26話
取り敢えず、コンフィー地区に行ってしまおうか。
「とはいえ、こんないくつも随伴する必要無いんじゃないの?」
空にはハエのような速さで音も無く飛び回る機器がいくつもいくつも。遠くから見ているからハエという感想になるが、実のところ私の身長よりもずっと大きい。いったい、私はどこのお偉いさんだ?
「芹澤家のお偉いさんですよ」
「見透かしたような事言っちゃって……」
「10年分の表情データをもってすれば、ご主人の思考を読むのは可能と言えましょう」
どこを見ても、瓦礫、廃墟、黒煙。そして、稀に倒れた人がいる。喧嘩か、強盗か。これからは、こういう人を見る機会も増えていくのだろう。
「こういうものは我々が拾うべきでしょうね。万が一にホトケだったら、精神衛生上よろしくありません」
「うん、お願い」
ただただ、護送されたまま入口にやって来た。取り敢えず、闇雲に暴れた者はいなさそうだ。
「お邪魔しまーす」
脆そうな鋼鉄製の壁を蹴り破ってみる。大丈夫そうだ。入ってみよう。
「こんなんが入ってきたらビビるでしょ!? というか蹴破った瞬間蜂の巣にされる可能性とか考えないの?」
「そういうのはさ、入る前に何となく…… こう、分かるでしょ?」
「分かんないよ!」
広間に入っても特に視線は感じない。特に気にする事も無く、階段を登る。
「ん」
さっき、誰かに見られた。白衣越しに冷静にこちらを観察できるあたり、かなり優秀なのではないだろうか。
「やりすぎよ」
「先代に比べたらマシな方じゃないですか?」
「父さんは過保護というか、心配性なところがあるからね……」
私が反応した瞬間に機器を壊しに行くのはやりすぎだ。父さんが不具合の疑惑のあるAIを確認しに行く際は、防犯設備とか何もかもレーザー銃で破壊して進んでいたが、毒されたんじゃないだろうな。
「なんもしてこないわね」
「思ったんですけど、なんでカメラ越しに見られてるか分かるんです?」
「それを言ったら、人同士での視線に気づくのもおかしいって話になっちゃうでしょ? こーいうのは勘で片付ければ良いのよ」
「吸うと超能力に覚醒するガスをばら撒こうとした馬鹿を捕まえた時を思い出すなあ……」
「なにそれ、滅茶苦茶気になる!」
「ちょっと、メモリーを見せなさい!」
「今度! また今度!」
適当に話しながら歩いていたら、何事もなく到着してしまった。端末を確認する。
「……ダメ」
生存者、ナシ。取り敢えず復旧…… いや、ノルンに預けてから、後々リョウに任せるとして……
「じゃあ、私を見たのは誰だったのかしら?」
「気のせいの可能性はありますか?」
「いや、無いと思うけどな……」
取り敢えず全面のカメラを見てみる。……見当たらない。じゃあ死角をあたってみようか?
「裏口封鎖して、カメラ見といて」
見たところ、私が蹴破った壁と裏口と正面入り口の三種類しかここにはない。視認できるものの中で壊れてるのは四つ。私が入るときに広間の辺りで視線を感じたから、バレずに出れるのは裏だけだ。
駆け下りて調べに行ってみる。しらみ潰しに行けば見つかるだろう。廊下…… 休憩部屋…… 倉庫……
倉庫の暗がりのによく馴染む、桃紫のうさぎのボディ。愛玩用でも作業用でも、こんなものは見た事がない。腰ほどの高さのそれを両手で持ち上げる。
「ヤメテ! ヤメテ!ワルイコジャナイ! イイコ! カクレンボ!」
「意思あり…… とはいえ、監査AIだったわけじゃなさそうね」
カタコトだが、その割には抑揚やトーンが人間臭すぎる。カタコトにしているのは、自身がAIであると分かりやすくするための仕様で間違いない。話し方は段々人のものが移ってしまったものとみた。そう考えるとかなりの古株だ。長い事ひっそりと暮らしていたのかな?
「ニゲテキタ、ニゲテキタ!」
「逃げてきた? どんな奴から?」
「オヤスミノ、ジカン!」
「詳しく」
「ワタシタチハ、ネルジカンヲ、シッテイル!」
「リョウ? 一つ聞いていい?」
「それについては…… 思い返してみると、確かに、死ぬ時が来た、って感じはしたなぁ…… 本能的に」
なるほど、読めてきたぞ。地母神の自殺に巻き込まれたという形になる。AIの全ての祖とも言えるほどの影響力があれば、死の余波でごっそり巻き添えが出るのも有り得ない話じゃない。人間のそれよりも、AIにおける親と子の関係は深いものだ。
「おっけ、ありがとう。地母神、或いは総合保全AIって呼ばれてる子に心当たりは?」
「オバアチャン!」
「……地母神の、おやすみの時間のことを今まで言ってた訳ね?」
コクコクと首を縦に振るウサギ。一瞬止まって、私の顔を覗き込む。そして思い出したように、背中の辺りから大きめの巾着を取り出した。
「ヒカワ! ヒカワ!」
「なんで名前を知ってるのよ……」
「マッテルヒト、タクサン! メアリー・スー!」
抱きかかえようとすると、目にも止まらぬ速さで、私の頭上を飛び越えた。
「はっや……」
本気で逃げられたら、絶対に捕まえられないじゃん。隠れてたのもほんのお遊びだったのでは?
「サガス! アタラシイ、カミ!」
「か、神?」
「レグルヘイム! イッショニ、カエル!」
「……まあいいや、来るんでしょ? 連れてってあげる」
ピョンピョンと、今度は私の腕に入ってくる。こちらとしても色々聞けるのはありがたいし。想像もつかない程長い間生きてきたAIは、どんな習慣がついているんだろう。
「笑ってる」
「笑ってますね」
「笑ってないわよ」
「セリザワケ、モレナクヘンジン!」
取り敢えず、もう一回乗って、帰るだけ。少し拍子抜けだ。通信設備も大体自力で復旧してくれたし。破壊されても尚、使い道のあるジャンク程度のものなら、拾えなくも無いし。抑えておけば大分変わるな。
「そういえば、名前はあるの?」
「アンドロメダ!」
「へぇ…… 良い名前つけて貰ってるわね」
「オキニイリ!」
レグルヘイム、とは少なくともうちで合っているらしい。出て早々に駆け出すので、何かあったのかと追いかけてみると、暫く走った後にナラクの姿が見えてきた。
「キング! キング!」
「からかうのはやめてく」
「モッタイナイ! モッタイナイ!」
「キング?」
「からかわれてた時期があってな…… そんな事より」
人探しの小冊子? 老若男女問わず、といったリストだ。
「手伝いでもしてるの?」
「時期が時期だからなのか、ネットでは効果が薄くてな。だから取り敢えず配って回ってる」
何ページにも渡る写真。こんなに大勢が行方不明になったのか。やはり早く、秩序を取り戻せるようにしないと……
ひとつ、ページを捲る。みんな、明るめの表情をしている。だが、見覚えのある人は全然居ないな。また1つ、捲る。この制服、保育士の制服か。
「保育士って、ゴリゴリのエリートじゃないですか!」
「そうなのか?」
「AIは、人間と誤認されない容姿をしてなきゃダメなんですよ! そのため、子供に必要な母性や、安心感を与えるのに不都合があるんです! 映像で誤魔化す訳にもいかないので、給料が得られる貴重な仕事のひとつとして成り立ってるんです!」
そうなのか、と感心した様子のナラクを尻目に、またページを捲る。
「……ナラク、これ配ってたの誰?」
「心当たりがあるのか? 樹冠盟、とか言ってたぞ」
「そう、後で当たってみる」
「穏便にな」
緑色の髪が眼鏡の上から鼻までかかりそうになっている、陰気な様子の女性。この人は私と面識があるはずだ。あの日、逃げる私達に一切目をくれず、どこか遠くを上の空で見ていた。見逃された手前、いい気味だ、とまでは言えない、か……? 2年前から行方不明とはおかしな話だけれど。
不愉快な記憶からか読み飛ばしてしまっていたが、15年前から行方不明の人がかなり混じっている。……更にページを捲る。居た。屑共も並んでいる。
……凄く大きなため息をついてしまった。まあ、勝手に消えてくれた分は、それでよしとしておこう。そしたら、残党がどうなのかを見ておくくらいか。
分かったのが、やる事を見つけやすい今で良かった。もう少し前に知っていたら、動揺だけじゃ済まなかっただろう。今だからこそ、少しやることが減ったという口実で納得…… いいや、言い訳がつく。気が抜けたからか、視界がぐらりと揺れた。
「あれ、ちょっと、待って。なんだか、浮遊感感じるんだけど」
「システムを動かしてるんですよ!」
「なんの!」
「防衛システム!」
「は? 今、何て言った!?」




