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初めてづくし

 慣れないシーツの感触に指が滑る。洗い立ての洗剤の匂いが枕からかもして、祐基は胸の奥がジクジクと痺れるのを無視した。


 まともなベッドに寝ころぶのは久しぶりだった。


 それもちゃんとした肌触りのいいパジャマまで着させられて、しっかりとご飯で腹も満たして、風呂に浸かったのもいつ振りだったか。しかも浴槽にはいい香りの入浴剤まで入っていた。


 あんなに柔らかくて優しい待遇を受けたのは初めてだ。まだ肌がむず痒い。


 パートナーであるウィルはいまは別の部屋にいる。この広いマンションの一室は二人に与えられたシェルターなのだが、ウィルは同じ部屋で寝るのをとにかく拒み、なにかあれば連絡するようにと端末をベッドサイドに置いていた。


 どちらにせよ監視するための機材はあちこちに設置されている。ひとりになるのにも慣れている。こんなに人の気配がする部屋は知らないが。


 きっとあのウィルという男はいい人なんだろう。


 陽の光をたくさん浴びた色の髪を軍人らしく短く切りそろえ、ヘーゼル色の眼は自信と活力に満ちている。


 たれ目と対照的に太くしっかりとした眉尻は吊り上がっており、けれど笑うと大型犬を思い起こさせるほど穏やかな顔になる。仲間たちからもよく絡まれていた。


 その都度恥ずかしそうにふざけあい、皆からも慕われているのも手に取るようにわかった。


 昔から人付き合いがよくできて、友人たちからも家族からも愛されてきた者だけが得られるすべてがウィルにはあった。


(あんな人、周りにいたことない)


 怪獣から抽出したカイジュウニウムで作った骨を持ち、軍人らしく体が大きい。その辺の熊よりも力があるらしく、もはや人造人間だ。


 それだけ聞くとおそろしいアンドロイドみたいなのに、彼は人間に対してはとことん甘っちょろい。細々した作業をするときは背中を丸めて真剣に手元をにらみつけていたのもおかしく見えた。


 甲斐甲斐しさに蕁麻疹が出そうだ。


 夕飯は電子レンジで冷凍食品を温めただけなのに、それだけじゃ足らないだろうとコンビニで買ってきたカップデリを冷蔵庫から大量に出してきたし、入浴剤を入れてるときも量をきっちり計っていたし、嬉しそうに「できた」と報告して来たかと思えば浴室に押し込まれた。


 逐次体調の心配をしてくるのもわずらわしさを感じたが、それ以上に締め付けられるような苦しさを覚えた。そんな待遇を一度も受けてこなかった祐基にとっては異常でしかない。


(変なの。怪獣と戦っていたときはあんなに冷酷そうだったのに、人間ってそんなに変わるものなのか?)


 ズキ、と鎖骨が痛み出す。左の鎖骨に彫られたバーコードの下にはチップが埋められていた。


 逃げ出したり異常をきたしたときに、すぐ反応できるようにだ。祐基は前科があるせいで、ほかの患者よりも厳しく見張られている。


 指でさすってみたがチップの感触はさすがにしなかった。


 自分がまだ人間なのか少しずつわからなくなってくる。


 その疑念を持った最たる出来事は二日前に起こった。そう、怪獣を生み出したことがきっかけだ。


 思い出したらまたあの症状が出てしまう。けれど記憶は芋づる式に掘り起こされ、祐基の頭の中をかき乱した。


 荒れてきた呼吸を落ちつかせるために胸を撫でる。それでも恐怖は祐基の腹の奥をまさぐってくる。


 こほ、と空咳が出た。急いで端末を手に取ったが、すぐに元の位置に戻した。


 温かく用意されたベッドから抜け出し、ドアを開け、暗くなった廊下へ出る。壁を伝って確認しながら、ウィルが寝ている部屋のドアを静かに開けた。隣にいるのにわざわざ連絡するのもばかばかしい。


「まだ寝てる?」と声をかけてみたが、身じろぎさえなく寝息が聞こえてくる。


 暗い部屋内ではなにが周りにあるか確認できず、うっすら見えるベッドのそばにふらふらと近寄った。


 上からのぞき込む。


 ちょうど一人分入れそうな隙間があり、祐基は回り込んで乗りあがった。キシ、とベッドが鳴る。


 慌てて動きを止めた。しかしやはりウィルは呑気に寝ているままだ。軍人だったらもっと反応しそうなものだけど、と拍子抜けしつつ寝ころび、横向きになっている彼の腕の間に入り込んだ。問題が起きたときに本当に助けてくれるのだろうか。


 じっと顔を見つめる。金色のまつ毛がしっかり閉じられていて、少し幼さが残った顔立ちはやはり犬を彷彿とさせる。頬を指でつついてみた。固い。


 彼の腕が突然自分の上に置かれた。わ、と驚くとそのまま引き寄せられる。胸がぶつかり、ウィルの体温が冷えていた祐基の体に伝わった。


(あったかい、さっきまでの不安が消えていく……。やっぱり勘違いじゃないのかも)


 首筋に顔を埋めて息を吸う。同じボディソープの匂いがした。ウィルの背中に腕を回した。ぴったりと体がくっつき、さらに熱が強くなる。


 こうして人と肌がじっくり触れ合うのも初めての体験だった。


 きっと彼には特別なことでもなんでもないのかもしれない。けれど祐基はそういう類の愛を知らない。得たことがなかった。



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