28・聖なる双蛇
「……フッ、口がよく動くだけの魔物じゃなかったみたいだね。クラウスさんを倒したのも、策だけでなく実力によるものも大きかったのかな」
「だから濡れ衣だっつーの」
キィン
「まだシラを切るんだね。もうしらばっくれなくてもいいのに」
「だったら他の奴らにも聞いてくれよ。その場にいたのは俺だけじゃなかったんだからさ」
ガキン、キンッ
「聞くだけ無駄だね。どうせその人たちにも根回しは済んでるだろうから。しかし……ずいぶんとまた、固い手だね。何でできているのかな」
「別に。ただの手だよ。巻き藁突いたりコンクリ叩いたりもやってなきゃ、金属も埋め込んでないし、骨や皮膚が異常発達してるわけでもない。理屈はわからないが、生き返ったら丈夫になってたのさ」
ガガキンッガキンキキキキンッッ!
危機感のない会話とは裏腹に、俺の手とリシェル少年の剣は派手にやりあっていた。
一見余裕そうなやり取りをしているように思える──が、実のところ、わりと俺は必死だ。
何故なら下手にくらうと衣服などがズタズタにされかねないから。
それは困る。とても。
カバンは片足引っ張られた時にうっかり落としてしまったから手元にないので大丈夫。ナユタの足元あたりに転がっている。不幸中の幸いだ。
だが制服や靴はそのままである。
残念ながらパンツ一丁になるタイミングはなかった。逆さ吊りにされてるときにササッと脱いでおけばよかったよ。
それとも、やはり一度、公園にでもナユタを待たせておいて、家に戻って着替えるべきだったか。
いつ襲われてもおかしくない立場なことを忘れて、謎の美少女とのんきに街ブラしてる場合じゃなかったんだよ。やるべきことを先にしっかりやっとかなかった結果がこれだ。
まあ、そもそもそんな状況で普段通りの生活やるなと言われたら返す言葉もないのだが。
一応、まだ替えの制服はあることはある。
一張羅ではない。
だけど、今着ているこれを斬り裂かれたりしたら、帰ってからどう説明したらいい?
父さん母さんになんて言う?
「通り魔にやられた」とか言ったら警察行くことになるし、お巡りさん相手にあれこれ嘘に嘘を重ねないといけなくなる。
もしバカ正直に「実は俺は化け物で、伸びる剣を使うエクソシストに襲われた」なんて言おうものなら、うちの親は、ふざけた言い訳するなと怒る心境を通り越して俺を無理やり頭の病院か心の病院に連行しかねない。体はすこぶる丈夫でも脳や精神はそうでもなかったのだと、どうしてもっと早く気づいてやれなかったんだと悲しむはずだ。
制服だけじゃなく、スマホも壊されたくないんだけどなあ。ナユタに預けとけばよかったか。
ま、仕方ない。
別に依存性じゃないし、失いたくない画像や動画が保存してあるわけでもないしな。
壊されたらその時はその時だ。
仕事用のスマホを頼めば貰えそうだから、こいつら片付けたら研究所行って受け取ってこよう。根ノ宮さん最新型一丁よろしく!
「おかしいなぁ……」
リシェル少年が、納得いかないという風にぼやいた。
「どうして当たらないんだ? なんでここまで綺麗に読まれる? あり得ない。スピードや反射神経は恐ろしいものがある、そこは認めるけど……身のこなしや拳のキレはそうでもない。一流に匹敵する力量ではあっても、達人の域なんかじゃない」
なにかが変だとボヤきはしつつも、剣は止まらない。
様々な角度から俺を斬ったり刺したりしようと試みては失敗している。
「褒められてんのかけなされてんのかわからんな」
「ただの分析さ。速いし力強いが、昔から絶えず修行している者の動きじゃない。まるで野生の獣みたいだとね」
「そうか。いい読みしてんな」
俺は生まれてこの方、ずっと武術と関わりない人生を送ってきてたからな。
死んで復活してからは実戦で鍛えられてきたが、ガキの頃から修行してる奴や、生まれつき才能に恵まれてた奴に比べたらテクニック面で劣るのは当然だ。年期も上達速度もぜんぜん違う。
フィジカルで段違いに圧倒してるからさほど問題ないが。
でも、一流未満くらいの技前はあるんだな俺。
以前にも、間狩か八狩、どっちかの攻撃を軽くスウェーでかわしたことあったし。
あのボクサーみたいな退魔師おじさんとやり合った成果は、思ったよりもずっと俺の糧となってるみたいだ。サンキューボクサーおじさん。名前もう忘れたけど。
「あらぁ、案外苦戦してるわねぇ」
「どうしよう。我々も、力を貸すべきじゃ……」
にやりと笑う魔女と、対照的に眉毛が『ハ』の字になってきてる泣き女。
魔女はまだ余裕あるが、泣き女のほうは不安がりだした。きっと当初の予想より俺が粘ってるからじゃないかなと思う。
ただ、まだその不安には迷いがある。
俺が(制服やられないよう)必死に防戦一方だから、深刻なレベルでの不安にはまだ至ってないのだろう。
伸びる刃の速さや威力がわかってきたから、そろそろ隙を突いて攻撃しようかなと思ってるんだけどね。
「いやいや、それは遠慮しようかな。僕はまだ本気を出してないよ。これからさ、これからだよ僕は」
リシェル少年がそう言うと、暴れまわる蛇のような二刃が、青く、清らかそうな感じの光を放ち始めた。
鞭のようなその長い刀身を構成し、連結している無数の小さい刃──その、ひとつひとつから。
「八つ裂きにするどころか、かすり傷すらつけられないとはね。多少苦戦するとしても、僕の特性まで使うことになるとは思わなかったよ」
「なんだ、特性ってことは……お前さん自身の力によるものなのか、その発光は。俺はまた剣の電源でもオンにしたのかと」
「そんなおどけたことを言ってる場合じゃないよ。もうキミは終わりさ」
「やけに自信があるんだな」
「まあね。どれだけ強かろうが、キミが魔物である以上これには抗えない。何故なら……この鱗のような刃のひとつひとつが、僕の特性で聖剣と化しているからさ。さっきまでとはまるきり別物だ。その、ご自慢の固い手でも、もう防ぐことはかなわないよ」
「…………」
「おや、静かになったね。事の重大さと深刻さに言葉も出なくなったのかな?」
「……………………」
いや、あのさ…………。
……それ、俺に効かないんじゃないかなぁ……。
前にやさぐれシスターどもの武器を楽にキャッチできたんだし、なら、いくら聖剣数十本分でまとめて斬りかかるようなものだとしても、二の舞じゃね?
破壊力や切れ味が向上してないのなら、威力も、さっきと全く変わらないだろうし……。
リシェル少年はよほど自信があるのか、正面から俺のほうに矢印が伸びている。
額と心臓に。
こざかしい真似をしなくても俺なんか倒せると、そう踏んでいるのだ。
多分、そうやって、回りくどいことをやらずに厄介な悪霊や強い魔物に勝ってきたんじゃないかな。
これまでは、それでよかったんだろう。
当てされすればいいんだ。
たくさんの聖剣で同時に斬られたら、邪悪な存在や魔に属する存在はたまったもんじゃなかったはずだ。自分らの弱みをまとめてぶちこまれるんだからな。
クリーンヒットだろうとカス当たりだろうと関係ない、まさに必殺の双剣を振るい、この少年は化け物をことごとく打ち倒してきたのだ。一方的に。
今日、この日までは。
「さあ、防げるものなら防いでみるといいさ。──あまたの聖なる牙をそなえた、リンドブルムの顎よ! 邪悪なるものをことごとく噛み砕け!」
フェイントもやらなければ、視覚の外から攻めたりすることもなく、
正々堂々、やはり正面から、
二本の蛇剣が突っ込んできた。
狙いは、矢印が示していたとおり、額と心臓だ。
当たってもどうせさほどのダメージにならないが、やはりカッコつけて捕らえたい。
うまくタイミングを測って……。
「…………っとお!」
──成功だ!
二本とも、どちらの伸びる剣も、命中する直前でうまく掴めた!
自分で言うのもなんだが俺はあんまり器用じゃないから、しくじるかもと思っていたが、真剣にやればできるもんだな。
「な、なんで!? そんな、それは違う! 違うじゃないか!」
どうして掴んでも平気なのかわからないのだろう。
勝手に思い込んでおいて、思っていたのと違うと嘆いている。
「ンなの知るか……よっ、とぉ!」
ぐいっ
「うわわぁ!?」
連なっている刃を力任せに引っ張る。
すると、双剣を持ったままのリシェル少年もそのまま──
「ホイ捕まえた」
掴んでいた刃を離し、抵抗もできず俺のほうに引き寄せられたリシェル少年の身体をがっちりキャッチした。
こうなれば、もう何もできまい。
両腕を掴んでるからな。
「は、離っ……」
「駄目だ諦めろ。何もするな。もし、怪しい動きをしたら……このまま握り潰す」
「うっ……」
警告代わりに、軽く力を込めた。
本気でも何でもない。
軽くやっても潰してしまいそうだから、本当に、ちょっとだけ強めに握っただけだ。
だが、それで観念したのだろう。
リシェル少年の両手から、双剣の柄が落ち──
──遊歩道の、舗装されてる地面にぶつかった。
やっぱり蛇腹剣はロマンあるよな!と思った方は
よろしければブックマーク登録したり下の☆をつけたりしてみて下さい




