31・調子に乗る剣士
この状況で自分が優位に立っていると本心から思っている令嬢巫女剣士、間狩氷雨。
だいぶ危うい気がするが本人はまるでわかっちゃいねえ。
間狩は手の内をほとんど見せたのに対し、魔女はというと、まだまだカードを隠している。
逃げないのがその証拠だ。
この紫ババアは、敗北ギリギリまでしつこく粘るような勝負事で熱くなる性格にはとても思えない。手持ちのカードが底をつきそうになる、そのずっと前に、さっさと見切りをつけて退散する性分のはずだ。
さっきまで俺の暴言でキレてたのに、もう落ち着きを取り戻しているくらいだからな。頭に血の上りやすい奴では、こうは切り替えられない。
……あるいは。
最初からキレてなくて、それすらも演技だったのかもしれん。
年齢いじりされたら我を忘れて雑な攻撃をしてくる──そう思わせておく作戦だったんじゃないのかな?
もしかしたら、その思い込みを後々活かせる局面があるかもしれない。敵を誤解させておくに越したことはない。活かせなくてもそれはそれで別にいい……って軽い感じで打った布石だったのかもね。
怒ったフリをして荒っぽく攻める
↓
俺か間狩が、その荒さの中に隙を見出だし、まんまと食いつく
↓
かかったなアホが!
──と、このくらいの心理戦は仕掛けてきても不思議はない。
なぜなら魔女なんだから。
魔女なんてのは人をあざむくことは朝飯前、人を騙してなんぼだろうと思うのだが……これって偏見かな?
まあ、とにかく。
疑ってかかるべきだ。
信じる者は馬鹿を見るのがこの世の中だから。
「気をつけた方がいいぞ」
なので一応注意しておく。
「何を?」
「あのオバハンの言うことを鵜呑みにするなってことだよ」
「フッ」
「何がおかしいんだ?」
「無用の心配だ。助言してくれたことには礼を言うがね。あの魔女が自身の劣勢を認めたのは、もはや揺るぎない事実。現に、私の剣技と霊力に抗することがまるでできていないからな」
「演技かもしれないだろ」
「だとしても、力で押し通せば済むだけのこと。下衆な猿芝居など斬って捨ててくれる」
あかん。
天狗の鼻が伸びまくっとるがな。
ワイのアドバイスが心にとどまることなくそよ風のように通り抜けとるでえ。
「流石ですぞ主さま」
「惚れ惚れいたします」
あーあ、こいつらもだよ。
白いのも黒いのも、すっかり主の勢いに乗せられてやがる。
ま、使い手たる間狩がこの単純さなんだから、使われてる式神が同じように単純なのも無理はないか。ペットは飼い主に似るというしな。
苦言のひとつくらい言うかなと期待した俺がお馬鹿さんだったのだ。
……もういいや。
痛い目見ないとわからんだろ。
それに、もうひとつ気になってることがあるから、この件は諦めて、そちらについても聞いておくか。
「斬って捨てるって言うけどよ、降参しない、死ぬまで戦うなんてあちらが言い出したらさ、その言葉通り、本当にやることになるかもしれないが……いいのか?」
敵の命を奪うまで、やれるのか。
最期までやれるのか。
お前は人を殺せるのかと、少し遠回しに、俺はそう間狩に問いかけたのだ。
「それこそ問題ない」
「ないんだ」
「そうだ。力に溺れて自制を失い、見境なく力を振るうことを楽しむ輩を討つのもまた、間狩の使命。それが人であろうとなかろうと、私のやることは変わらない」
間狩が、腰を少し落とし、刀を下段に構える。
「──斬る。それのみだ」
明確な殺意の込められた言葉。
刀から漂う青い霊気が、より鋭く、濃くなったように見える。
魔女と泣き女が、警戒を強めた。
俺のずっと後ろのほうにいるナユタは変わらず平然としている。
気配が変わってない。
そうやって観戦モードのままおとなしくしていてほしいものだが……。
「斬る、ね。そこまで迷いなくキッパリ言えるってことは経験済みか」
無理して自分に言い聞かせているような様子じゃない。
本心から言っているのが伝わってくる。
「うむ、二回ほどな」
「ふーん」
その二回の経験について詳しく聞いてみたい気もあるが、今はそれどころじゃない。
この一戦が片付いて暇ができたら、おやつでも食いながらのんびり聞かせてもらうかな。すんなり教えてくれるならだが。
「……ところで、お前一人だけ?」
「なんだ、助っ人が私だけでは不安か」
「いや」
まあ不安かな、
とは正直に言えないし、間を空けて本心を悟られるわけにもいかないので、即座に否定した。
せっかくここまで上がった友好度を下げたくないからね。
「ただ、いつもみたいに三人で来なかったんだなと思ってさ」
「来たぞ」
「え?」
「あの二人は既に交戦中のはすだ。この一帯を人払いしている者と、そいつを護衛している者がいてな。人払いには先輩が、護衛には玉鎮が応対して、私だけお前のほうに向かったのだ」
「そうだったのか」
やけに誰も来ないと思ったらそういうことか。
離れたところに人払い役がいたわけね。
護衛が必要ってことは戦闘能力は大したことなさそうだし、グロリア先輩ならまず負けないだろ。
玉鎮は……あのハンマー女は心配するだけ損ってもんだ。
むしろその護衛役のほうを心配したくなってくる。気の毒に。交通事故に遭ったみたいな姿にされちゃうんだろうな。
俺が不幸な護衛役の身を、そう案じていると、
不意に、呼び出し音が鳴った。
魔女のほうからだった。
「あら」
魔女が胸の谷間に手を差し込み、するりとスマホを取り出した。四次元おっぱいか。
「……どうしたの?」
目の前に敵がいるというのに、普通に会話を始めだした。いい度胸だ。
魔女でもやはり現代人だけあって、文明の利器を使うんだな。魔法のアイテムとか使いそうな感じがしたが。
「攻めないのか。絶好だと思ったが」
間狩に問う。
攻めるのだとしたら、くれぐれも油断するなと、強めに釘を刺しておかないとな。刺さるかどうかは別として。
「別に構わん。電話くらい好きにやらせてやればいい。それで戦況が好転するはずもないからな」
どこまでも余裕だなこの女。
調子に乗りまくるのもここまでくると逆に信頼感が出てくるぞ。
そうして、一分ほどで通話は終わった。
また胸元にスマホをしまう魔女。
「だ、誰からだったの、こんな時に……」
少し、イラつきながら泣き女が訊く。
こっちが形勢不利っぽいってのに呑気に電話かけてくんじゃねーよとか思ってるに違いない。
「イヴァノヴィッチからよ」
魔女が言った。
「そちらのお嬢ちゃんのお仲間を叩きのめしたらしいわ。ハンマー使いの子をねぇ。エミリーは針使いに負けたから、その針使いを倒してからこちらに向かう──だって」




