さぁはじめよう
対抗できずにいるウィルたちを笑う怪獣二体はゆったりと歩き回った。
その仕草も異様だ。
こちらを品定めしているような視線が飛んできて不快感を覚える。なによりも攻撃が止んだなら絶好のチャンスのはずなのに、どうして向こうから仕掛けてこないのか。本部も次なる対策の思案に暮れているらしく、無線の先は一向に無言を貫いていた。
静かだ。息をのんだ音すら響きそうなほど静寂になった。嫌な予感がひしひしと足元から忍び寄ってきている気がする。
ハ、とウィルは頭を押さえた。頭蓋までは骨を交換していない。しかしがなりあげている音が内側から聞こえてきた。
その音は何かを伝えようと必死になっているから痛みが襲ってきていたらしい。グワングワンと脳が揺れる。
──まずい。まずいまずい。気づけ、早く、あれはダメだ。
いつもの戦慄きとは違う。明確に危機感を覚えている。なにがおかしいんだとウィルは自問自答を続けた。しかしすぐに答えが導き出される。
「おい」と鈴木に肩を叩かれ、意識を現実に戻した。振り向くと彼はヘルメットのバイザーを上げ、青ざめた顔で怪獣たちを指さしている。
「あいつらなんで暴走をやめたんだ? いままでそんなことあったか? なによりこっちを見て笑ってるなんて、まるで……知能があるみたいな」
瞬間、本部が慌ただしく無線の先で絶叫した。
『全てのチームに通達! 至急殲滅せよ! 殲滅せよ!』
動き出したのはウィルがいちばん早かった。まさに殲滅と言えば彼を差し置いて得意なやつはいない。ほとんど脊髄反射だ。思考する前に体が動いていた。
〝ジェノサイダー〟は銃を投げ捨て、怪獣にナイフ一本で近づいていく。見るからに無謀だが、彼をサポートするために鈴木たちも動いた。銃弾の猛攻撃も始まる。銃が効かないのなら切る方を試すしかない。
(このまま熱をあげている骨たちの衝動に身を任せたら、帰って来れないかもしれない)
走りながら、なぜかそう感じた。
普段は殺戮を行っていようが、主導権を握っているのはあくまでウィルだった。今回は違う。真横、それから真後ろにもこれまで倒してきた怪獣たちの影が自分を追いかけてきているような錯覚がくる。
(俺を食おうとこいつらは機会を伺っていた。それがこんなに慌ただしくしているのはきっと時が来たからだ。うんざりだ。肉体の限界を越えなければあのクソどもを始末できない)
銃弾をもろともせずにケタケタと嗤う怪獣たち。あと一歩蹴り出せば戦闘が再開される。
ウィルの胸中には迷いが残っているが、しかしプロとしての仕事を真っ当しなければならない。
グ、と唇を強く噛んで血が出た。脳内に祐基の顔がよぎる。失敗したら彼に顔向けできない。けれどこれ以上骨が燃え上がれば二度とその顔を見られないかもしれない。
どちらを選ぶ。もちろん祐基だ。彼を悲しませてたまるか。やっと症状も落ち着いてきて、自然に笑うようになってきた。いままた彼が何かを失えば今度こそ救えなくなる。
わかっている。だったらこの足を止められない理由はなんだ。あと数秒で戦闘が始まる。
──倒せ、倒せ、破壊しろ、消えてなくなれ!
はっきりと言葉になった骨たちの絶叫がうるさい。思い出した祐基の姿にノイズがかかっていく。
ここで仕留めなければ大事なものが傷つく。そうだ、そうさせない為に力を手に入れたんじゃないか。
(本部がわざわざ殲滅しろと言ってきたんだ。だったらオーダーを遂行するべきだ。なによりも、おそらく俺にしかあいつらを倒すことはできない。クソ、英雄になれ、ウィリアム・レキシントン……!)
たとえ死んだとしても彼に誇れる男になるんだ。
覚悟を決めたとき、視界も、動作も、思考もすべてが感覚よりも数秒遅れだした。体の中でなにかが膨れ上がり、ズシリと重くなる。
「食えるものならやってみろ、怪獣どもが!!」
体が燃える。いや、そんなかわいいものじゃない。地獄の業火ですらぬるいだろう。全身が炎で燃え上がった。
苦しさから激しく絶叫をあげれば、その声は人のものではなくなっていた。スーツの指先から火山岩に似た黒い物質がバキバキと生え、ウィルの体を覆っていく。それにより二回りほど体が大きくなった。
重みに耐えきれず地面についた手足は獣の四肢に変わり、長い棘の着いたしっぽが尾てい骨からずるりと伸びた。
岩は剣に変貌し、鎧として彼を守る。
そして顔は、子供の頃に彼が憧れていた恐竜に似たものになっていた。
「ほ、本部、本部! 応答してくれ、レックス、レキシントンが!」
鈴木の悲鳴はウィルの咆哮にかき消された。──ウィルは完全に怪獣と変化した。夢の中でみた姿そのものだ。
そしてウィルだったものは、二匹の怪獣の前に躍り出る。図体の大きさの違いに二匹がひるんだ。話しあうような鳴き声をあげるととたんに逃げるために背中を向けてくる。
しかし逃げ出した一匹を長いしっぽで素早くからめとり、自分の方へ引きずり寄せた。抵抗しているのも構わず足で胴体を踏みつける。ウィルの口角がにやりと上がる。
そして足に少しずつ力が込められていき、肉が切れ、骨が砕けた音、怪獣の苦痛な鳴き声が騒然とした現場に広がった。




