29・膠着の打破
──魔に対して、まさしく必殺の威力をもたらすであろう、連なる刃。
しかし俺に対しては違う。
さっきから幾度となく防いできたものと変わりのない、ただの同時攻撃にしかならなかった。
いや、それよりもぬるい。
牽制もなければ死角からも攻めてこない、本当にただ同時に双剣をこっちに伸ばしてきただけに過ぎなかった。
でも、それでこれまでは良かったのだろう。
勝てたのだろう。
生き残れたのだろう。
俺の手の内にいるこの少年の話が正しければ、当てさえすれば勝ちみたいなものだったらしいからな。
でも、今回はそうならなかった。
どうしてか。
なぜなら、全ての刃に聖なる力が乗っかろうと、そもそも俺にはその力が効かないからだ。
理由はわからない。
化け物ではあるが魔に属さないからか、俺がまだ人間判定されてるからなのか、俺も神聖な存在だからなのか、単に並大抵の聖なる力では通じないだけなのか。なんもわかんねえ。
あまりに自分の正体が不明なため、ひょっとしたらと、一度、自分の部屋でゴロゴロしているときにある試みを閃いたことがある。
別にそんな、真新しい試みじゃない。
フィクションの世界だとちょくちょくあることだ。
善は急げとばかりに試してみるべく、部屋の真ん中に立ち、右手を天井へとかかげて『──ステータス・オープン!』と勇ましく叫んだ。
叫んだだけで終わった。
宙に浮かぶ能力値とかも出てこない。
謎の声が頭の中で聞こえたりもしない。
悲しくなりそうなほど、何も起きなかった。愚にもつかない閃きだった。
自分の能力が文字や数値として可視化されるとか、そんな都合いいものがあるはずもなく。
所詮はフィクションの中だけの話だったのである。
だから甦ってから今日に至るまで、手探りで自分の可能性について模索してるわけですよ。
「負けだよ、負け」
両腕を俺に掴まれ、武器も手離したリシェル少年がそう言った。
悔しさもあるが、それよりも、こう……スッキリしてるというか……何かを期待してるような顔で。
不思議な、不可解な表情で。
(なんか企んでる……って感じでもないんだよな……)
わからん。
わからんから、気を抜かないようにしていよう。
今やってた、そしてまだ終わっていないこれは、試合じゃない。
殺し合いだ。
一方がハッキリと負けを認めたところで、そんなのただ言っただけに過ぎず、何の意味もない。審判もいない。どんな方法をとるにしても、とにかく相手を戦闘が続行できなくなるようにしない限り、決着とはならないのだ。
この少年はまだまだやれる。
俺のようなスタミナお化けとバチバチやり合ってたんだから疲れてはいるだろうけど、呼吸もあまり乱れていない。
疲労の色も顔に出てないし、余力はかなり残っているはずだ。
この手を離せば、すぐさま足元の武器を拾って第二ラウンドやりかねない。やろうと思えばやれるだろう。
なら、どうしたらいいものか。
腕をギュッと握り潰してしまえば、全て解決つくんだけど……。
まずいことに、この子はバチカンが有する戦力のひとつ、聖オリヴィエ騎士団の一員なのだ。
どこにも属さないはぐれ者や悪事を平然とやらかすような者なら遠慮なく潰していたが、今後のことを考えると、まともな組織の人間に乱暴な真似はやるべきじゃない。今更だが。
将来有望な若者を再起不能になんかしたら絶対遺恨になる。
ただでさえ、既にこの子の兄貴分がこっちで死んでて、しかも、それが俺のせいになっているんだからな。
とんだ冤罪だが、そう信じてる者が少なくない。
そこにきて、さらに俺がこの子を駄目にしたらマジで抜き差しならない状況になる。ならないほうがおかしい。
一度目は許されても二度目は無理だろう。
どうしたらいい?
この状況、どう打破する?
どうしたらいいんだこいつを。
こんなことになるなら、対人用の麻酔銃でも機関からもらっとけばよかった。ボタン押したら薬が塗られた針がシュッと飛ぶようなやつをさ。
そんなものあるのかどうかわからないが、なくても、ちーちゃん教授ならそのくらいパパッと作ってくれるだろ。
「困ったものねぇ」
魔女が言った。
同感だね。
「異常すぎるわよ、キミ。どんな規格外な存在であれ、魔物であるなら、その子の剣で倒せないはずがないのよ。ましてや効かないなんて、そんなことがあり得るなんてねぇ……」
「もしかして、怖じ気づいたとか?」
「フフ、まさかぁ。むしろ逆よ。楽しくなってきたわ」
「やっぱりか」
「……わ、私は別に、楽しくないかな。簡単に勝てるなら、それに越したことはないもの……」
魔女はやる気だが、泣き女のほうはそうでもないようだ。
リシェル少年が敗れたのがだいぶ効いてるみたいである。
「なによ、弱気ねぇ」
「だって、かわいい前衛がいなくなっちゃったし……弱気にも、なるってものじゃない……?」
ほうほう。
やはり接近戦は苦手か。事前に聞いていた情報通りだな。
『泣き女』アデスト。
この女の、悲しみの泣き声を聞いたものは強烈な絶望に襲われ、衝動的に自傷行為や自殺を行おうとし、
嘆きの叫びを聞いたものは、ショックのあまり心の臓が止まってしまうという。
つまり精神攻撃と即死の使い手だ。
かなりの初見殺しである。
魔女カサブランカのほうは、花や草木を自在に操る魔法を使いこなすという。
泣き女と同じようにオフェンス役ではないはずだが、この余裕ありげな態度。
何か奥の手があるとみていい。
「やる気あるのはいいけどよ、こいつも巻き込むことになるぞ。いいの?」
「よくないわねぇ」
「だろ?」
「なら離してあげなさいな」
「馬鹿言うな。こんな状況でこの手を離すやつがいるわけないだろ」
「なら、しょうがないわねぇ……。その子もいっぱしの騎士なら覚悟もできてるでしょうし……」
魔女が、眼を細めた。
「……地の恵みよ、鳥の家よ……ペルセポネの名において狂い咲け……」
周囲の草木が、ワサワサとざわめきだした。
魔女の身体から立ち上り始めた魔力と呪文に、呼応しているのだ。
「ほほ、お行きなさいな」
その言葉を引き金に、
遊歩道の左右に生えている木々が、不気味にくねり、伸び、巻きつき絡み、一匹の大蛇のようになると、
囚われのリシェル少年ごと俺を飲み込んでしまおうと迫り──
乱入してきた、青く燃える三日月に焼き尽くされた。
「……まったく、後先考えずにうまい話に乗るから、こんな揉め事を引き寄せるのだ」
涼やかで、凛々しい乙女の声。
抜き身の刀をたずさえ、白と黒、二匹の狼を従えて現れたのは、無論──
『氷姫』
間狩氷雨だった。
氷姫、久々の登場。




