30・姫巫女参戦
「怪しげな儲け話に安易に乗っかると、後々こうなる。よく覚えておきなさい、天外」
うんうんと、主の言葉に、式神である一対の狼が頷いた。
「いきなりお説教か。助けに来てくれたのはありがたいが、耳が痛いね」
「これも教訓だ」
厳しい口調。
だけど、以前よりは刺々しさがなくなっている。
土蜘蛛って化け物に呪われていたかーちゃんを救ってから、俺に対する間狩の態度はかなり軟化しているのだ(式神どものほうはそうでもないが)。
あの病院で出会って、まだ間もない頃なら、
「欲の皮を突っ張らせ、怪しげな儲け話に安易に乗っかる浅はかさ。だから後々こうなるのだ。よく覚えておけ化け物」
くらいのことは言ってきたはずだ。
そんな間狩も、今では俺に対する嫌悪感はかなり弱まり、クールで口うるさい優等生って言動に落ち着いている。いいことだ。
何かあるたびに噛みついてきたり俺を斬る理由付けにしようとしてこられたら、たまったもんじゃないからな。
暴力でどうこうできない物事。
これは本当に厄介で面倒だ。
しかも、俺ってそんな口が上手くないから、話し合いも得意ではないときてる。
しぶとさなら売るほどあるけど、したたかさは品薄なんだよ。
この少年への対応もそうだが、洗脳能力とか俺にあったらこんな苦労もしなくて済んだのにな。
でもないんだ。
あるのは戦闘用の異能ばっかり。
俺にできる小技なんてものは、女に活力を与えたり、気持ちよくさせることくらいだ。
意外になにかと便利ではあるが、交渉では役に立たないし、こちらの命令を強制したり操ったりもできはしない。
回復系みたいなものだからな。
まあ、気持ちよくさせまくって無力化ならできるが……こないだみたく。
今後のことを考えると、マジで催眠術とか学んだほうがいいかもしれん。もしくは首の後ろ叩いてあっさり失神させるやり方とか。
でも、それとかクロロホルム嗅がせて眠らせるとかって、実際は不可能らしいが……。
「その姿……間狩の人間かしら。これはまた、大物が来たものねぇ」
魔女が警戒を強めたのがわかった。
いや、魔女だけではない。
間狩の名を聞いた途端、泣き女も一歩後ずさり、俺の腕に捕まっているリシェル少年も身体を強ばらせた。
「へー、海外にも知れ渡ってるのか。凄いなお前の家って」
「当然のことだ。知らぬほうがどうかしている」
凄いことを、間狩はきっぱりと言い切った。
そして否定の言葉がどこからも出てこない。
つまり真実なのだ。
改めて、この銀髪女の実家が由緒正しい名家なのだと俺は理解させられた。
「引け、森の魔女。この国で好き放題やることは許さん。間狩の名にかけてな」
「そう言われてもねぇ、こちらも正当な理由があってそこの魔物退治にやって来たわけで、帰れと言われて、ハイそうですかとはいかないのよ」
「正当な理由……?」
「そ、そうよ」
言ったのは泣き女だ。
「そこの、ヒヒ、化け物が……聖オリヴィエ騎士団の一員を、罠にかけて殺した、疑いが……」
「疑い? 疑わしいから退治するのか? 人間ではないとはいえ、仮にも七星機関に所属するものをか? しかも、こちらに何の断りもなく……」
「う、うぐ……でも──」
「状況的には、ほぼ黒みたいなものでしょう?」
このまま喋らせても不利にしかならないと判断したのだろう。
言葉に詰まりだした泣き女の話を、魔女がさえぎった。
「我々はねぇ、この国に着いたあと、まず例の現場のほうに向かったのよ。騎士クラウスともあろう者が抗えなかった呪いとやらを拝見したくてねぇ。まあ、あの聖女さまは、確認というよりは、騎士クラウスが果たせなかった任務を代わりにやってあげたかったみたいだけど……」
お優しいわねぇ、と魔女は笑った。
間違いない。失笑だ。
どうせ、その聖女をとんだお人好しだとでも思ってるのだろう。俺も同じことを思ったからよくわかる。
「で、あたし達の結論としては、この程度の呪いに、聖剣持ちの騎士が負けるとは思えない──ということになったわけよ。お分かり?」
「いや結局は具体的な証拠ねーじゃん。だいたいなんで俺がンなことしなきゃならないんだよ」
「さあねぇ……? 知らないわ、そんなこと」
「はあ?」
「魔物の動機なんて知ったことじゃないわ。要は、誰もが納得できさえすれば、それでいいの。信憑性こそが大事で、本当かどうかなんて些末なことなのよ。そんなこともわからないの、ボクゥ?」
「お、開き直りやがったな。それが本音か陰険クソババア」
「い、陰険、クソ…………!?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする魔女。
陰険、
クソ、
ババア。
恐る恐る、泣き女が魔女のほうを見た。
きょとんとした表情が、次第に、俺の言った三拍子の意味を理解して、怒りに満ちていく。
ここまで露骨な、口汚い罵倒をされたことが、これまでの人生で一度もなかったのだろうか。そういえば俺もここまであからさまに酷いことを言った経験ないかもしれない。
魔女は俺の悪口を受け流すこともできず直撃を食らい、美しい顔を鬼のそれへと豹変させた。
「このガキ…………ねじ切ってやる!」
怖いことを叫ぶ魔女。どこをねじ切るつもりなのか。
その怒声と共に、魔女の周りに生えている木々が、触手のようにうねりながらこちらに殺到してきた。
どれも先端を尖らせている。殺す気満々だな。
「やべ、怒らせた」
とは言ったものの別にヤバくもない。
逃げたらいいだけだ。
とりあえずは、人外の脚力をもって、リシェル少年を掴んだまま一気に飛び退こうかなと思ったのだが、
「──フン、性懲りの無い」
一対の黒白を従えた巫女が、軽やかに──舞った。
刃が何度もひるがえる。
青い雷をまとう白い狼と、青い炎をまとう黒い狼が、巫女の動きを邪魔することなく、見事なコンビネーションで飛び交う。
まるで、刀を振りながら優雅に舞っている巫女の背景演出のようだ。
瞬く間に緑の触手は蹴散らされた。
斬られ、焼かれ、引き裂かれ、感電させられ、
焼け焦げた木材の破片が、そこらに散らばっていた。
「魔術で操ろうが、所詮はただの植物。そんなありふれたもので、間狩の刃に歯向かおうとは……笑止!」
まだ勝敗などついていないというのに、間狩が勝ち誇っている。
プライドの高さからなる、こいつの悪い癖だ。
「……火や電撃と、あたしの魔術は相性が悪いとはいえ、まさかここまで圧倒されるとはねぇ……大したものだわ」
魔女が悔しそうに、苦々しく言う。
それを聞いて、さらに間狩が勝ち誇る。
話の流れにおかしいところはない。
が。
(…………なんだろうな、この感じ)
俺は魔女のその言葉に、妙なものを感じた。
怪しさというか、白々しさを。
なぜ、この魔女は、こんな余計なことをわざわざ言った?
素直に教えて何の得がある?
ついうっかり言った?
自分の魔術は草花や木を操るものだから、炎や雷に弱い──本当にそうなのか?
騙す気か?
植物なんだから燃やされたら困るのは当たり前っちゃ当たり前ではあるし、隠そうとしても今の一連でバレたからもう意味がないと思ってポロッと言っちゃった──そう思わせといて、実は違うとか、対抗策があるとかなんじゃないのか?
疑わしい。
これは疑わしい。
それにそもそも魔女なんか信じないほうがいい。
真に受けないほうがよさそうだ。
「フッ。その様子ではお手上げのようだな。焼き尽くされては手も足も出まい」
間狩は真に受けていた。
一回痛い目みたほうがいいかもしれんな、こいつ。




