怪獣症
「出ましたけど、寝てないよね?」
視線だけ動かせば、ガウンを着たユウがベッドわきに立っていた。
おいでおいでと手を振るとベッドに乗ってきて、ウィルの横にごろんと寝転がる。腰に結んでいた紐を解こうとしたので止め、じっと顔を見つめる。
最初は期待がこもった瞳をしていたが、次第に暗くなっていきユウがため息を吐いた。
「マジでその気にならないんだ。どんだけ頑固なんだよ」
「俺は三十歳のおじさんで、酒に酔いつぶれてるのにかっこいいとは思えないからかな。もしかしてハリウッド俳優に見えてたなら謝るよ」
「そこまでじゃない。外国人の方が良かっただけ。そういうのもオープンかなと思ってたし、まさかこんなに嫌がるだなんて、こっちの面目も丸つぶれだし、最低だ」
「はは、当てが外れたな。いきなり聞くけど、なんで死にそうなんだ」
「体触ってもいい? もしかしたらその気になってくれるかも」
「いいよ。その代わりちゃんと質問には答えてくれ」
ユウは恐る恐る手を伸ばしてきて、ウィルのたくましい二の腕を掴む。もにもにと揉んで、頬を赤くした。
「シャツがはちきれそう! 意外と柔らかいんだ。えーとなんだっけ、なんで死にそうって、俺が病人だから」
あっさりと答えた彼に拍子抜けしつつ、見た目からは病人らしさがまったく推測できないことに少しだけ困惑をした。
肌の血色も悪くはないし、ガウンから覗いた肉体を見るに彼もそこそこ鍛えているとわかる。すぐにでも死にそうだとは申し訳ないが思えなかった。
「最近罹患したのがわかって、それで……」
ユウが唇を噛んだ。だが意を決したようにウィルに抱き着いてきて足を絡めてくる。布越しになにも着ていない彼の股間がこすりつけられた。油断したせいで筋肉を撫でていた手が下におりているのにも今更気づき、止める間もなくベルトが外された。
「こら、まだちゃんと話を聞いていな、」
「聞いたら抱いてくれるわけ⁉ 俺は病気のせいで人を傷つけるかもしれないから、そうなる前に死にたいんだよ!」
吠えるように言ったユウの言葉が部屋に響く。ぐわん、とウィルの脳も揺れたが、しっかりと聞き取って彼の手を優しく握った。やはり震えていて冷たくなっている。
病気のせいで他人を殺す?
つまり彼の患ったものは、少なくとも他人に影響を与えるものだということだろう。ならばもっと彼と体を重ねる気は失せていく。
だからほかに注意をひかせて意識を変えてやろうと試みた。
「いままさに俺が傷つこうとしてるのは?」
「へ……? あっ」
「俺に抱かれてから死のうってか。最悪だよ。次の日ニュースできみの写真を見て俺はどうなると思う。下手したらPTSDになるね」
ユウは声を詰まらせ、ようやくウィルの服から手を離した。ほ、と安堵して彼と距離を開ける。
ベッドから降りて冷蔵庫の中を覗く。ペットボトルを取りユウの頬にくっつければ振り払われた。
しかし冷たさに熱くなった気持ちが落ち着いたのか、「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。頭の回転は速いようだ。たしかに聡明そうな顔立ちではある。
「病気のせいでなにもかもだめになって、どうでもよくなって──」
押し殺しながら白状した彼が捨てられた子犬みたいに小さくなる。思わず頭を撫でていた。艶やかな黒髪は傷んでいる。
一瞬驚いた顔をされたが、ユウもウィルの手にすり寄ってきて温かさに安心感を得ようとしている。目を閉じて体温を感じていた。
二十代そこそこということは大学を出たばかりだろうか。事情をわずかに考えたところで、憶測は苦手だ。やめるためにペットボトルの水を勢いをつけて飲んだ。
ふとユウがウィルの手を掴んでじぃっと見つめ始める。あまりきれいな手ではないので恥ずかしさが込みあがってきた。
銃や武器を扱うために鍛えているおかげで無骨だ。マメを指で引っ掻かれ、いきなりのことに肩が跳ねた。
「あなたが怪獣を倒してるの、偶然見かけたのは本当だよ。ヘルメットを取って顔が出てきたときすごくかっこよくて、この人とセックスしてから死のうって決めたんだ。だから後を追いかけたり探しちゃった。それであの店にいつもいるって聞いたから、バーテンダーの人にお願いして声をかけるタイミングを見計らってた」
「なるほど、結託してたんだな。どおりで段取りが良いと思った」
だから抱いてよ、と目が訴えてくる。はぁ、と大げさにため息を吐きユウの手を優しく取り払う。乱れたガウンの襟を正してやった。
「病名は」と少しだけ厳しい声色を努めて訊き直す。
はぐらかされるなら部屋から出ていくつもりだ。そんなウィルの考えを察したのか、ユウは口をまごつかせたあと諦めたように正座を組んだ。これ以上取り合うのは無理だとわかってくれたらしい。
彼は二呼吸ほど間を取り、ウィルの顔を何度も見てはうつむいてから頭を下げてきた。
「……──怪獣症。ごめんなさい、怪獣は俺が出しました」
彼の声が耳に届いた瞬間に画角が広がったようにユウが遠くなる。持っていたペットボトルを落とした。中から水が出てきて床に広がった。ウィルは口を手で押さえてから噴き出した汗を拭った。
「なっ、か、怪獣症って」
「そうだよ」とユウはうなずいてももの上に拳を作る。
「俺、罹患者なんだ。いままで逃げ回ってたのについに怪獣を出してしまった。そのままあなたたちの組織に回収されて検査とかいろいろされて、やっぱり嫌になって逃げだしちゃった。だっていきなり管理下に置かれるとか、パートナーがつくとか意味わからねぇし」
絶句しているウィルをよそにユウは鼻をすすって涙をこらえながら淡々と話す。
「パートナーになる人はすごく怖い人だって聞いた。〝怪獣専門のデストロイヤー〟なんだって、だからきっと俺はひどい目にあわされるかも。そんな奴に殺されるくらいなら自分で死ぬ。せめてあなたがパートナーだったらよかったのに」
ウィルは飛びかけていた意識をハッと取り戻した。今朝に聞いた上官の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
『新しい怪獣症患者が見つかった』
『お前がパートナーに選ばれた』
『怪獣専門のデストロイヤーなんだって』
点と点が繋がる。無茶苦茶に頭を掻き乱したい欲求をこらえ、唾を飲んで頬を軽く叩く。しっかりしろと自分に言い聞かせた。
顎を擦ってからユウの肩を掴む。ズビッと鼻を鳴らした彼が顔をあげた。
「千縣祐基くん。きみはふたつほど間違っている」
「は? な、なんで俺の名前知って、あれ、名前? そういえばあなたさっきウィルって言った?」
うなずけば、彼の目がみるみる大きくなっていった。どうやらこれから言われることを早くも理解したらしい。
頭が良いのは助かる。人に説明するのは得意ではない。言葉が必要な対応はほとんど人に任せてきたから、上手くできるか不安で声が低くなった。
「ひとつ。怪獣症患者は死亡すると辺り一帯に怪獣を大量に生み出す。特に大型が出てくるから厄介だ。だからそれは絶対にやめなさい。ふたつ。きみのパートナーは怪獣専門のデストロイヤーではなく、〝ジェノサイダー〟だ。自分で言うのはすごく恥ずかしいから今度から間違えないでほしい」
「うそ」
「うそじゃない。パートナー候補の名前は聞いたんだろう? 改めまして、俺はウィリアム・レキシントン。民間軍事会社に勤めるエージェント、堅苦しく言うなら特殊怪獣対策本部実動部隊抑制担当Gチーム所属。ちょっと待って、身分証があるから」
「い、いい! 見せなくていい!」
カバンを漁ろうとした大男をユウ改め祐基は飛びつく勢いで止めた。顔を真っ青にしてウィルが述べた言葉を繰り返してから茫然と固まってしまう。
その様子にウィルは頭を横に振った。どうやら自分はとことん運勢が悪い月を過ごしているらしい。そして目の前の青年もまた同じく運が悪いというわけだ。
そもそもなぜ逃げだしたのにエージェントに声をかけてきたのだろうか。捕まりに来たようなものじゃないか。
まんまと策略にハマってホテルに連れ込まれた方も情けないが、棚から牡丹餅というんだったか、つまりチップで探す必要はもうなくなった。呆れつつ会社に連絡を流す。




