではいかなくても、それに近い扱いを受けるものだとばかり思ってたんだけど……」
少年はパイプ椅子に逆向きに座り、背もたれに両腕を乗せ、その上に顎を置いた。
やはり、剣は持っていない。部屋のどこにも置かれていない。
この施設のどこか、保管庫のようなところにでもしまわれているのだろう。ちーちゃんさん辺りが管理してるんじゃないかな。
見た感じ、怪我はしていない。
衣服が破れてたり、血がにじんでたり、顔などにアザができてたりとかは無く、俺と別れたときのままだ。
乱暴なことはされなかったらしい。
不敵というか、ふてぶてしいというか。
囚われの身であることへの不安は、まるでないようだ。
……どうあがいても現状が良くなるわけでもないと、単に開き直ってるだけなのかもしれないが……。
俺はソファーに腰を下ろし、背中を預けていた。
制服はとっくに脱いでいた。
玉鎮の治療をやる前に、施設内にあらかじめ用意してもらってある衣服に着替えておいたのだ。玉鎮のいろんな液体で濡らしたくなかったからな。
で、治療のあと、案の定びちゃびちゃになったのでまた別の服を着ることになった。なら最初から俺も玉鎮みたいにパンツ一丁になってれば服も濡れずに済んだのだが……何をどうしようが無理だよなそれは。確実に玉鎮に誤解される。
何かやるたびに替えの衣服がいるとか、漫画とかと違って現実の異能者ってのは面倒臭くて大変だわ。
「これまでの経緯をしつこく聞かれはしたけど、ま、尋問ってほどのレベルじゃなかったね」
「だろうな」
機関としても、他国の退魔師にそこまでやりたくはないに決まってる。
いくらこちらに非は無いにしても、捕虜に対して無駄に残忍なことをして、騎士団やバチカンとの関係を冷え込ませる必要はない。知ってることを根掘り葉掘り聞き出すために拷問までするかと言われたらノーだろう。
このキレイな少年だって、そのくらいの事情は察していると思う。
洗いざらい……とまではいかなくても、ほとんどの内情について、素直に吐いたんじゃないかな。
機関と騎士団が険悪になればなるほど、今回の件における加害者どもへの責任は重くのしかかっていく。なら自分の責任だけでも軽くしておきたいのは当然だ。
波風立てずスムーズに聞き取りを終わらせたい。
機関と騎士団。
そんな互いの思惑が、奇妙に一致していた。
「負けた身の上だからね。変に気取ったり意地を張ったりせず、聞きたいことはだいたい教えたかな。あの車椅子のお姉さんに」
聞き出し役は根ノ宮さんだったらしい。
まあ他に適任者もいないもんな。いてもグロリア先輩くらいだろうが、機関に属しているとはいえ、学生にそんなことまでやらせるのはちょっとな……。
だから消去法で根ノ宮さんになる、と。
あの人もやること多くて大変だね。今後はあまり迷惑かけないようにしよっと。
「んふふ」
鼻から抜けるような変な笑い。
リシェル少年が立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
矢印は出ていない。つまり敵意や戦意、悪意はないということだ。
妖しく微笑む美少年は、そのまま歩みを止めることなく寄ってくると──なめらかな動きで、俺の隣に座った。
「……もう、どうでもよくなったのか?」
「? なんのこと?」
不思議そうに、少年が問いを返す。
演技ではないようだ。俺の問いかけの意味が、本当にわかってないらしい。
「仇討ちだよ、仇討ち」
「あ」
「おいおいマジか。それが目的で来たんだろ。キモの部分を忘れてどうすんだよ」
「……ふふ、そうだね。でも、いいんだよ。もういいんだ。それはさ、僕がお兄さんに負けたとき、済んだことになったから」
「???」
意味がわからない。
(誤解とはいえ)熱烈に慕っていた兄貴分が罠にハメられて殺されたってのに、勝負に負けたからって理由で水に流す?
おまえは何を言っているんだ。理解できないぞ?
それとも、それが騎士としての、その、理念っていうやつなのか?
日本の平凡な高校生だった自分にはわからん考え方だ。世界は広いな。
「ワケわからんな」
「いいのいいの。こっちの話だから。乗り換えたってだけのことだよ。それより──」
隣にいる少年は、笑みを崩さない。
嬉しそうというより、楽しそうに。
憎っくき敵に見せるような表情ではない。なんでそんな顔ができるのか。どうしてこんなにやんわりとした会話ができるのか。
「それより?」
「お兄さんはさ、僕の言葉を信用できるの? 忘れたとか、もう済んだことだとか、そんなの本心だと思う?」
「それは……」
言われてみればそうではある。
そうではあるのだが。
「今回の件が風化するまで大人しくしておいて、ほとぼりが冷めた頃に、より用意周到なプランを立てて、双剣引っ提げて再び襲撃とか……無いとはいえないんじゃない?」
「確かに、そこだけ聞くと、あり得るとは思うな」
「でしょ?」
「でもさ、そんなこと企んでる奴がこうして本人に言ったりするか?」
「それもまた油断させるための罠かもよ?」
「う~む……」
難しいことを言うもんだな。
おかげで思考の迷路に迷い込んだじゃないか。
(……ほんとに再来日して襲ってきても、今回みたいに予兆はわかるだろうし……警戒をおこたらず、また撃退したらいいだけだとは思うが……)
「だからさ」
リシェル少年が、すっと立ち上がる。
てっきり、パイプ椅子にでも戻るのかと思いきゃ、
「そうさせなくする方法を、とったほうがいいんじゃない?」
「それができたら苦労はしないって」
俺ができることなんて、お前さんを殺すか再起不能にするかしかないぞ。洗脳とか呪いとか使えないもん。
「あるんだよ。とっておきの方法が…」
そう言うと、
リシェル少年は、俺の真正面に来たかと思ったら、
互いに向かい合う形で、ソファーに座っている俺の上に──またがってきた。
普通よりやや上くらいの出来映えの顔と、整った容姿の顔が、急接近する。
やはりとびきりの美少年だ。
もし女装とかしてたら、誰も男だとは思うまい。十人中……いや、千人中千人が、疑いもしないだろう。
「なんのつもりだよ」
どういう状況なんだこれ。こいつが何を言いたいのか一ミリも理解できねえ。
「ふふ……いいことを教えてあげるね」
リシェル少年が、俺の眼をじっと見ながら、熱い吐息とともにささやく。
「男が男に、言うことをきかせるにはね……………………楔を打ち込んでやるのが、一番効くんだよ。逆らえないように、従順になるように、刺して、貫いてしまうのさ。執拗にね……」




