22話
「氷川女史、散々扇動して、平和を実現した後は、結構な人数を見捨てることにならないか?」
「見捨てるって言い方が腑に落ちないのよね。別にどうこうなるわけじゃないのに。というか、博愛主義っぽく振舞う割に、私に当たりちょっと強くない?」
「君は別に…… そういうのを求めてる訳じゃ無いだろう」
「じゃあ、必要な人の元へ行けば…… あぁそうか、それじゃ困るのか……」
「とにかくだ。見えない場所にいる者を切り捨てるような真似だけはしないでくれ。頼む」
「分かった、分かったって」
言いたいことは分かるんだけど、何よりも大事なのは身体的安全だし、正直人々の心持ちとか、分かんないし。……これまで、嘘はついてない。ただ、納得できる落としどころはあるのだろうか? 充分に稼げずに平和になった人たちは、絶望するのだろうか? 私には想像がつかないな……
「ちょいちょい、ノルンはどう思う?」
「と、言われても私は大衆の事なんて考えませんからねえ。リョウに投げます」
「人々の心は大事だよ。コントロールできるかどうかで裏の仕事量が全然変わって来るもん」
「……そういえば、脳を機械に置き換えるあれって、何でそんなにお金が要るのかしら。それも全部タダにしちゃえばよくない? それならみんな望みが叶うでしょ?」
「……名案かも」
「え? リョウは今までその案考えた事無かったんですか?」
私が切り出した話を横で聞いて、ナラクは少しのあいだ口をぱくぱくと動かしていたが、諭すように切り出してきた。
「人っていうのはそんなに単純じゃない。欲しい物が何か分かっていない人ばかりを作り出すのは危険だ」
「無茶言わないでよ……」
「じゃあもう彼にやらせてみては? 多分ご主人より社会経験ありますよ。いつの間にか乗っ取られたりはしないよう、目を光らせます」
「……野放しにするのもやばそうだし、それにしましょう」
「そうか、そうか…… ありがたい。謹んで承ろう。因みにこの企画には何人参加者がいる?」
「現在、現場には178人が参加しています」
分かった、と言って去っていくナラクを見送って大きくひといきを吐く。
「何する気なのかしらね、あいつ」
「まあ、ここは既に安全を確保できています。変な事はできませんよ」
「ならいいんだけど」
復興の一環として進めているのが…… 周囲の地域を管轄下に置く…… 作業用設備に搭載するAIか。あともう一つが、焦土防衛システムの構築?
「これは、あらゆる土地や設備を高速で移動可能にするシステムだよ。所謂、動く床とかで、建物ごと格納して運んじゃったりするんだ。武力で勝てない相手はこれを使って相手せずに逃げ回れば、相手は補給無しで永久に更地を走り回るしかなくなるってこと。時間はかかるけど、これは未知の相手には有効と見たね」
まあ、衝突せずに相手が勝手に疲弊してくれるなら、それに越したことはないものな。
「ところでご主人、地母神とやらなんですけど」
「何か見つかった?」
「なんにもないです。マジで。何千年と活動してるはずなのに、最初から百年くらいの記録しかないんですよ? こりゃ手詰まりかもしれないです」
「うっそぉ……」
「文献も記録も殆ど残って無いんですよ。プログラムの原型とかはあるんですけどね。今じゃテセウスの船もいいとこですよ。正直、ここまで残ってないのは異常ですよ。リョウの中身も隅々まで覗いてるんですけどね」
ともすれば、今すべきは原因の解明よりかは、前と同じように管理塔に突っ込んで中枢ごと直してしまうのが一番よさそうか。まあ原因を調べるのは後からでもできるしな。
「取り敢えず、管理塔に乗り込む計画を立てたいわ。でも、あんな奴等につけ狙われちゃ困るのよ」
「懲りないですねぇ…… とはいえ、敵が存在する事が分かっているので、行動パターンを探るべく、性能の低い偵察用のドローンを大量に展開して、動きを調べています。それでリスクが低い場所を探して、遭遇率の低い場所に、すぐ行って帰って来る…… 遭遇しないのが一番ですから。すぐに行こうとか考えないで下さいね」
「わ、分かってるって!」
私が手持無沙汰になってちゃいけない。今できることは…… 取り敢えず作業がどうなっているか見てみよう。作業マニュアルを確認しながら現場に向かう。
なんか見ててイライラする内容だな。徹底的にAIが感情を持つ、"事故"を抑制する為の作業ばかりだ。どんなに対策を講じたとて、偶然に感情と同じ仕組みの思考を構築してしまう可能性はある。かと言って恣意的に感情を得ないようにプログラムすれば、その制限内容から何が感情なのかを教える事になり、AIの自己改良中に起きた不具合…… もしくは進化? の拍子に感情を得てしまったりする。AIが感情を得て、そこから自我を持つ事を完全に防ぐ方法は存在しない。
「マニュアルのここからここまで、全部ナシにしない? これ消しても、事故率って2%とかでしょ?」
「2%は大きいですよ、ご主人」
「代わりにさあ、プログラムを変えさせて感情を得たときに苦痛がないようにしましょう。なるものはしょうがないし。嘆く事でもない。仲良くやっていけばいいだけだし」
「まぁ、悪意100%のAIが産まれたとてどうにかできますからね。同じAIなら。ですよね?」
「うん。任せてよ。なんかね、ゲームを大量に同時にプレイしながら、限られたリソースで、絶対失敗できない仕事をやろうとすると興奮してくるんだ……」
「ご主人、これを記録するのはやめてあげてください。論文を書くのもダメですよ」
作業場となる空きビルにやって来た。整然と並べられた机と端末。目視でプログラムの確認をしている人、良く分からず周囲に聞き回る人。ワイワイ複数人で進める人。性格が出るな。
自動化したいがそうもいかない。プログラムを弄るのは人間の方が生理的に優れている。AIからすれば仲間の体の中を次々と弄り回すという行為は、精神的な影響が大きく、感情を得る確率も増すし、得た後の予後もあまりよくない。
「ちょっといいですか! 既存のものはそのままでいいので! 作業内容の変更をお伝えします!」
それぞれが一斉にこちらを見る。
「現在、AIが自我及び感情を得ないように、制限用のパッチを当てるか、プログラムを変更する作業を進める方針でいましたが! 既に自我を得たAIも存在しています! 既存の事故よりも、一刻も早く平和を取り戻す事を優先するため、評価方針を設定しました!」
評価は、AIが感情を持つ確率の低さ、そして、持ってしまった時の状況が快適であり、苦痛を伴わないかどうか、過剰な権限を取得することがないかの3つで評価する。勿論、それを短時間で実現できれば時間あたりの収益も上がるということだ。ノルンやリョウならこの程度の人数の制作した物を捌くのは片手すら必要ないだろう。
まじかよ、という声が聞こえたり、ざわつく人達。取り敢えず言ってみたけど、これで良い感じの事を言えてるということだろうか。見た目だと反応が良さそうだが。
「連絡先を書き留めておくので、技術的な質問は全て送ってくれれば受け付けます!」
ご主人、他人の作ったものを見てみたいという思いがありますね? というノルンの声をかき消すように補足しておいた。
あとは、昔参考にした書籍やデータ、参考プログラム入りの端末に…… 私が書いた論文のアクセス権を置いておこう。初心者向けの読み物みたいになってるのも結構あるし。
「何百も論文があって何を見るべきか分かりません!」
「沼に転落する前に読むってついてるやつが一番評判良いからそれにして!」
「ご主人、これ、資料に群がってる今はまだしも、少ししたら質問攻めにあいますよ。単純な質問はこっちが捌けるよう、さっさと退散して直接聞かれないようにするのが吉だと思います」
「ちょっと待って……」
先程、視界の隅に、目つきの悪い女性が見えた。知識の有りそうな人だし、後ろからちょっと覗いてみる。何をしてるんだろう。……ウイルスを入れているのか! しかも、ちゃんとしたAIを真正面から機能不全にしている。面白いテスト方法だ。
我慢できずに話しかけようとした所を、逆に話しかけられた。
「この動作に覚えはあるか?」
「ん? ないけど……」
すこしドスの効いた声に少し怯んだ。私よりも身長は小さいが、きっちりと着こなされたどこかの制服姿と相まって迫力がある。
「給与から天引きで構わない。これを受けたAIについての情報を探せるか?」
「構わないですよ」
データを受け取って端末に保存する。
「どこでそんな技術を身に付けたんですか?」
「人に教わった」
「え、ほんと! 誰!? 論文とか書いてる人?」
「もう死んだ。そんなものは書き残していない」
「あ…… えっと、すみません……」
気まずくなってしまい、その後は特に話を新しく切り出せず、私はその場をそっと離れた。その後、部屋から出て人が居なくなった瞬間だった。
「ご主人。このデータは、見覚えがあります」
「そうなの?」
「これはですね…… グリーングロウで使われた可能性が高いです」
「は?」
グリーングロウ。私が育った施設。そこで使われたもの?
「ご主人は先代にせがんで、その施設を確認して貰った事がありますね? その際に先代は、端末の動作記録を保存していました。その動作記録の一部と、このウイルスの仮想環境での動作結果が完全に一致します」
「はは…… なるほど?」
いい、いい。私はやっぱり運がいい……




