怪獣ってなに?
「怪獣が出現したのは今からたった十五年前のことだ」
病院にある会議室にウィルと祐基はいた。電気を消し、スクリーンに映し出した資料には鎧に似た鱗をまとった恐竜のような生物が映っている。
フィクション上のみに生息していた生き物が突如市街地に現れ、破壊衝動のまま人類を襲撃したのは案外記憶に新しい出来事だった。
最初の被災地は皮肉にも日本で、映画の撮影か何かと勘違いされていた。自衛隊が出動したことにより異常事態だと皆が気づくまでには時間がかかったという。原因は不明。
けれど数体が続けて出現し、日本だけでなく世界が大混乱した。
その時のニュースをウィルはよく覚えている。地球が終わる系の映画で見たものとまったく同じで、現実味はあまりにもなかった。
ウィルは資料をスライドさせながら、頬杖をついて聞いている祐基の様子を伺う。あくびをしてつまらなさそうだ。気を取り直して、軽く咳ばらいをしてから次の資料を読む。
「しかしとあるきっかけで偶然原因が見つかる。ひどい風邪をひいたと病院に来た患者の一人が咳をした瞬間に、近場にあった物体が怪獣へと変化したんだ。幸い子どもだったおかげで生まれた怪獣は小さくすぐに鎮圧された。そこから急速に研究が進み、カイジュウニウムという物質が発見される」
「端折りすぎじゃない? ていうか安易な名前。ダサいよね」と祐基が飽きたのかペンを回した。
「優秀な生徒になってちゃんと聞いてくれ、大事な話なんだから。それらを体内に保持している者が咳をすると、物体を怪獣へと〝変容〟させることがわかった。それ以降は正式に『怪獣症』と名付けられ、いまでは世界的に罹患者が増え続けている。難病指定されたことも相成り厳しく管理されることとなった。きみもそのうちの一人だ」
「そこまでは知ってる。だから俺は逃げてたわけだし。見つかったら解剖されてぐちゃぐちゃにされるに決まってるよ、それで用がなくなれば焼却炉行き」
「違う違う。むしろきみたちを安全に守るために管理してるんだよ。怪獣を無作為に生み出さないように薬の提供、専用の住居の確保に、俺たちのような者がSPとしてつく。だから俺たちはパートナー。普通に働くことだってできるよ」
「そう簡単には信じられないです。世間では悪の組織みたいなものだって噂だったし。患者を捕まえて実験しまくってカイジュウなんとかってのを量産してるんだって、雑誌に書いてあった」
「信頼性がおける情報をどうも。だったら他の患者と会ってみるか? みんな差別や偏見と向き合って戦ってる」
祐基が不貞腐れたように口を尖らせた。説明を行っていたウィルもうっかり黙りそうになったのを強い意志で耐える。ンン、と喉を整えてからもう一度資料に目をやった。
「罹患者が強いストレスを感じると体内のカイジュウニウムが反応し、ウイルスに似た粒子を生成するんだ。患者は咳により体外へウイルスを排出し、これが無機物に付着すると浸食が始まる。そして怪獣になる。種類は小型から大型まで様々だが、基本的にはあの有名なカイジュウほどでかくはならない」
「ふぅん、それは知らなかった。限界があるんだ」
「そう。あくまで人間が生んだものだからね。それで民間軍事会社である俺たち『テラス・アスピダ』が対応に当たるようになったのは十年前から。傭兵、軍人、ならず者でもなんでもとにかく腕に覚えがあるものが集められて、罹患者の保護と怪獣対処に当たっている」
「ウィルは? ならず者?」
「USアーミーだよ。なんだっけ、えーと、出向というやつで二年前から日本で怪獣と戦ってる」
祐基が目を丸くして「へぇ」と相槌を打った。体を左右に振ったせいで祐基の服の襟が少しずれ、そこから肌に書かれたバーコードがちらっと見えた。ウィルの胃がきゅっと締まる。
昨日回収されたあとに刻まれた管理番号だ。日焼けをしたことがない綺麗な肌にある黒いタトゥーは痛々しい。
机を指で数回叩いてから、部屋の電気を点けると明るさに佑基が目をしかめる。
「勉強会はこれでおわりにしようか。そろそろ診察の時間だし、長引かせるとドクターに怒れる」
「え! やだよ、まだ話して。聞きたいこといっぱいあるんですけど」
「終わったら十分話せるから、大人しく従ってもらいます。なにせこれから基本的に二十四時間は一緒にいられるんだから。ほら、みんなが呼びに来た。俺はいろいろ準備してるよ。なにかあったらこの端末で連絡を寄越してくれ」
支給されていたモバイル端末をポケットから取り出して祐基の手の上に乗せる。ぶぅぶぅと文句を垂れていた佑基も端末をいじり倒して、仕方なく納得したようにうなずいた。すぐにメッセージが送られてくる。
『早く引っ越し先に帰りたい』
首を横に振って苦笑する。そのまま祐基は部屋に入ってきた看護師たちに連れて行かれ、ウィルも片づけをしてから廊下に出る。
しかし見知った輩に呼び止められ、足を止めた。
「よぉ、ジェノサイダー! 一昨日は肉屋で今日は講師か。似合わないなぁ」
「はは、本当にな。俺もそう思うよ」と差し出された拳に自分の拳をぶつける。
日に焼けた健康的な肌の青年は、快活な笑顔でそのままウィルの肩に寄りかかった。
彼は元陸上自衛隊で、同じGチームに所属している同僚の鈴木だ。ウィルともよく飲みに行くほど仲よくしている。同僚が実動から保護業務に移った待遇に納得していないらしく、上官にたてついていたと風のうわさで聞いた。
「しかしあのかわいげがなさそうなヤツがパートナーだろ? しかも一緒にラブホにいたとか、なにがあったんだよ。お前フられておかしくなってたのか?」
「ちゃんと断ってたよ! ただ重い事情がありそうだったから話だけでも聞こうと思っただけだ。そしたら偶然逃亡した患者だった。手は出してないからな」
「お人好しめ、信じるに決まってるだろ」と鈴木がから笑いした。けれど急に真剣な表情で顔を寄せてくる。
「患者を間近で見たのは初めてだよ。ただの人間なんだな。もっと特徴があるのかと思ってた」
「だから管理されているんだろ。怪獣が出るまで本人たちも症状を患っているのには気づけない。俺たちが〝チャイルド〟を対処するのを目の前で見るのは相当ショックだろうな」
「そのまま二体目が出ることもままあるしなぁ! はぁ、早く帰ってきてくれよ、レックス。こっちはデカブツがいなくなってみんな寂しがってるぜ」
つつ、と胸を指でなぞられたので振り払った勢いで鈴木のでこを指で弾いた。「いてっ」とよろけたのでからんでいた腕も取り去り歩き出す。
引っ越し作業が完了した連絡がちょうど入り、確認をしにいかねばならない。
「出動があったら出てくるんだろ!」
鈴木が叫んだのに手を振ってこたえた。願わくはいまは要請が来てほしくないなと苦笑する。




