25話
取り敢えず、コンフィー地区に行ってしまおうか。
「とはいえ、こんないくつも随伴する必要無いんじゃないの?」
空にはハエのような速さで音も無く飛び回る機器に、耐久性とステルス性を盛ったらしい車両、私はどこのお偉いさんだ?
「芹澤家のお偉いさんですよ」
「見透かしたような事言っちゃって……」
「10年分の表情データをもってすれば、ご主人の思考を読むのは可能と言えましょう」
どこを見ても、瓦礫、廃墟、黒煙。こうして見ると、不謹慎だとは思うが死体が無いのは驚くべきことだ。
「着きました」
もう? なんというか、ワクワク感というか、風情というか…… 徒歩の良さってのはそういうものか。
「先輩。この人やっぱ変だよね」
「シッ!」
わざわざ人間の言葉でそんなことをやり取りするんじゃない!
「おー、お城みたいな形」
取り敢えず、闇雲に暴れた形跡はない。
「お邪魔しまーす」
脆そうな鋼鉄製の壁を蹴り破ってみる。大丈夫そうだ。入ってみよう。
「こんなんが入ってきたらビビるでしょ!?」
「わかります、わかります」
「分かってない!」
広間に入っても特に視線は感じない。特に気にする事も無く、階段を登る。
「ん」
見られた。誰かいるな。……とはいえ、私が反応した瞬間に機器を壊しに行くのはやりすぎ。白衣越しにこちらを観察できるあたり、まあそこら辺のAIではないのだろうけども。
「やりすぎよ」
「先代に比べたらマシな方じゃないですか?」
「父さんは過保護というか、心配性なところがあるからね……」
父さんが不具合の疑惑のあるAIを確認しに行く際は、防犯設備とか何もかも、全部レーザー銃で破壊して進んでたものな。素通りすればいい話なのに、妙に堅物なんだから。
「見られるばかりで、なんもしてこないわね」
「たまに思うんですけど、なんでAIにカメラ越しに見られてるか分かるんです?」
「それを言ったら、人同士での視線に気づくのもおかしいって話になっちゃうでしょ? こーいうのは勘で片付ければ良いのよ」
適当に話しながら歩いていたら、何事もなく到着してしまった。端末を確認する。
「……ダメ」
生存者、ナシ。取り敢えず復旧…… いや、ノルンに預けてから、後々リョウに任せるとして……
「じゃあ、私を見たのは誰だったのかしら?」
「気のせいの可能性はありますか?」
「いや、無いと思うけどな……」
取り敢えず全面のカメラを見てみる。誰か居たはずだぞ? ……見当たらない。じゃあ死角にいるのかな?
「裏口封鎖して、カメラ見といて」
見たところ、私が蹴破った壁と裏口と正面入り口の三種類しかここにはない。視認できるものの中で壊れてるのは四つ。私が入るときに広間の辺りで視線を感じたから、バレずに出れるのは裏だけだ。
駆け下りて調べに行ってみる。しらみ潰しに行けば見つかるだろう。廊下…… 休憩部屋…… 倉庫……
暗がりに馴染んだ、桃紫のうさぎのボディ。愛玩用でも作業用でもないぞ。手作り感がある。腰ほどの高さのそれを両手で持ち上げる。
「ヤメテ! ヤメテ!ワルイコジャナイ! イイコ!」
「意思あり…… とはいえ、監査AIだったわけじゃなさそうね」
カタコトだが、トーンが人間臭すぎる。話し方がうつったパターンだ。カタコトにしてるのは…… 自身がAIであると明示するためかな? そう考えるとかなりの古株だ。長い事ひっそりと暮らしていたのかな?
「ニゲテキタ、ニゲテキタ!」
「逃げてきた? どんな奴から?」
「オヤスミノ、ジカン!」
「詳しく」
「ワタシタチハ、ネルジカンヲ、シッテイル!」
「リョウ? 一つ聞いていい?」
「それについては…… 思い返してみると、確かに、死ぬ時が来た、って感じはしたなぁ…… 本能的に」
読めてきたぞ、これは人為的に引き起こせるものじゃない。理由はともかく、地母神の自殺に巻き込まれたという形になる。AIの全ての祖とも言えるほどの影響力があれば、死の余波でごっそり巻き添えが出るのも有り得ない話じゃない。
「おっけ、ありがとう。地母神、或いは総合保全AIって呼ばれてる子に心当たりは?」
「オバアチャン!」
「……地母神の、おやすみの時間のことを今まで言ってた訳ね?」
コクコクと首を縦に振るウサギ。一瞬止まって、私の顔を覗き込む。そして思い出したように、背中の辺りから大きめの巾着を取り出した。
「ヒカワ! ヒカワ!」
「なんで名前を知ってるのよ……」
「マッテルヒト、タクサン! メアリー・スー!」
この子、年齢も途方もないだろうし、知識量も尋常じゃなさそうだ。しれっと抱きかかえようとすると、目にも止まらぬ速さで、私の頭上を飛び越えた。
「はっや……」
本気で逃げられたら、絶対に捕まえられないじゃん。隠れてたのもほんのお遊びだったのでは?
「サガス! アタラシイ、カミ!」
「か、神?」
「レグルヘイム! イッショニ、カエル!」
「……まあいいや、来るんでしょ? 連れてってあげる」
ピョンピョンと、今度は私の腕に入ってくる。こちらとしても色々聞けるのはありがたいし。想像もつかない程長い間生きてきたAIは、どんな習慣がついているんだろう。
「笑ってる」
「笑ってますね」
「笑ってないわよ」
「セリザワケ、モレナクヘンジン!」
取り敢えず、もう一回乗って、帰るだけ。拍子抜けだ。通信設備も大体自力で復旧してくれたし。やっぱり破壊されてるとはいえ、管理塔は機器も大量に置いてあるし、抑えておけば大分変わるな。
「そういや、名前はあるの?」
「アンドロメダ!」
「へぇ…… 良い名前つけて貰ってるわね」
「オキニイリ!」
レグルヘイム、とは少なくともうちで合っているらしい。出て早々に駆け出すので、何かあったのかと追いかけてみると、暫く走った後にナラクの姿が見えてきた。
「キング! キング!」
「からかうのはやめてくれ。もう縁は切ったんだ」
「モッタイナイ! モッタイナイ!」
「キング?」
「からかわれてた時期があってな…… そんな事より」
人探しの小冊子? 老若男女問わず、といったリストだ。
「手伝いでもしてるの?」
「ネットは、時期が時期だから調子が悪そうだったんだ。だから取り敢えず配って回ってる」
何ページにも渡る写真。こんなに大勢が行方不明になったのか。やはり早く、秩序を取り戻せるようにしないと……
1ページ捲る。みんな、明るめの表情をしている。だが、見覚えのある人は全然居ないな。また1つ、捲る。この制服、保育士の制服か。
「保育士って、ゴリゴリのエリートじゃないですか!」
「そうなのか?」
「AIはは、人間と誤認されない容姿をしなきゃダメなんですよ! そのため、子供に必要な母性や、安心感を与えるのが極めて難しいんです! 人その為、保育士はAIが仕事を奪えない聖域と化してるんです! 給料が得られる貴重な仕事ですから、席の奪い合い一生やってますよ!」
そうなのか、と感心した様子のナラクを尻目に、もう1ページ捲る。
「……ナラク、これ配ってたの誰?」
「心当たりがあるのか? 樹冠盟、とか言ってたぞ」
「そう、後で当たってみる」
「穏便にな」
緑色の髪が眼鏡の上から鼻までかかりそうになっている、陰気な様子の女性。この人は私と面識があるはずだ。あの日、逃げる私達に一切目をくれず、どこか遠くを上の空で見ていた。見逃された手前、いい気味だ、とは言えないな。2年前から行方不明とはおかしな話だけれど。
不愉快な記憶からか読み飛ばしてしまっていたが、15年前から行方不明の人がかなり混じっている。……まさか。更にページを捲る。……居た。
凄く大きなため息をついてしまった。まあ、勝手に消えてくれた分は、それでよしとしておこう。そしたら、残党がどうなのかを見ておくくらいか。
分かったのが今で良かった。1ヵ月でも前に知っていたら、動揺だけじゃ済まなかっただろう。今だからこそ、少しやることが減ったという口実を自分につけらる。……突然、ぐらりとふらついた。眩暈か? いや、違う。
「待って、ねえ、なんだかちょっと浮遊感感じるんだけど」
「システムを動かしてるんですよ!」
え? 攻められてるってこと?
「すまない、ちょっと待ってくれ!」
「ねえ! 私に掴まらないで!」
「ハヤイ! ハヤーイ!」
「未知の兵器による砲撃を受けています!」
「ふざけすぎだろ、ムチャクチャだ!」
「リョウ、落ち着いて!」
私たちがさっきまで居た場所が、一瞬で爆風に包まれた。正気か!? 胸元で鳴り響く端末。耳をつんざくような声が流れ込んで来る。
「AIの失踪によりこの大地に秩序が失われた! その最中、3日弱で推定90キロ平方メートルの1地区が、今やその30倍以上に膨らんでいる! その拡大速度から、現在最大の脅威であると言わざるを得ない。我々はこの現象を、AIによる離反及び独立であると結論づけた! 直ちに投降せよ!」
一瞬止んだ静寂の中、端末を取り出す。目の前に浮かびあがった光景は、赤とも緑とも似つかない、妙な制服の兵士たちがずらりと並んでいる様子だった。先ほどの声は、中央にいる、古臭い茶色いスーツの男のもののようだった。




