36・護国の剣
護剣隊。
日本を闇に潜む脅威から護らんとする、若く強き剣たち。
と言えば聞こえはいいが……要するに、非凡な才の上に胡座をかき、天狗になった若者たちだ。
その人数は、この療養所に来ている主要メンバー六名だけではない。まだ他に数名が控えている。
……いることは、いるのだが。
そのいずれも、実力不足や、力が不安定な半人前ばかり。
それゆえ、難易度が低くないミッションにはまだ出せないという判断から、足手まといになることを避けるため、その者たちは今回留守番となっていた。
幸運なことに。
雇われの剣士である滑首は、隊の正式な一員ではない。
この青年たちに、自分を売り込んだのである。
剣の腕がたつのもあるが──あちこちに顔が利くというのが、青年たちの心を動かした。
結成して間も無く、人脈にとぼしい彼らからしてみれば、この男の申し出は今の彼らにとって喉から手が出るほど欲しいものである。そのため受け入れられたのだ。
なお、滑首本人としては、将来性がありそうな者たちに顔を売っておきたいくらいの腹積もりであり、ずっと居座る気はない。
隊の中には、国のお抱え始末屋という一族の経歴から、滑首のことを汚らわしい存在だと嫌悪する者もいる。
そうではない他の者たちも、こいつを通してコネがある程度できさえすれば用済みだから隊からほっぽり出そうという、そんな態度が言動の端々から見え隠れしているのを、滑首はうっすら察していた。
それを不快に思うことも、腹立たしく思うこともない。別に今に始まったことでもないし、世の中そんなものだと、彼自身は涼しい顔で過ごしていた。
一方、バチカンの聖女に、騎士団の問題児、退魔業界のはぐれ者や危険人物などの混合部隊。
メンバーの半数以上が討伐対象である天外優人の力量を見極めるために外出しており、今、ここに残っているのは三名のみ。
『極光の聖女』コルテリア。
『汚れた剣』騎士アンジェリカ。
そして、巨体を鎧で包んだ男──『完全なる』オーバザイル。
この三人が、護剣隊プラス他一名と、向かい合っているのだ。
頭部の上半分を隠す仮面を被っている、穏やかさと厳しさの両面をあわせ持つ美貌と、波打つ、細く長い金髪の持ち主。
聖女コルテリアだ。
質素なローブと、手の込んだ刺繍入りのケープをまとっている。色はどちらも白。履いているブーツも白。白一色である。
灰色が混じる、くすんだ短い黒髪。
野生の獣を思わせる赤い瞳。
青のスーツに黒のコート。
そんな容姿の騎士アンジェリカの背中で出番を待っているのは、煙るようなまがまがしいオーラを放つ、一本の大剣である。
全身をガードしている、いかにも強固そうな銀色の鎧をまとう、見た目だけでは顔も年齢もわからない謎の男性オーバザイル。
武器のたぐいは持っていない。体術を駆使するタイプなのか。
武器はないとはいえ、銀に輝く手甲や脛当てをつけたパンチやキックは、それ自体が立派な凶器となりえる。この大柄な体格からそんなものが繰り出されたら、一般人なら一撃で致命傷だ。
「……で、どうする?」
青年たちのリーダー格らしき者が、数歩踏み出て、そんなことを訊いてきた。
顔の向きからして、おそらく彼は聖女に訪ねたのだろう。
具体的な疑問になっていない、漠然とした問いかけだが、その意味はこの場にいる全員が把握している。
やるのか。
やらないのか。
自分らと一戦交えるのかと、そういう意味の問いかけだ。
「どうすると言われましても……わたくし達としても、どうあろうと一歩も引けませんね。先程から申し上げている通りです」
「じゃあ白黒はっきりつけようや」
「なぜ、そこまでするのですか?」
「いや、そりゃこっちのセリフだよ、聖女のお姉さん。無駄骨で帰れないってのはわかるさ。でも……やりすぎだ。こちらの領域でここまで好きに暴れられたら、沽券に関わる。黙ってられない」
(領域や沽券ときたかい)
思わず笑ってしまいそうになったが、おくびにも顔に出すことなく、滑首は内心で失笑していた。
(ひひっ、ついこないだ結成されたばかりの、青臭い跳ねっ返りどもの仲良しクラブのどこに、そんなもんがあるってんですかねえ)
抜け駆けで、この海外からのお客様を叩きのめして名を上げたい。
彼らのそんな無鉄砲な野心が、滑首には透けて見えていた。
「ですが、何度も言ったように、こちらとしてもすでに死者が出ています。しかもその死者は有望で敬虔な信徒。さらに、魔物の手引きで殺された疑惑まであるとなれば……泣き寝入りなどありえませんよ」
「疑惑の範疇を出ないんだろ? 無理筋すぎるよ。そんなイチャモン、突っぱねられることくらいわからないかい?」
「寛容な対応は期待できませんか?」
「何が寛容だ。図々しい」
ついたまらず、苛立ちながら、別の青年がそう言った。
「……ああ、まどろっこしいねえ」
しびれを切らしたのは、その青年だけではない。
もう我慢しきれない、堪忍袋も限界だとばかりに騎士アンジェリカが話に入ってきた。
「もういいよ。この堂々巡りやめようぜいい加減。話し合いの時期は終わりだよ、オ、ワ、リ♪」
「駄目ですか」
「駄目だね。互いが納得できる妥協点が無いんだから。……なぁ聖女様、あんまヒトを相手にしたくないのはわかるけどさ……ここまでこじれたら、もう対話じゃなく物理で決めるしかないって」
諭すように騎士アンジェリカが言う。
それへの反論の声は、どこからも上がらなかった。
それもそのはず。
殺し合いで白黒はっきりつけることを拒んでいたのは、聖女コルテリアただ一人だけだったのだから。
別に殺人を禁忌としているわけではないが、やはり異教の民とはいえ、こちらのわがままに近い理由で命を奪うのは忍びないと、そうコルテリアは考えていた。
しかし、互いに引けぬ以上──もはや、アンジェリカの言うように、言葉ではなく力で決めるしかないのだ。
「そうですか…………残念なことです。本当に」
聖女は、一言そう言うと、
ついに決意した。
しばし、夕暮れの天を仰ぎ、
「では、ここからは──生き残った者が全てを決めましょう」
慈愛を捨て、代わりに冷徹さを心に宿したのだった。
──数分後。
趨勢は、ほぼ決していた。
「……わかってはいたが、こうも呆気ないとはな。期待などしていなかったが……」
低く、迫力のある男の声が、銀の兜の奥から聞こえてきた。
その兜も、鎧も、手甲も脛当ても、返り血にまみれている。
片手に握っているのは、六名の青年──その中の一人の首だ。
首はあらぬ方向に折れ曲がり、口から舌が垂れ下がり、瞳は瞳孔が開き、手足は脱力して全身が弛緩している。
足元には、頭を踏み潰されて息の根を止められた死体もあった。
「この方々を、結局救えなかった……聖女失格ですね、わたくしは」
自らが始末した青年の死体を見下ろし、純白の乙女が嘆く。
死体のかたわらに跪き、手を組んで祈りを捧げる。
聖女の放つ光の矢を食らった死体は、原形をほとんど残していない。あまりの光と熱のため、食らった部分とその周りが蒸発したように消し飛んだのだ。
「一匹逃がしちまったが、ま、いいか。別に全滅させる理由はないしな」
邪悪な力の塊みたいな大剣を片手で軽々とぶらさげながら、汚れた剣が笑う。
逃がしてしまったというのは、滑首のことである。
埋めようがない戦力差を一瞬の攻防で見抜き、ためらうことなく、脱兎のごとく逃げ出したのだ。
長年の経験で研ぎ澄まされた、危険を察知する嗅覚。
それが彼に告げていた。
ここは全力で逃げの一手だと。勝ち目は皆無だと。
それを見抜けなかった青年たちは、逃走した雇われ剣士を嘲り、そして逃げるタイミングを失い──
──命乞いする暇すらなく、全滅したのだった。




