23話
良い事を聞いた。これで、血染めの靴共に近づく糸口が出来た訳だ。今すぐにでも、持って帰って調べたい……
「ご主人、次は焦土防衛システムの方も見てみましょう」
「ん、そうね」
「……人が人を傷つけるよりも、AIが人を傷つけた方が罪が軽くなるケースがありましたね?」
「滅多な事を言わないで」
「何故言ったのかは考えてください」
「……善処する。ところでリョウ、良く聞こえないけど、何か今喋ってる?」
「今の発言に対して、僕は強い忌避感を覚えねばならないのに、姉御の為と言い訳を用意した瞬間、別にやってもいい、と思ってしまった。短期間でこれ程の思考の変化が起こるのはおかしいな……」
本人が違和感を感じるレベルか。リョウの経過記録は念のため、毎日確認した方がよさそうかもな。
「さっきの人とは気を付けて接した方が良さそうね。敵かどうか、分からないし」
「復讐関連の話をするときのご主人は別人ですよ。おっかないので勘弁してください。獣みたいに見えるんですよ」
「獣って言われても……」
防衛システムとやらの作業場は屋外らしい。外でガチャガチャと細かいパーツを造っては取り付け、試行錯誤して上手い事動くものにしているようだ。専用の機器を作れたAIがやられてしまっていた、ということか…… 詳細に何をやってるのかは私の知識ではよくわからない。
牽引するのは散々やらかした老人達か…… う、私と目が合った。気まずいな。思わず横目で見たまま横に逸れて視界から外れようとする。そのまま少し離れようとした所で、横から肩を叩かれた。
「まあ、待っておくれよ。ここなら安全なんだろ?」
お婆さんとおばさんの中間ぐらいの容姿だ。この人も見たような気がするぞ。ヤケになれなれしいな。
振り返ってはっきりと全体を見ると、随分印象が違って見えるな。みんな、見た目相応の落ち着いた雰囲気だ。
「あの時はどうかしてたよ。ホント。……あぁ待ちな。そんな顔をしないで」
「灰色の男に唆されたって話?」
「……いや、そうじゃない」
私にスプレー向けた人だ。面識はあるし、記憶もあるけど、名前とかはさっぱりだ。
「元々やるつもりではあった。最初に狙ったのがそいつさ」
「そうなの?」
「あいつ、持ち物全部渡してきてな。金はもう持ってなかったらしいが……」
なかった、なかった。とリョウの声がうっすら聞こえた。相手が相手とはいえ、口座を勝手に除いたんじゃ、プライバシーも何もあったもんじゃないな。
「それで言ったんだよ。行動したこと自体は素晴らしい事だって。悩んで悩み抜いた結論がそれなら、それだけ欲しい物がそこにあるのだから、胸を張れってさ。あんな青いやつに言われたよ。あいつ、全然若いのに老人を自称してるところがあったなあ」
「……そこまでして欲しい物が、命だったと」
「普段からそんな訳じゃ無い。ただ、死ぬって可能性が段々大きくなって…… 無視できなくなって、ふと直視してしまうと、目が離せなくなって、そのことしか考えられなくなるんだ……」
「あぁ……」
それは流石に…… 同情できるところがある。どうせなら生きたいし、殺されるのなんて御免だ。
「お前の父さんは良いよな。まだ老いてないのも有るが、娘がいるから安心って態度でどっしりしてる。なんであんな風に振舞えるんだろうな。技術を継がせようが、自分が死ねば、世界は終わりなのにな…… 誰かに教えるなんてことは、怖いよ。それだけ自分だけのものが減っていくんだからな」
何を言うべきか分からない。罵倒する語彙も見つからなかった。
「何言ってんだい。そんな事より、今の話をしよう!」
「あぁ、そうだ…… 今は、ちやほやされて、気分が良いよ。そうなると、色々教えたくなる。こういう一時の迷いを、一生続けられる奴が幸せなヤツって言うんだろうさ。死から目を背けるのが人生だしな」
目を背けるのが大事なら、気が滅入る話をわざわざしなくても良いのに。とはいえ、そうもいかないのは重々承知だが。
「これを返しておいてくれ」
なんだこの小綺麗なチップは。なにかの商品か? ゲームっぽいが、若干違和感があるような。剥げている塗装からでは何なのか分からない。
「ナラクに?」
「彼は多分一文無しだ。こんなものまで人に渡してちゃいけない」
「分かった。……なんだっけ。アルゴス? アルゲス? 名前が思い出せそうで思い出せないの」
「アルガスだ。悪い大人の事をいつまでも覚えておく必要はないって。……申し訳ない」
口々に謝罪しながら頭を下げてくる様子を見ると、きまりが悪くなる。その程度で許される問題ではないだろ、ド畜生共、とでも言うべきなのだろうが、上っ面の謝罪ひとつで、言う気が削げてしまう。甘いというか、弱いというか。結局何も言わずに私は歩き去った。
地面に大きく空いた穴から、段々になっている金属の地層が露わになっている。灰色まみれのその中に、端末がびっしりついた黒い層がひとつ、その下に薄い、鈍い銅色の層。その下の層は…… ない。すごいな、浮いてる。
「これ、事故ると危ないんだよね」
「そうなの?」
「50年前くらいに、事故って小規模のブラックホールができたんだよね。思い出すと、ちょっと興奮してきたな……」
「まって、まって、別の方法で防衛する事は?」
「無理だね。相手の技術力が高すぎる。さっきの2人組の技術も、原理は分かるけど、設備が足りなくて再現できない。どこから技術を拾ってるのか知らないけど、一時的にでもこちらを上回るものを出され続けて後手に回ったら困るからまずは逃げ続けられるように、ってね」
……徒歩での二人の追手相手に、爆弾使わされてようやく逃げ切れてるもんな。正面切って殴り込みに来られたら、どうすればいいんだ。
「手段を選んでもいられなさそうね…… と、言っても、こっちは私が出来る事は少ないか」
「ご主人、色々来てるので確認してみては?」
あぁ、開拓組か…… 急いで帰って見てみよう。帰ってから寝るまでに時間は充分残っている筈だ。
「ご主人、そんな走ってばっかいたらムキムキになっちゃいますよ」
「ならないって……」
色々と届いている…… かと思えば、そうでもない。十件と少ししか私が見るものは残っていなかった。
「まあぶっちゃけ素人の基本的な質問ばっかですからね。そこら辺はマニュアルの一部を強調して送ってあげたり、とかしかやってないですし」
「それもそうか。ん、バジル…… デュラント……」
趣味でやっているにしては博識だな、という印象。多分これは例の女性だろう。複数の質問を軽く流して見てみる。AIを解析する事にかけてはかなりのものだ。逆に、AIを作る事に関しては不得手らしい。
「しかし…… こう見ると、私と同じ目的というよりかは…… 敵っぽいな……」
「敵って、オラクルとか言ってた奴?」
「それと同一かはわかんないけどね。ノルンは何となく知ってるでしょ」
「施設で子供を殺し回った本物のイカレ集団…… という話だけは聞いています」
「そ。んで、そいつらが使ってるロゴが赤い靴だった時期があるのよ。真っ黒でしょうね。上手く転がして…… いや、拉致して尋問とかしても良いのかしら? 樹冠盟ってのに鞍替えしてたのが事実かどうかだけでも知りたいんだけど」
「ご主人。証拠も無いのにそんな事、できませんよ」
「……リョウ、どう?」
「無理だよ、そんなの」
無理か、無理か。そりゃそうか。うん。まあ、聞いてみただけ。
「じゃあ、適当に騙して情報を貰うとしますか」
「ご主人は腹芸に向いてないと思います。能力はありますけど、性格が合わなすぎます。本当に」
「一方的に試みるだけならタダでしょ?」
大丈夫だ。追いかけ回された時から、少なくとも15年は経ってるんだ。今の私の顔なんて割れているはずがない。少しずつでも確実に行こう。平和の為のもう一つの作業だと思えば良い。そう考えると、そう考えると、狩る側っていうのは気が楽だ…… とはいえ逃げなきゃいけない相手もいるわけで……
「んっ!?」
「私、ご主人を無理矢理幽閉しようと考える事があるんですよ。時々ですけど」
気が付くと、私は羊の背からベッドに投げ出されていた。この様子だと風呂にも入れさせられたっぽい。自宅ならどこでも寝てしまうのが癖になってきてるのはいけないな。
「自分で入れるくない?」
「でもすっごく役得ですよ?」
役得とはなにさ、と言い返す事、このまま眠りに落ちる事。私は後者を選んだ。




