報告:千縣祐基について
ずっと完璧でありなさい、と両親から厳しく言われてきた。
一番にならなければ生きている価値すらなく、テストに失敗したときは食事を抜かれた。教育として暗い部屋に閉じ込められ、トイレすら行けずに恥ずかしい思いをしたこともある。
幼いころから与えられ続けたプレッシャーの中で、祐基はがむしゃらに期待に応えようともがいてきた。そうしなければ人間と認識してもらえなかった。家畜にはなりたくなかった。
勉強も運動もトップを取り続け、周囲から人がいなくなろうと誘惑に負けないように一生懸命自制してきた。
一番を取るためだ。そうすれば家族から〝人間〟扱いしてもらえるのだから、祐基はそれでよかった。
毎日バランスが決まっている同じメニューを食べ続けて、一秒の遅れもせず決まった時間に勉強と習い事をこなして、就寝して、起きて、母が考えた完璧な人間になるように努める。
学校内のコミュニケーションのために、心理学や行動学の本で学んだ知識を実践してみれば、面白いくらいに人は自分を「素晴らしい人柄」だと褒めてくれた。
家では必要最低限のことはあらかじめジェスチャーが決まっており、それを母たちの前でする。
トイレに行きたかったら左手でLを作る。喉が渇いたら右手の人差し指を立てる。
無駄な労力を使わないために、会話すら制限されていた。どうにか必要があるときだけは発声することが許された。けれど案外居心地が良いものだった。
なにせ決まったことをしていればよかったから。お行儀も聞きわけもいい息子に両親たちも誇らしげだった。
自分たちが作り上げたサンプルの出来栄えに満足していた。
そんな生活が二十年だ。中学も高校も大学も難関校にも苦も無く合格し、生徒会長も首席にも、みんなから「千縣に任せよう」と推薦してもらうほどの人望を集めた。
両親が望んだ完璧な人間になっていく気持ちよさ。
このまま父たちが代々継いで来た会社に勤め、社長になり世界に貢献していくものだと信じてやまなかった。
なのにある日、突如として咳が出た。
最初は風邪かと思ったが、薬を飲んでも止まらない。病院には行けなかったから自分でどうにかするしかなかった。なにせ体調を崩したなんて母にバレたら不出来だと折檻をされる。
家族の前ではなんとか堪えていたが、部屋には小さく不完全で不気味な物体を生み出し続けた。
言い逃れできず、己が怪獣症にかかったのがわかり、祐基は絶望した。
あんなに完璧であれと求められてきたのに、そうだと信じてきたのに違ったのだ。
足元で踏み潰した物こそ本当の自分だと思ったらいてもたってもいられなくなった。
我慢は続かなかった。祐基はついに母たちの前で症状を出してしまった。あのときの両親の顔は忘れられない。足元に転がる物たちを母たちがどうしたのかは知るすべはない。なにせその前に祐基は家を飛び出してしまっていた。
「ごほ、けほっ、げほっ!」
激しくむせ込む。家から飛び出して繁華街を通り過ぎた辺りで咳を止められずに、ついに祐基は怪獣を生み出していた。
その姿はいままで生んだ未完全なドロドロの不細工とは違った。三メートルほどの大きさで、ステゴサウルスのように背中に数枚の剣を生やした尻尾の長い怪獣だった。
まさに絵に描いたような姿のそれに祐基は息を飲んだ。
完全になることを強いられた自分は歪だ。だってそうではなかったから折檻され、無理に演じてきた。考えて行動して、周囲の反応を伺って正解を導き出すのに必死だった。
しかし目の前のそれは違う。
あるままに完璧だ。美しく生えた鎧、爪、頑丈な体は圧倒的な威圧感を持つ。咆哮は空気を切り裂き、辺りを恐怖へと陥れた。
それはこの怪獣がもっとも求められている役割そのものだ。自然にそれをこなしている。
「かっこいい──……。俺が生んだんだ、俺が、こんな完璧なものを……」
周囲は阿鼻叫喚に包まれた。なにせ怪獣の出現は災厄を意味する。まるでケーキを乱暴に崩すように建物も道路も、なにもかもが壊されていった。
「壊せ、もっと暴れろ! 不完全なものなんか全部ぶっ壊しちまえ! あはは!」
はしゃぐ祐基の声にこたえるように怪獣は人々を薙ぎ払っていたが、祐基にもついに矛先が向く。
だが、そんなときに彼らはやってきた。
怪獣の装甲を人間の形にしたみたいな黒いスーツを着た部隊が怪獣の周りを囲んでいた。
〝完璧な子供〟に逃げろと叫んだが間に合わず、銃弾の雨がその子の体を穴だらけにして、一人のスーツがすぐさまナイフで四肢を分断した。
体を引きちぎって、出てきた内臓も骨もすべて切り刻み、彼もまた衝動に身を任せて動く。噴き出している血を浴びている。黒かったスーツは真っ青に染まった。
(ひ、ひどい! 完璧に生まれた子をこんな無残な姿にするなんて、このっ……!)
湧いてきた怒りを込めて肉塊を踏んづけたスーツの男を睨みつける。男は祐基の視線にはまったく気づいておらず、仕事が終わったことに安堵したのかヘルメットを取った。
あ、と思わず感嘆の声が漏れて憎しみはどこかに吹き飛んでいった。
きれいな金髪が光に当たりキラキラと輝いたからだ。
仲間たちに呼ばれて振り向いた彼の顔は直前の残忍な行動とは打って変わり、英雄という言葉が似合うほど爽やかだった。
その姿を見たとき、祐基の背中がゾクッと震えた。
ふと彼が周囲を見回したせいで視線があった気がした。目が合ったのは一瞬だけだったはずなのに、祐基はヘーゼルの視線に心臓をぎゅっと掴まれて、その場から動けなくなった。
暗く、冷えた室内でカーテンを開けたときに浴びる陽の光に似た感触が頬を撫でた。
そう、いま目の前で寝ている男はまさにその光を模していた。




