25・死なない少年と、生き返る少年
「はー……」
ベンチに腰かけてる俺の隣。
そこにふわりと座ったナユタが、何気ない日常の出来事かのように淡々と語った内容は、わりと笑えない殺伐さだった。
……お前のほうこそ人のこと言えるのかって話ではあるが。
「本当に、殺しても死なないんだな、お前さん」
と、言ってから、
あることを思い出した。
……そうだ、たしか根ノ宮さんもそんなこと言ってたな……。
その子は、死に愛されてるからまともなやり方じゃ殺せないみたいな話を、俺に言ってたはずだ。
それくらいしぶといって比喩かと思ったが、そのまんまだとはね。
……でも、それって裏を返せば。
まともじゃない、イカれてるやり方とか、
そういった存在に対して編み出された、特別なやり方ならば、
殺すことも、できるのでは。
あの人の説明には、そのような真意も含められていたのではないか。
そんな気がする。
根ノ宮さん。
七星機関の重要人物であり、そして、おそらくは機関の中核メンバーらしき人物。
謎めいた、どこか底知れないものを感じさせるあの人なら、具体的な方法も知っていそうだ。
……なんなら、俺みたいな、死んでも生き返る輩の倒し方さえもさ。
「死ななかったね。もしかして死ぬのかな、とは、ほんの一瞬思ったりも、したけど」
そりゃそう思うわな。蜂の巣にされかけたんだから。
「その時に知り合ったヤバい二人とは、連絡取り合ったりしてるのか?」
「ううん。私、携帯持ってないし」
「えっ」
いきなりなかなかの告白きたな。
「それは……今時珍しいね」
「別に、必要ないから。連絡を取り合いたい人も、いなければ……ネットとかも、興味ないもの……」
「でも不便だろ。やっぱり連絡手段のひとつはないと。今後また何かあったり、そいつらと手を組む局面もあるかもしれないしさ」
「そうかな?」
「ないとは言えないと思うぞ。現に、一緒に襲われたりしたんだろ? それで仲良しになった……とまではいかなくても、多少は打ち解けたんじゃないの?」
ナユタの話によると、百億がかかってる自分を捕まえようと、糸使いの少年と何でもねじ曲げる少年が現れたのだが、その二人は依頼者の裏切りにあったという。
ナユタごと、まとめて捕獲しようとしたのだ。
それに頭にきた二人の少年は、依頼者──知賢院という組織に嫌悪感を抱き、その依頼を断ることにしたそうだ。
こんな襲撃してくる連中なんぞ不義理にも程がある。信用ならない──そういうことである。
当然といえば当然だ。そんなに舐めたことやられて怒らない奴は普通いない。
こないだの埋蔵金探しのときの舞台、何たら療養所の持ち主もその組織だったんだよな。
呪いが溢れ出して制御できないからそのまま放棄とか某ゾンビゲーの企業みたいなことしやがったんだ。いつかバチ当たるぞ。
──しかし、それはそうと。
(百億かぁ……)
百億円。
俺が文字通り骨を折って見つけた埋蔵金の総額の、十倍だ。
そんな馬鹿みたいな、やけくそ気味に思えてくるほどの金額が、このスーパー美少女の首にかけられていたらしい。
たった三億を懐に入れたくらいで、スローライフ資金だの大金だの何だのとはしゃいでいた自分が、なんか恥ずかしくなってくる。
まあ、金というのは、あるところにはいくらでもあると、そういうことなのだろう。
「それは……うん、そうだね。殺し合いの空気──とでもいうのかな、そんな雰囲気はなくなってたね」
「そいつらは何か言ってなかったか? 連絡取ろうにもスマホどころかガラケーすら無いって言われてさ」
「二人とも、驚いてはいたね。天然記念物だなって、言われちゃった」
「だろうね」
「褒められたのかな」
「違う違う。それくらい滅多にいないってことさ」
「フフ、わかるよそのくらい。私でもね」
ナユタが笑う。
魅惑的な笑みではなく、可愛らしい、いたずらっ子のような笑み。
どうやら、ちょっとからかわれたらしい。世間ずれしてそうだから本気で勘違いしてるのかと思ったんだが……やられたな。
「──とまあ、そんな感じか」
「ユートさんも、大変だね」
かくかくしかじか。
横並びで川沿いをぶらつきながら、俺はこれまでに経験した超常エピソードをざっくりダイジェストで語り終えた。ファスト映画ならぬファスト半生だな。
その途中、どうしてナユタは私服なのかと聞いた。学校はどうしたのかと。
すると「最近は、あまり行ってない。今日も、外をふらふらしてた」と返答がきた。
予想していた答えだった。
おそらくは不登校状態のなりかけなのだろうが、誰もそれを気にもしてないに違いない。
教師も、クラスメートも、家族も。
ナユタの力によって、いつもの、ごく普通のこととして、流しているのだ。誰もが、そのことをおかしいなどとは欠片も感じてないはずだ。
俺みたいなものがいたら気づくとは思うが……もしいたとしても、ナユタにそれを勘づかれることを恐れ、知らんぷりを決め込むだろう。
『死』に興味を抱かれ、関わることになりたくないもんな。まともな人間なら。
「ほら、あそこ」
「工事してるね。片側が、通行止めになってる」
「あそこで箱入り娘を拾ってな、そのせいでお嬢様が橋をブッ壊しながら現れたんだ」
一方的に訊くのもフェアじゃない気がしたので、俺もナユタに自分の人外事情と経緯をある程度教えた。
といっても、俺の身の上を一から十まで教えるには時間がかなりかかるし、こうして親しく話す関係になろうと、この子はやはり部外者。
あまりベラベラ喋りすぎるのも問題になりそうだし、そこまで事細かに話すことがそもそもめんどくさい。
教えるとまずそうな部分や説明しづらい部分は大胆にカットして伝えたのだった。
川沿いを離れ、遊歩道へ。
今日のここは物静かである。もともとそんな騒がしいところじゃないけどさ。
「それで──一体どうするの? ユートさんは」
くるり、ゆらり
華麗に舞うような動きをしながら、ナユタが俺の前に出た。
首を、というか上半身ごと左にやんわりかしげ、訊いてきた。
「どうする、とは?」
「バチカンと、戦うの……?」
とんでもないこと訊いてくるなキミ。
「物騒すぎること言わんでくれ。国と喧嘩なんかやらないよ。あちらさんの誤解から火の粉がこっちにふりかかってきそうだから、それを払ったりするだけさ。黙って焼かれてたまるもんか。そのくらいはやるけど、こっちから攻めたりはしないって」
「ふぅん……」
「なんだい?」
「こないだ、牛と馬のおじさんを倒してくれたでしょ? 私は、その借りを返してない」
「……なんだ、バチカンを倒す手助けでもするつもりだったのか?」
ナユタは答えず、無言で、微笑んだ。
掛け値なしに美しく、それでいて、親切心や、勇敢さのようなものも感じられる笑み。
そんな笑いを、俺だけに見せてくれている。
この美しすぎる少女の、誰も知らない新たな一面。
とんでもなく希少なものを自分だけが見てしまった気がして、俺はなんとなく、優越感のようなものを感じていた。
そんな時。
「あ?」
周りにひと気もなく、二人で、木々の生い茂る遊歩道をゆっくり進みながら話をしていると、何かが足に触れた。
触れたというより、巻きついて──
「ぬわっ!」
思いっきり片足を引っ張られた。
いきなりのことで対処が遅れてしまい、やられるがままだ。
ナユタからどんどん引き離されていく。
あっという間に二十メートルくらい引っ張られたあげく、その場で逆さ吊りにされた。
俺の五体が、地面の上から二メートルくらいの高さで、ぶらんぶらん揺れている。
足に巻きついているのは……ツタ? 何かの植物か?
……だったら、俺にこんな真似をしてる犯人は、あの……。
「わあ」
今更ながら、離れたところにいるナユタが驚きの声を出した。
「大変だ!」というよりは「あれぇ?」くらいの、おっとりとしたトーンの声だった。ナユタにしてはかなり大きい声ではあったが。
「……また、えらく簡単にかかったものね」
大人の女性の声。
余裕と、そして色気に満ちている声。
やはりな。事前にシスター達から聞いていた通りだ。
天地逆転している俺の前に、木陰から姿を見せたのは、
「初めまして、化け物坊や。あたしの名は、カサブランカ。人呼んで『森の魔女』カサブランカよ」




