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復活したら人食いチート怪物と化していた天外優人、その奇怪で危険で姦しい日常について  作者: まんぼうしおから
第四章・暗黒埋蔵金伝説

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32・嵐姫、敗北

 イヴァノヴィッチ。


 無口というほどではないが、あまりお喋りを好まない、大柄で筋肉質な、謎めいた男。

 シャツの上から土埃(カーキ)色の軍用ジャケットを着込み、下はGパンに軍用のブーツ。退役軍人という言葉が浮かぶ服装だ。

 わずかに白髪が混じる黒のオールバックと、彫りの深い、気難しそうなその面構えは、三十後半から四十手前くらいの年齢に見える。


 イヴァノヴィッチと名乗ってはいるが、本名かどうかは疑わしい。

 その名は『イワンの息子』を意味する。日本人で例えるなら『山田一郎』といったくらいの、ありきたりな名前だ。

 ロシア出身の、異能を用いるタイプの殺し屋という触れ込みだが、果たしてそれもどこまで本当なのか。なんならスラブ系ですらないかもしれないと、今回彼に護衛されているエミリーはそう思っている(エミリーだけでなくこの件で協力関係にある者たち全員が同じ思いだろうが)。



 そのイヴァノヴィッチのそばの地面に、柄が半ばから折れて使い物にならなくなった鉄槌が転がり、赤毛褐色の美少女が力なくへたりこんでいた。


 白夜高校の三大アイドルが一人。

 『嵐姫』こと、玉鎮藍(たましずめらん)だった。



 一方。



 その、ロシアの殺し屋が守護せねばならなかった術者──『無関心』のエミリーは、地面の上で脱力した身体をよじり、どうにか動こうと無駄な努力に励んでいた。

 手足や喉に、『鏡姫』こと、御華上(みかがみ)・グロリア・イージスの針が刺さっているその身体では、何をしても悪あがきにしかならないというのに。


 ちなみに。


 天外優人に疑惑の目を向け、討伐しようと日本まで来たこの連中がなぜ日本語をああも流暢に喋れたかだが、

 それは、このエミリーが、他者の記憶を覗き見、言語に関する部分をコピーして、聖女以外の一同に与えたからである(聖女は過去にとある一件で知り合ったシスターアリサから日本語を教わっていたのでコピー記憶は不要だった)。


 他者とは、日本人だ。

 ヨーロッパに観光に来ていた、数人の日本人旅行客。

 不幸にもエミリーたちに選ばれてしまった者たち。選ばれたのは、たまたま目についたからという、それだけの理由。

 とんだ災難である。


 コピーにはかなりの負担がかかるため、数回やると対象の脳に記憶障害が起きてしまう。そうなるとまともなコピーが作れなくなるので、一人だけでなく何人か用意しておく必要があった。

 だから、一人旅ではなく、数人で仲良く観光を楽しんでいたグループを選んだわけだ。


 その罰が当たったのか。

 見ず知らずの日本人をないがしろにしたエミリーは、見たこともない日本の地で、もはや何もできなくなっていた。



「──実力は申し分ないようですが、護衛としては失格ですわね」


 冷ややかに御華上が言った。


 無論、そばの地面でもがいている無力なエミリーにでは、ない。

 彼女のほうを値踏みするようにじっと見ながら、得物である長い金属棒を肩にかけ、どこかに電話しているイヴァノヴィッチに対してである。


 男は右手で持った棒で肩をとんとん叩きながら、左手でスマホを掴み、誰かにこちらの戦況を伝えている。

 おそらく通話の相手は、自分の後輩を退治しようとしている騎士か魔女だろう。

 向こうが電話に出たということは、あちらの決着はまだついていないらしい。

 天外くんが乗り気ではないのか。それとも周りへの被害があまり出ないように気を使ってるのか。どちらにしても本気は出していないようである。


 やがて通話が終わる。


 スマホを持つ手に針でも飛ばそうかと二度思ったが……結局、やめておいた。

 敵を無視して電話するなど、こちらの攻撃を誘うための罠としか思えないくらい露骨な隙である。罠ではないかもしれないが、だとしても、あからさますぎて流石に食いつく気にはなれなかった。


「……面目ないな」


 イヴァノヴィッチが、スマホを懐にしまいながら、ぼそりと言った。

 言葉とは裏腹に、声のトーンには申し訳なさなどまるで感じられない。淡々と事実を語っているだけだ。


「会話はお嫌い?」


「無駄な話は、好まん」


「あら、つれないですわね。いくらこれから戦う相手とはいえ、少しくらいのコミュニケーションはあってもいいと思うのですけど……いかがかしら?」


「一人で喋ってろ」


 それだけ言うと、黙り込んだ。

 これから仕留める、あるいは足腰を立たなくさせるまで痛めつける相手との会話など、無駄の極みだとイヴァノヴィッチは考えている。


 いや、無駄ならまだいい。

 話術をもって自分の有利な方向にことを運ぼうとする者は、決して少なくない。

 目の前にいるこの娘もそのたぐいかもしれない。ならば、あちらの話に乗るのは愚かな振る舞いだ。聞き出したい事もない。交わす言葉はもう必要なかろう。

 そこの娘のように叩きのめすのみだ。


 イヴァノヴィッチはそう結論づけると、針使いの少女を打ち倒すべく、ゆっくりと踏み出した。


 一歩。

 二歩。


 そして五歩目のときに、



「ちょっと……待ちなよ、北国のおっさん」



 思いがけない人物から、イヴァノヴィッチに声がかけられた。

 そちらに振り向く。

 そして、少し驚き、一瞬だけ眼を見開いて、声の主を見た。


「まだ動けるのか。タフさは及第点だな」


「へっ、そりゃ嬉しいね。赤点なんて懲り懲りだからさ」


 声の主は言うまでもなく、玉鎮藍だ。


 立つのもやっと──という様子ではない。

 体のあちこちに打撲傷はあるし、頭から血も流しているが、呼吸や動作を見る限り、ダメージこそ結構食らってはいるものの、まだまだやれそうな雰囲気だ。


「……このわずかな時間で、体力も少しは回復しているようだな」


「もっと長電話してくれりゃ良かったのによ。先輩の話に乗ってもくれねーし、ほんと時間稼ぎが通じないね、あんた」


「そこはわたくしも反省すべきですわね。うまく興味を引けるような喋りができなかったわけですから」


「無駄話はそこまでだ」


 イヴァノヴィッチが二姫の会話に割って入る。

 こうやって話をさせている間も褐色娘のほうが体調をととのえていくからだ。


「おとなしく潰れていれば良かったものを……」


 二対一。

 しかも挟まれている。

 いくら一方が病み上がりみたいなものとはいえ、こうなればもはや余裕はない。依頼にない殺しはあまり好まない主義なため、トドメを刺さずにいたのが裏目に出た。

 もうそうはいかん。容赦なく確実に仕留めていく。


 得物に『力』を込める。

 込めた霊力に比例して、伸び縮みする速さや長さ、破壊力も増す愛用の武器だ。元は『自在金剛』という名らしいが、自分はこれをシンプルに『ヴォーリャ』と呼んでいる。


 さて、どちらを先にヴォーリャの餌食にするか。


 イヴァノヴィッチが迷っていると、意外な提案が玉鎮のほうから飛び出てきた。


「悪りぃけどさ、先輩。助太刀は無しにしてくれないかな? サシでやりたいんだよ。ワガママな頼みとは思うけどさ……な、いいだろ?」

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