20・無力化の方法
「なるほどね。そういうことか」
更地崎というブルドーザー式神使いの、その姿を見て、いくつかの疑問が脳内に浮かんでは解決していく。
なぜ式神に乗り込んでいたのか。
どうして、俺もろとも死のダイビングをしたときに、自分だけその前にさっさと式神から脱出しなかったのか。
好戦的でおちゃらけた性格の奴にしては、顔見せしないのも、不思議ではあった。臆病なタチなのかとも思ったが……そうではなかったのだ。
乗っていたほうが安全だから。
動くに動けないから。
だから、装甲に包まれたブルドーザーみたいな式神にずっと潜り込んでいたんだ。
それが最適解だったから。
「ごきげんよぉ、化け物くん」
更地崎が、左目で挑戦的に俺を睨みながら言った。
自分を守るものは何もないし、逃げることもできそうにないというのに。
「強気だね、ブルドーザーのお姉さん。もしかして隠し玉でもあるのかな?」
「フフ、ないですよぉ。こうなったらもうお手上げ、バンザイですねぇ」
右腕を頭上にかかげる。
飛び道具でも撃ってくるかと一瞬思ったが、いらん心配だった。もしやるなら、俺が最後の装甲をひっぺがして対面した時に不意打ちでやってたはずだしな。
「負けを認めるってことかな? だったら、もう暴れたりしないで、もと来た道を戻って帰ってほしいんだけど」
「いやでーす」
少し、
少しだけ、イラッときた。
「……殺されたいの?」
「やりたいならどうぞ? 僕は負けたわけだしー、命を奪われてもやむなしですからねぇ」
「んー…………あのさ、そんなことはないとは思うんだけど、確認のために一つ聞いていいかな、お姉さん」
「フフッ、なんでしょお…………っ!?」
運転席へと触手を伸ばし、その細い首に巻きつかせる。
ちょっと力を加えただけでも潰せそうな、不健康そうな首に。
「俺のことを善良なモンスターだとでも思ってる? 強気に出ても殺されないと思ってる? だとしたらさ、それはとっても致命的な勘違いだよ。俺は人も殺すし食べたりもする。漫画とかに出てくる、主人公に毒づいたり悪ぶったりはするけど人殺しはしない仲間の化け物とかとは、スタンスが違うんだよね」
「だからぁ?」
「……だから、命が惜しくないのかって聞いてんだ」
ドスを精一杯きかせて言ってみた。
脅しとか慣れてないから、これでうまくやれてるのかどうなのかさっぱりわからん。
「惜しいっちゃ、惜しいかな」
と言うと、更地崎は、
「でもねぇ、僕といたしましても……この業界に足を踏み入れた時、そうした覚悟はとっくにしてるんですよぉ。まあ……フフ、足ないんですけどね」
ケラケラと笑った。
「…………」
「それに僕はですねー、もう、一度──いや、二度死にかけた身といいますかねぇ、実は元々こんな姿じゃなくってー」
「…………」
「これがまた、語るも涙、聞くも涙のお話でしてぇ」
運転席の式神使いは、わざとらしく目頭を右手でつまみ、泣くのをこらえるような仕草をした。
「帰宅中、ブレーキの故障した軽トラに突っ込まれましてねぇ。命こそ助かったものの、ご覧の有様で。陰キャなりに高校生活をエンジョイしてたらこれですよ。参りますよねぇ」
「それはまあ、同情する」
許せねえよなトラックは。
この世で最もムカつく乗り物だ。
……それはいいとして、高校生活ってことは、こいつは四~五年前まで、どこにでもいる普通の女子高生だったってことか。
……俺も、今年の夏休み直前までは、そうだったな……。
「しかし、ところが捨てる神あれば拾う神ありと申しまして!」
自分の右ももをピシャリと叩いて、更地崎が威勢よく言う。
喋りがうまいな。つい聞いていたくなる。
「右手一本で残りの人生を四苦八苦しなくちゃならなくなった僕に、救いの手が来ましてねぇ」
「ふーん……ま、予想はつくよ。それがおたくや風船屋のボスなんだろ?」
「いや、違いますねぇ」
違うんかい。
「鳳玄角──この名はご存知でしょ? うちの組織を割って独立したはいいものの、君に野望を打ち砕かれたあの人が……僕に力をくれまして。まあ、厳密にはあの人が連れてきた方なんですがねぇ。神主さんみたいな男性で」
「…………」
そうか。
だいたい読めてきたぞ。
つまり、被験者として選ばれたってことだろう。あの神経質そうな、逃げ足の速い神主もどきに。
「うずらの卵みたいなものを渡されましてねぇ」
更地崎は言った。
「それを飲めば本人の資質や願望などを反映した式神として顕現できる。けど、できなかったら卵に生命力とかもろもろを吸われて死に至る──と、そんなふうな説明でしたっけ?」
いや、俺に聞かれても。
「とにかく……あの人達が言うにはぁ、波長が合う人を探しては試させてたらしくてぇ、僕は三人目だったとか。で、誘いに乗って、それを飲んだわけですよぉ」
「よくそんな得体の知れないもん飲んだな」
「どーせこんな体なんだし、まあ別にチャレンジしてもいいよねみたいな、捨て鉢になってましてねぇ」
「そしたらこんなブルドーザーが出てきたと」
「びっくりしましたよ。でも、納得もできましたねー。乗り込んで移動できて、ちょっとやそっとじゃびくともしない。僕にとっては、物理的にも精神的にも、理想ではあったんでしょうねぇ」
感動秘話を語り終えると、更地崎は、ふぅ、と息を吹いた。
言うだけ言ったからあとはそっちの判断に任せる。そんな雰囲気である。
困った。
どうする?
生かしておいたら、このブルドーザーを修復なり再生なりしてまた突撃してくるのは火を見るより明らかだ。
だが、なら殺すにしてもだ。
本人にその覚悟があるとはいえ、本当に殺していいものか。
そのほうが邪魔されなくなるから、いいことはいいのは確かだ。
しかし。
既にバチカンから来た助っ人があっさり死んでいる。そんな状況でさらにこいつを始末したら、聖オリヴィエ騎士団だけでなく安愚羅会との関係までもこじれそう。
「知らん間に死んでた。俺は悪くない」
「襲われたから殺した。俺は悪くない」
どっちか一方だけならともかく、二つはなぁ……。
しかも前者は、その話を鵜呑みにしてもらえるかどうか怪しいときてる。
ただでさえ根ノ宮さんから「やり過ぎたら駄目よ」とこれまで何度も言われてるのだ。
その言葉の真意は「加減というものを考えろ。気安く人を殺すな。何も考えずに事を荒立てるな。危険な存在と見なさなきゃならなくなるぞ」ってことなのは俺でもわかる。
敵対的なのはいいとして、友好的な付き合いしたい組織の人間や中立の奴らまで次々と殺すのは……やめとくべきだよな。
そんなことばかりしてたら、七星機関も他組織から意趣返しやられることになるし、俺は俺で関係各位から恨みを買うことになる。のんびり生きたいのに刺客につけ狙われるのは勘弁だ。
「フフ、どうしたの? 偉そうなことを言ったものの、やっぱり日和っちゃったぁ?」
「……まあ、それに近いかな」
空を仰いでため息をつく。
「後の事を思うと、生かしておいたほうが波風立たないんじゃないかなってね」
あとは、同病相憐れむとでも言うのか、同じトラック災害の被害者仲間なのが、殺したくなくなってきた要因でもある。
でも、ほっといたら、また突っ込んでくるし……。
……………………うん。
決めた。
「覚悟はできてるって、さっき言ったよね?」
「もちろん♪ まだまだ、認知症には程遠いですからねぇ僕は。ついさっきのことなんか忘れたりしませんよぉ」
「殺されたり、酷い目に合わされる覚悟はできてると。自分の暴走を止めたいなら、やってしまえと、それでいいかな?」
「フッフフ……オフコース!」
「そうか」
俺は、にじり寄っていく。
まな板の上の鯉ならぬ、運転席の上の美女へ。
「だったらお望み通りにしてやんよ」
「ふぅ」
更地崎を無力化させたのを確信して、俺はほどよい満足感を抱きながら運転席から離れた。
「あっ、あへ……おぉっ…………」
その更地崎はというと、運転席に逆向きになって座って──ではなく、ぐったりと脱力してもたれて──おり、時折……ピクリ、ピクリと痙攣している。
よだれをいっぱいこぼした口から出てくるのは、幸せそうな呻き声。
ワンピースと下着といった衣類は剥ぎ取ってやったので、何一つ身につけていない。
ほとんど日に当たる生活をしてなかったのか、病的に白い肌だったのが、健康的な色味を宿している。俺がしつこく執拗に活力を吹き込んでやったからだ。耐えられないとか死んじゃうとか、そんな感じの泣き言を何度も言われたが、大丈夫、むしろ元気になるから安心しろと言い返して続行してやった。
運転席はびしゃびしゃに濡れている。
当然、そこでぐったりしてる美女もそうだし、俺もだったりする。
ボロボロになったシャツで自身の体を拭いたが、アンモニアの臭いまではぬぐえなかった。
仕方ない。こうなることはわかっていたし、そこは諦める。
誰も傷つかないざまぁだった。
色々と味わったり吹き込んだりもしたが、傷ものにもしなかった。そこは俺もわきまえている。
これで良し。
こいつがまともな意識を取り戻した頃には俺たちはお宝ゲットしてこんな滅んだ村からスタコラサッサだ。
──と、いう事で。
そのあと、三階を探索しつくして四階に向かおうとしていた二人と合流した、俺。
ひどい格好だなと爆笑されて思わず殺意が芽生えたりもしたが、俺は心が広いのでこらえた。
上はもう屋上だ。
なので、ここに十億がなければ……後は地下か、もしくはこれまでの階のどこかに巧妙に隠されていて、見つけられなかったかのどちらかになる。
あれだけ式神ブルドーザーが暴れ、しかも長年放置されていた建物である。ガタがかなりきているはずだ。
まだ傾いたり揺れたりはしてない。そんなすぐに簡単に倒壊したりしないだろうが、それでも絶対そうとは言えない。早く探さないと……。
とか思ってたらあっさり見つかった。
四階の階段を上がってすぐのところにある、医師や看護士の詰め所みたいな部屋。
その部屋の真ん中に置かれていた、大きな机の上と周りに、いくつもの金属製ケースやバッグが、ろくに隠されもせず申し訳程度にシーツを被せられていたのだ。
明らかに昔のものではない、最近のケースやバッグ。
「うっわ……!」
そのうちの一つを開けると、信じられない量の一万円札が詰め込まれていた。
札束をひとつ掴む。
「……こんなにきれいにまとまって、束になってる。しかも分厚い……」
縦長すぎる文庫本みたいな紙の塊を手にしながら、俺はそんなことしか言えなくなっていた。
どこかふわふわした、これまでずっと現実味がなかった儲け話。
現代の埋蔵金。
それがここにきて本当に見つかり、実感がとめどなく心の奥底から溢れ出てきて止まらない。
金。
四億円から、根ノ宮さんに一億渡しても、三億が残る。
三のあと、ゼロが八個もつく金額。
勝手に顔がにやけていく。
こうしてお宝は見つかり、俺たちは満面の笑みを見合わせたのである。
……腐敗の呪い?
そんなもん四階に登った直後に一回きやがったけど初回のあれより優しいやつだったから話にならなかったよ! 蠅戦士はもう出なかった! 打ち止めかもね!
呪いの元凶とか解決とか知ったこっちゃない! 目的は金!
さっさと療養所から大金持って脱出して待機してる車のとこまで行ってアディオスしましたとさ!
帰りの車内で風船屋と加狩にションベンくせーよと文句言われたが、それはもうどうにもならないので換気で何とかしろと俺も逆ギレしたけど、険悪になるどころか三人ともずっと笑顔だったぜ!
金の力って凄いね! 争いを起こさせなくするんだ! 以上! 終わり!
金持ちケンカせず。




