英雄製造
祐基の胸はずっとざわついていた。
ぎゅ、と服の上から掴んでその場にしゃがむ。詰まった息をゆっくりと吐き、早まった心臓を撫でて落ち着かせようと試みる。
今朝がたウィルが飛び出して行ったのを寝ぼけながら確認したときも嫌な予感がしていた。だからといって止められるものでないし、不安を抱えつつも寝たフリをして送り出した。
なんとか立ち上がり、水を飲んでからテレビの電源を入れる。ちょうど昼のワイドショーが緊急報道で騒がしくしていた。報道ヘリが上空から現場の様子を撮影して、リポーターが雑音に負けないよう声を張り上げて伝えている。
『怪獣二体が出現しております、見えますでしょうか、羽のようなものが生えた怪獣が……』
小走りでテレビの前に行き、画面を食い入るように見つめた。白い怪獣の周りで激しい銃撃戦が繰り広げられている。その中から一生懸命ウィルの姿を探したが、黒いスーツを皆が着ているから判別ができなかった。
じっと静かに画面を見続ける。銃弾が効いていないのか、怪獣はまったくひるむことなく辺りを破壊する力を緩めていない。
手を組み、固唾を飲んで見守る。苦戦しているのは明らかだ。やがて策が行き詰ったのか、戦闘が止まった。
「無茶するなよ。ちゃんと帰ってきてくれなきゃ困るんだから」
レポーターやスタジオのアナウンサーたちも困惑して静観している。一瞬でも、数秒でもなく数分だ。一人のスーツが怪獣に向かって走り出したのがきっかけとなり、銃撃戦が再開された。
ドク、と祐基の心臓が跳ねた。また胸元を掴む。心臓が激しく早打ちし始め、痛みに耐えられず喉が嫌な音を立てる。息を思い切り吸ってしまったせいでむせ、咳が出た。
「ごほ、げほっ! なんで、ハッ、はぁ、ぐっ!」
『破壊しろ!』
「え? なに、いまの、誰の声」
『食えるものならやってみろ、怪獣どもが!!』
「ウィル……⁉」
頭の中に突然叫び声が聞こえた。最初は知らない子どもみたいな声だった。だが次ははっきりと知っている者だった。
慌てて立ち上がり、窓を開けてベランダに飛び出す。間違いなくウィルの声だ。食ってみろ、だなんてどういうことだ。困惑する。どんなに目を凝らしても、もちろん祐基たちの住む家から現場など見えはしない。
気のせいだとは思えなかった。もう一度部屋に戻ってテレビを確認すれば、そこには信じられない光景が広がっていた。
走り出したエージェントの体がみるみるうちに変貌していき、黒い三体目の怪獣が出現していたのだ。まるで溶岩が生物になったようなそいつは、白く羽の生えた怪獣の一匹の胴体を踏みつけている。上からの映像でわかるのはそれくらいだった。
しかし祐基の心臓は張り裂けそうなほど激しくドクドクと動き出した。耳鳴りのせいでテレビの音が遠くなる。
『怪獣を倒せ。やつらを殲滅しろ。壊せ。消えてなくなれ』
「この声、やっぱりウィルだ──。どうして俺の頭に、うぐ、くるし、胸が痛い、は、カイジュウニウムが……」
口からその言葉が零れた瞬間、祐基の目の前に浮かんでいた複数の点がパッと光り、線を引いた。「まさか」と口を手で押さえる。
カイジュウニウムは祐基の中にあるうちはエネルギーだ。それがなにかを起因として膨大に膨れ、あふれ出しそうになっている。そして明らかに黒い怪獣に反応しているようだった。
ちょうど黒い怪獣が踏みつけていたヤツの胴体を両手で持ち、力任せに引き裂いている。青い血が黒い体にびちゃびちゃとかかり真っ青になった。悲痛な絶叫が周囲に響いたのを報道のマイクも拾ったのだろう。空気が大きく揺れた。
黒い怪獣はすかさず逃げ出したもう一匹を圧倒的な速度で捕まえ、上からためらいなく噛みつく。大量の血が噴き出し降り注いだ。そのまま食いちぎり、頭を噛み砕いて飲み込んだ。胴体は何度も強く踏みつけられて肉塊になっていく。
戦闘員たちはなんとか避難できたらしく、そこには怪獣を倒す怪獣だけがいた。
「もしかして、でも、そんなはずは」
考えたくなくても思考が勝手に回る。線はどんどんつながっていく。エネルギーが熱となっているらしく、体が火照ってきて咳が何度も出そうになった。出る前に唾を何度も飲み込んで押さえる。
「怪獣になる夢を見るって、言ってた。それにあの怒りっぷりも、……ウィルだ。俺の体にも影響が出てるから、間違いない」
たまらず祐基も家を飛び出していた。階段を駆け下り、コンシェルジュに止められそうになっても抵抗して外に出た。だがそこには一台の大型車両が止まっていた。中から軍服に似た制服のエージェントたちと白衣のドクターが出てくる。
「と、とめようなんて考えるなよ。絶対ウィルのところに行くんだ。邪魔するならこの場で怪獣を出しても!」
「落ち着きなさい。我々が現場に運びます」
「え?」と予想外の発言に目を剥く。彼らは無線でなにかをやり取りすると急いで乗れと指示を出してきた。
「レキシントンに怪獣化の兆しが出たのは君との接触後だ。とくに関係を結んでから加速度的にスコアが伸びている」
「スコア? 加速度的? つまり、あんたたちはウィルが怪獣になるリスクがあるって知ってたのか⁉ 最悪だ、やっぱり人体実験じゃないか!」
「あとでいくらでも説明を。気が済むまで謝罪もさせていただく。だがいまはとにかく迅速に彼を人間に戻してやって欲しい」
眼鏡の男が苦々しい面持ちで言うと祐基の肩を掴んできた。力強く、どんなに振りほどこうとしてもビクともしない。その人の風貌は以前ウィルが話してくれた彼の上官にそっくりだった。あ、と祐基は真剣なまなざしにわずかにひるむ。
「戻すって、どうやって……」
「あれが暴れて出したのはきみとの出会いがきっかけだが、そばにいるときはスコアは落ち着いていた。ならなにか手があるはずだと考えている。……人類を救うためにあいつは自らを犠牲にしようとしている」
「そういう人だって俺でもわかってます。でも怪獣になるなんて、そんなの信じられません」
「だから英雄にしてやるんだ」
ウィルの上官が車の中へと誘導してくる。どうする、と祐基は踏み出すのを一瞬ためらった。
けれどもとより何も手段がなくてもあそこに行こうとしていた。彼らが本当に連れて行ってくれなければ、やはり怪獣で抵抗してしまえばいい。
ごく、と唾を飲みこむ。うなずいて車内に乗り込んだ。無線がしつこく鳴っている。
『本部、こちらアルファ2、現在レキシントンは完全に停止している。〝ティーン〟二体も破壊を確認した。回収は不可能だ』
『こちら本部。了解。その場に待機を続けろ。パートナー護送中』
自分のことが出てきて祐基は肩を跳ねさせた。けれどとにかくあの場に連れて行ってくれる保証はできた。胸を撫でながら座席に体重をかける。飛び交う無線も、重苦しい空気はことの緊急さを物語っている。




