23・双剣のリシェル
俺の目の前にいるシスター二名。
本人の背丈ほどある分厚い聖剣使いのアリサと、
穂先の刃が三方に分かれてる聖槍使いのリリア。
ひょっとしたら、こいつらよりヤバイのがもう日本上陸しているかもしれない。
いや、しているだろう。
聞く耳持たず二人がかりで俺に襲いかかったが、武器を俺にキャッチされるとそのままもぎ取られて奪われた──こいつら以上の強者が。
……………………
…………大したことないのでは?
いやいや、そんなことはないだろう。
こいつらは適当にあしらえた。
だから、こいつらより格上も、同じように──とまではいかずとも、まあそんなに苦労せずあしらえる──とは限らない。
それは駄目な予想だ。
勝手にこの二人を物差しにして「ほーん、ならこのくらいの強さやろ」なんて、会う前から思い込む。
危険だ。
そんな一人よがりの思い込みのせいで痛い目を見るかもしれない。痛覚ないようなもんだが。腹に穴あいてもなんとも感じなかったし。
でも触覚はある。不思議。
だけど、逸材だとか言われてたクラウスって騎士さんもあんなにあっさり死んだんだし……やっぱり大したことない気もするが……。
……いや、やめとこう。
油断大敵だ。やはり慎重にいくべき。
「他にはどんなのが姿をくらましてるんだ?」
その二人の仲間や協力者についても、シスター達に訊ねる。
敵の情報はできるだけ知っておかないとな。初見殺しみたいないやらしい異能持ちがいるかもしれないから。
その手の輩を倒す時。
タネを知ってるか知ってないか、それによって難易度は跳ね上がる。
いや、別に知らなくても、変なことやられたりやられそうになったら背中の輪っかピカーさせて無効にしたらいいだけなんだけどね。
そういう意味では俺も、他の奴らからしたら初見殺しなのかもしれない。
初見殺し殺し?
「そうデスね、あちらからの話デハ……双剣のリシェル、『泣き女』アデスト、それに魔女カサブランカが消えたそうデス。まだ他ニモいるかもしれませんガ」
ファンタジー系の漫画やゲームに出てきそうな二つ名が、立て続けに紹介されていく。
「泣き女や魔女、他の者たちがいなくなったのがこの件とは無関係だったとしても、リシェルは……確実にこちらに来ているでしょうね」
「……ええ。私もソウ思いまス」
「なんで?」
「彼は、騎士クラウスと同じく、聖オリヴィエ騎士団に所属していましてね。一度会ったことがありますが、とても美しい少年でした」
「わずか十四歳でありながラ、一人前の騎士とシて、エクソシストとシて認められた逸材デス。確かにキレイな顔でしタ」
「騎士クラウスのことを尊敬し、常につき従い、その熱烈さは盲信といえるほどのレベルだったそうです。詳しくはわかりませんが……騎士クラウスがこの国で果てたという報告を聞かされたとき、端正な美貌を歪め、怒りにうち震えていたとか」
「えっ。それってまさか……」
またしても、嫌な予感がヒシヒシと背中を這ってくる。
「騎士クラウスの死に一枚噛んでいると、あなたは誤解されているわけですから……彼からしてみれば、あなたはルシフェルと大差ない存在でしょうね」
「魔王と同格!?」
またえらく高い評価だな。
いくら俺が神殺しを成し遂げた化け物だとしても、ルシフェルなんて有名どころとどっこいどっこいは言い過ぎだろ。
あの羅睺って神だって、倒しはしたけど、万全な姿なんかじゃなかったんだしな。無理して実体化したのを倒しても、そんな凄くはないと思うが……。
「そこまではいかないにしても……もし、あなたが悪魔だとしたら、爵位がつきそうなほどの強さだと私は思いますがね」
「また大袈裟な。褒めても愛想笑いしか出ないよ?」
「率直な感想です」
シスターリリアが、自分も同感だと、うんうん頷いていた。
「俺への評価はいいとして、それで、その魔女とか泣き女とかはどんな奴らなのさ。あとそのリシェルとやらの得意技とかも……」
騎士リシェルは怒りに燃えていた。
誰の目にもそれは明らかであり、その怒りを鎮めるのは、聖母マリアでもなければ不可能ではないかと誰もが思った。
表情こそ変わらないが、その美貌には暗い影が落ち、しかし瞳だけは毒々しいほどぎらぎらと輝いている。
騎士クラウスの死を知ったリシェル。
彼はその日を境に、聖オリヴィエ騎士団において、近寄りがたい雰囲気の権化となった。
周りに当たり散らすのではなく、静かに、しかし、煮えたぎる油のような感情を胸の内に抱いている。
慰めの言葉をかけようとした者もいたが、思わず鳥肌が立つほどの視線を向けられ、一様に黙り込んだ。
尊敬し、敬愛し、憧れていた騎士クラウスの死。
異国の地にて使命を果たせず、屍も残ることなく、殉教した先輩騎士。
「すぐに戻ってくるよ」
それがリシェルが聞いた、最後の言葉となった。
もう、帰ってくることはない。二度と会えはしない。この世にはいない。
ない、ない、ない。
嘆きよりも、悲しみよりも、
あまりにも強い怒りと憎しみが、
リシェルの全てを、塗り潰している。
騎士クラウスの死が、彼の心を焼きつくしている。
いつかは憤怒の炎も収まり、嘆きと悲しみの風が彼の心に吹きすさぶだろうが、それが今ではないことだけは確かだ。
そして、その風も、いずれは止まる。
その時こそ、リシェルは先輩の死を受け入れ、乗り越えられるのだろう。
そう、誰しもが思っている。いや…………そう願っているのだ。
しかし。
実際のところ、それは間違いである。
誰もが、騎士リシェルについて、誤った解釈をしている。誤解しているのだ。
騎士リシェルは優秀な少年だった。
頭も良く、与えられた知識をスポンジのようによく覚え、身体能力も人一倍。
挫折というものを知らず生きてきた。
さらには、驚くべきことに──リシェルが初めて魔物を退治したのは、まだ齢十三歳の頃であった。
バグベア。
子供たちの恐怖心や不安が実体化した魔物。
傍目には、小柄な人が熊の着ぐるみを着ているようにしか見えないが……油断していると強い力で掴みかかり、鋭い牙の生えた口を胸どころか股のあたりまでガバリと大きく開き、丸飲みにするのだ。
リシェルはその魔物に遭遇すると、とても少年と思えぬほどに、冷静に対応した。
生まれつき有していた、聖なる力を武器に宿せる、あるいは増幅できる特性と、非凡な剣の才により──魔物を一方的に切り刻んだのである。
まともな武器などではなく、その場にあった包丁と果物ナイフで。
バチカンがその報を聞きつけ、接触し、スカウトするまで一月もかからなかった。
聖オリヴィエ騎士団。
そんな名前のエクソシスト組織に所属することになった。
そこで、腕試しと実力の証明を兼ねて、クラウスという名の先輩騎士と勝負をした。
模擬戦。
負けるなどと、露ほども思っていなかった。
負けた。
かなり食い下がったことに、当の騎士クラウスや、周りのギャラリーもひどく驚いていたが……負けは負け。
リシェル、初の敗北であった。
怪我は、打撲が少々だけだったが、疲れたのもあり医務室のベッドで横たわっていると──不思議な感覚がリシェルを襲った。
闘志でもなく、負けたことへの情けなさでもなく、恨みでもない。
理解の及ばない謎の興奮、わけのわからない激情が、心臓の鼓動を早くする。
そんな未知の感覚に、日頃から冷静なリシェルでもさすがに動揺している中、そこに騎士クラウスが来た。
興奮が、さらに増した。
自分を負かした男と、二人きりになっている。
自分より強い男と。
そう意識すると、もっと興奮が強まり、心臓がドクンドクンと激しく脈打っていく。
リシェルは、心配してやってきた彼と何度か言葉を交わし──
──気がつけばクラウスに抱きついて、不意の出来事に困惑する彼の唇を奪っていた。
そのまま。
クラウスと、リシェル。
二人は一線を越えた。
まあ、リシェルがクラウスに越えさせたようなものだが……。
それからも。
度々、リシェルはクラウスを喜ばせた。
何でもそつなくこなせる優秀な後輩であり、騎士としての強さも一級品。そして、夜のほうも満足のいく優秀さだった。
リシェルとしても、男として自分より強いクラウスに抱かれるのは喜びだった。
──その彼が、任務を達成できず、呪いによって死んだ。
聞けば土着の怪物に騙されて命を落としたのだとか。
事実かどうかは怪しいが、あの人がまともにやり合って負けるとは思えない。だからその推測は正しいはずだ。
しかし、推測の真偽はどうあれ……遅れを取ったのは事実。
自身の中にあった、騎士クラウスへの熱が冷めていくのがわかる。
確かに彼の剣は、聖なる輝きが鈍ってきてはいた。その原因が自分との交わりによるものか、才能への過信によるものなのかはわからない。
常につき従っていた自分が、彼をサポートし過ぎたのかもしれない。
肉欲。傲慢。怠惰。
それらが重なった結果、あの聖剣の出力が衰えたのか──まあ、いいや。
どうでもいい。
そんなのは言い訳でしかない。
なにせ、僕の特性は下落するどころかむしろ向上しているのだから。
所詮は、その程度の男だったのだ。
その程度の罪で、才能が輝かなくなる男に過ぎなかったのだ。
それよりも、気になるのはクラウスを仕留めた疑いのある、その怪物のことだ。
「元は、僕よりふたつくらい年上の少年らしいけど……」
以前にも聖ローラン騎士団の有望株二人を相手取り、たやすく撃退したらしい。
つまり本当に強いのだ。
期待に、炎がメラメラと燃え上がる。
負かされたい欲求が、とめどなく溢れてきた。
人前でさらしてはいけないデリケートな部分が疼く。
でも、実際には単にその建物の呪いのほうが凄まじかっただけで、その怪物自体はそうでもない可能性もある。
やはり直に試したほうがいい。
そして見極めないと。
どんな怪物なのか。どんなおぞましい力を振るうのか。どんな貌をしているのか。
胸の鼓動が早くなる。
怒りや憎しみではなく、好戦的で淫らな期待によるもので。
その感情に突き動かされ、周りのことなど全く目に入らなくなったリシェルが一人で日本まで渡航しようと決意した、その日。
リシェルの元に『汚れた剣』アンジェリカからの誘いがきた。
渡りに船ならぬ渡りに飛行機。
リシェルは、二つ返事でその誘いに乗ることにしたのである。
リシェルはこう考えている。
その怪物が、僕らの裁きに太刀打ちできず地獄に打ち落とされるなら、そこまでのこと。
しかし、僕だけでなく、あの聖女や汚れた剣まで退けることができたら、その時は──
「……フフ、怪物ってことは、つまり……獣とするようなものなのかな?」
怖いくらい背徳的で刺激的なことだね、と、リシェルは愛用している剣の柄をべろりと舐め上げ、一人、そう呟いたのだった──




