34・初戦の終わり
(あの脳筋が負けるとはな)
玉鎮敗れるの一報。
驚いたといわれれば、驚いたと言わざるをえない。
でも、ちょっと疑わしくもある。
敵と見るや即揺らして動けなくなってるところをハンマーでドーン。
あの卑劣豪快な戦法を初見で破るってのはなかなか至難のはずではなかろうか。俺だってまともに食らって(動くことはできたが)プルプルしたからな。
そんな技の使い手が、この短時間で負けるか普通?
信じられないぞ。
しかし、だとしたら。
嘘だとしたら。
わざわざそんな嘘を、電話してまで伝えてくるだろうか。
こちらの動揺を誘う作戦?
……馬鹿な。
仲間がやられたことを知って驚いたり悲しんだりはしても、ショックでオロオロして戦闘やれなくなる奴なんかいるもんか。
退魔師ってのは軍人並に生きるか死ぬかの職業。死人が出ても当たり前。後で線香の一本でもあげてやるかなって思って多少しんみりするくらいだと間狩たちは語っていた。非情かもしれないが、そのくらいのタフなメンタルじゃないと怪物や悪霊と命がけのバトルなんてやれないよな。
現に間狩はさほど動じていない。
それに、だいたい、そんな無駄な嘘をつく暇なんかあるのか?
戦闘中だろ?
あの赤毛女が軽々とハンマー振り回して襲いかかってくるのを凌ぎながら『もう倒したよ』なんてホラ電話かけてくる余裕なんかないだろきっと。
なら、やはり玉鎮が負けたというのはこちらの心を揺さぶるための嘘ではなく、事実なんだろう。
どんな方法を使ったかはわからん。
わからないが、玉鎮を倒した奴は、悠々とこちらにいる魔女に経過報告したと見て間違いない。それはわかる。
どう負けたのか。
つまらん小細工にでも引っ掛かったか、あるいは間抜けなポカをやらかしたか、相性が最悪だったか。
それは後から玉鎮本人に聞けばいい。
……それまで、トドメを刺されることなく生きていればだが。死んでたらグロリア先輩にでも聞くさ。
百聞は一見に如かずというし、向こうに行ってこの目で確かめればいいんだけど、こっちはこっちで……大変なことになってるからな。
今はこれをどうにかしないと。
「お、おのれ!」
悔しそうな声。
凛々しい姫巫女は、太く白っぽい触手に足首を掴まれ、逆さまで宙ぶらりんになっていた。
さっきの俺と立場逆転してるな。
「主さま!」
「おのれ!」
白黒の狼二匹は、主である間狩をなんとか救おうと、てんてこ舞いの真っ最中だ。
間狩を掴まえているものの正体。
それは、魔女カサブランカの操る植物──その根っこだ。
こちらをさっさと片付けて玉鎮や先輩の加勢に向かうべく、魔女へと駆け出した間狩。
木々を操り緑の触手へと変貌させ、迎え撃とうとする魔女。
そんなもので止まるかとばかりに間狩は景気よく斬ったり燃やしたりと無双していたのだが、地面を突き破って生えてきた根っこが左足首に絡みつき、そのまま乱暴に持ち上げてカジキならぬ巫女の一本釣りに成功したのだ。
足元にも気を配ってはいたが、まさか地中から来るとは思ってなかったらしい。
それでこのザマである。
調子に乗るとこうなるという、見本のようなお粗末さだった。
でもそんなこと言えない。
言ったが最後、『おまいう』と、敵味方中立を問わずこの場の全員に突っ込まれそうだから。
服装が任務のときにいつも着用している巫女装束だったのは、間狩としても不幸中の幸いだったろう。赤い袴みたいなのはいてるから、天地逆転した体勢になっても下着や生足が露出することもない。
ブレザーや私服だったらパンツが丸見えになってたところだ。しかも俺の前で。
もしそうなっていたら、間狩にとって、
かなりの生き恥だったろうな。
式神である二匹は浮遊しながら戦っていたため難を逃れていた。
まあ、捕らえられたとしても実体化をやめれば脱出できただろうけど。
「ホホ、お馬鹿さんねぇ。ちょっと優勢だからっていい気になるからこうなるのよ」
魔女が笑いながら言った。
言うのやめといたほうがいいと思うがね。偉そうなこと抜かすと、それがブーメランになる流れがこの場にできつつあるみたいだからさ。次はあんたがこうなるかもしれんぞ。
「ば、馬鹿にしてないで、もう手早く殺ってしまおうよ。ヒヒ、せっかくのチャンスなんだから……」
「そう怖がらなくてもいいでしょ。そっちのボクちゃんはともかく、この紅白衣装の娘さんは死に体なんだからねぇ」
泣き女がさっさとやれと急かすが、魔女は首を縦に振らないご様子だ。
俺は俺で捕虜を両手で持ってるからな。そのせいで何もできなくなってる。ナユタは観客だ。
あちらさんからしたら、この状況なら、間狩さえ潰してしまえばまだ挽回できそうな感はあるよな。実際は俺が本気でやると終わるんだけど。
「な、舐めるな!」
逆さになって吊るされてる状態から器用に刀を振るい、青い炎の三日月を飛ばすが、魔女はそれを防ぎきった。
燃やされ、炭化しかけた植物からなる触手で、だ。
これまで同様に一方的に焼かれて蹴散らされる──こともなく、五分と五分で痛み分けとなったのだ。
「なっ……」
これまで有利だった自分の攻撃が以前ほど通じなくなり、間狩が驚愕している。
「驚いたかしら? 何度も焼かせたことで炎への耐性をつけさせることに成功したのよ。それでも、やはり相性の問題上、互角まで持ち込むのが限界ではあるけど……後は手数で圧倒するだけよ」
「こざかしい!」
さらに数発、三日月を繰り出すが、やはり魔女のガードを崩すことはできなかった。
「……どうして足に絡んでる触手を斬らないんだろ……?」
俺に掴まれたまま何もできずにいるリシェル少年が、体をひねって自分の後方でやってる戦況を眺めながら、退屈そうな声で疑問を口にした。
さっき勝敗を決してから、しばらく無言だったのが、よっぽど今の間狩が不可解だったのかついに喋りだしたのだ。
「なんでだろうな。俺も不思議だ。お嬢様の考えることはわからんね」
根っこ触手はまだ灰にも炭にもなってないんだから、魔女が言う耐性ってやつも皆無だと思うんだがな。斬って燃やすのも簡単だろ。
それなのになぜ宙ぶらりんのまま戦う?
すぐにこの場を切り抜けたいという気持ちと、俺が見ているのに失態かましたことへの情けなさで、冷静な判断ができてない感じなのか……?
「頭が、良くないの?」
こりゃまた、はっきり言うもんだな。
「あまり思ったことをそのまま言うのはやめとけ。聞かれたら大変だ。バラバラにされて狼の餌にされちまうぞ」
「猟奇的だね。まあ、負けたんだから、どんな目にあおうと受け入れるさ。覚悟はできてるよ」
「それでも楽に死ねるほうがいいだろ。言葉は選ぶにこしたことはない」
「それもそうだね。で、あのお姉さんの知能についてだけど……」
「馬鹿ではないぞ。成績はかなり優秀だ。俺よりもな。運動や戦闘しか取り柄がないようなアホじゃない。文武両道ってやつだ」
「それで……あんななの?」
必死で青い炎を放つ振り子と化している間狩を見て、リシェル少年が呆れたように言った。
「う~ん……融通を利かせられないというか、頭は良くても頭の使い方が微妙なんだろうな……」
「残念」
リシェル少年が一言、ぼそりと言った。正解。
なお、この後しばらく、巫女と魔女の不毛な攻防は続き──
そのうち飽きた魔女が、花びらと葉っぱの吹雪による目くらましを発生させて、泣き女共々撤退したのであった。
それと、離れた場所に隠れていた誰かも、こちらがわちゃわちゃしていた、そのどさくさに紛れて逃げたらしい。
結局一人しか捕まえられなかったな。
そして、俺と間狩がリシェル少年を連れて他の二姫のところに行くと、
「……へへ、やってやったぜ。リベンジ成功ってな」
左腕が折れ、身体のあちこちから血を流し、青アザだらけになった玉鎮が不敵に笑い、
「まったく、無茶な子なんだから……」
困り顔のグロリア先輩が、玉鎮のほうを見て、微笑んだのだった。




