気持ちいいことって?
祐基には何もかもが青天の霹靂だったのだ。
病気のせいで自分から怪獣が出てくることはどれほど恐ろしいか。それによりおそらく人生のすべてが変わったのは容易に想像がつく。ほとんどの患者がそうだったからだ。
そしていきなり現れた見ず知らずのならず者に「監視するパートナーだ」と当然のように言われ、無理やり飲まされた薬は効かない。そのせいで周りはどう対応すればいいか話し合う必要がある。
彼の中にはきっと「すべて自分のせいだ」という負い目が生まれているのが手に取るようにわかる。
どんなに待遇が良くても守られているといっても、恐怖を覆せるわけがない。逃げ出した上に死のうと覚悟をしていたほどの負い目だ。
骨や神経を代替するのを選んで行った自分とはまったく境遇が違っていることくらい、理解はしている。
すがりつく祐基の背中を撫でるために動いた手がためらい、彼に触れる前に止まった。その瞬間に骨がキシキシと鳴いた。
(なんだ、いまの。こんなときになんで骨が鳴いてるんだ?)
疑問が浮かんだときには体の熱が上がったのに気づき、思わず腕を確認すると微かに骨が光っているのか青い筋が見えた。
音の鳴りは怪獣と相対したときのやかましさとは違い穏やかで、そして祐基の緊張とは正反対に心地よさを覚えている。つまり骨が振動しているその音は、リラックスしている猫の喉のようだった。
カイジュウニウムが反応しているのだろうか。いきなりどうしてそうなったのかまったくわからない。
戸惑いが強くなり、結局祐基を抱きしめていた。その瞬間、ぶわ、と庇護欲と温かさと、とにかく様々な感情が込みあがってきて脳が痺れた。
衝動が止められずに祐基の顎を掴んで上に向かせた。
「む、ぐっ」とうめいた彼の唇に吸い込まれるように自分のものを重ねる。
祐基の目が見開いたのが見えたが、気にせず押し付けると今度はまぶたがしっかり閉じられた。
「ぃ、る、ふ、んんっ」
あのラブホテルでしたときとは段違いなほど気持ちがいい。柔らかい感触をむさぼるために角度を変えた。背中をかきいだいてガウンを強く掴んだ。
呼吸のために一度離れたが、ほとばしる熱を求めてまた口をくっつける。
自分の中のなにかが喜んでいる。エネルギーが流れ込んでくる感覚、それと怪獣たちを蹂躙したあとに得る安心感が生まれた。
骨を黙らせる目的で怪獣どもを無茶苦茶にするのに対して、今度は騒ぐのが嬉しくて祐基を貪る。こんなものを感じたのは初めてだ。ずっとこうしていたい。
まさか自分がパートナーに選ばれたのは偶然ではないのか、と疑問が湧いている。
「も、くるし、離せよ!」
「っと、ご、ごめん……!」
顎からも手を離すと赤くなってしまった跡が残り、熱が急速に冷えていった。祐基の目には涙が浮かび、よほど苦しかったのか軽く咳こみ始めている。
しかし症状によるものではないのは明らかだし焦燥感は出てこない。眼下にある祐基の丸い頭が突然かわいらしく思えてきて口が引きつる。
キスをしたせいで脳も体も書き代えられた気がする。あれ、と頭を抱えた。
もしかして熱が脳を溶かしてしまったのかも。
だとしてもなぜそんなことが起きたのかまだ考えることができない。まさしく衝動だ。
祐基は口を拭ってから呼吸をなだらかにしようと胸を撫でている。けれど突然頬を真っ赤にしてウィルに抱き着いてきた。
胸がときめきを感じて締まった。恐る恐る祐基の肩を叩いて反応を伺う。
「だ、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃない。むしろ逆だ。薬よりずっとよかった」
「は、はい?」
「苦しかったけど、不安とか吹っ飛んでた! そうか、だから俺はあなたとセックスしたかったんだ。キスでこんなに効果があるんなら抱いてもらったらもっとすごいのかも。この前のも呼吸を押さえたからじゃなくて精神面での充足感があったっていうこと? 薬ってたしか不安を抑えるためだって医者が言ってたし、それが接触で得られたのか。パートナーなんだから相性はいいに決まってる」
「待った!」とさすがに興奮し始めている祐基の肩を掴んでゆする。
「悪かった! 落ち着かせようと変なことしたのは謝るよ、パートナーっていうのはそういうものじゃないんだ! あくまで監視と怪獣を生み出さないように世話をするためで、もし厄介ものが出てきてもいち早く対処ができるからと定められた制度!」
「でも俺と一緒に暮らすんでしょ? 言う通り、俺が怪獣を生み出さないようにしないといけないわけで、薬がきかないなら代替案が必要になるよ」
「そ、そうだね。それはたしかに」
「だから俺が危なくなったらエッチすればいいんだ。簡単じゃない?」
首を思い切り横に振る。簡単なものか、と母国語で叫んでからまた頭を抱えた。なぜその話に戻ってくるんだと汚い捨てセリフが出そうだ。
彼の中でその願いが継続していたことも衝撃だった。そこまで抱かれたがっている理由がまったくわからない。
けれどいまはそんなのは二の次だ。とにかく訂正しないと、とさらにかぶりを振った。
「違うんだ。キスしたくなったのは骨がおかしくなったからで! 俺の意思とは別なんだよ、ごめん。きみとはあくまで仕事上の付き合いだ。だから別の方法をきちんと話し合おう。ドクターも交えないと。こういうのは専門的な知識が必要なんだ。素人が勝手に決めていいことじゃない」
「骨? 骨ってなに?」
「あ、あー……。だめだ、なにから説明するべきかもうわからない。俺はいますごく混乱してる」
「時間はいっぱいあると言ったのはあなただよ」
つん、と指で頬を突かれたので顔をあげた。祐基の表情は声の感じとは裏腹に諦めの色がにじんでいる。無理やり自分を納得させようという覚悟もある気がした。
「守ってくれるんだって約束してくれるなら、俺はもう逃げないで大人しくしてる。だからまたキスしてよ」
彼の細い指がウィルの頬を撫でた。そしてウィルは無意識にその手を掴んでいた。
また骨が鳴りそうになったのを必死に押さえこみ、彼と話してきた言葉を何度か頭の中で反芻する。
「楽しいこと、そうだ、楽しいことをたくさんしよう。それなら俺はいくらでも付き合うし、きっと上も許してくれるはずだ」
ウィルからの提案に祐基が「はぁ?」と不服そうに首を傾げたが、数秒後には肩をすくめていた。
「どっちの我慢が勝つか勝負ってことでいい?」
「なんでもいいよ。俺はエージェントして任務をこなしたい。改めて俺はきみの症状を抑えることに尽力する。キスとかセックス以外で」
「俺はあなたに抱いてもらう。その間に新しい薬が開発されたらがっかりだな」
「結局どうしてそんなに俺に抱いてほしいんだ……」
漏れるように飛び出した質問に祐基が目を丸くした。体を左右に揺らしてから、いらずらっぽく口角が上がる。
「セックスが一番この世で気持ちが良くって、楽しいものだって見たから」
どこぞの三流雑誌を読んだんだ、と絶叫しそうになったのを唾を飲みこんで堪え、ベッドの上に上半身を勢いよく倒した。




