変化はいいものなんだよね?
バイクを走らせる。夜十時ともなれば車すらほとんどおらず、一台が光を伸ばしながら進んでいるだけだ。ウィルは考え事をするときはいつも夜中にバイクにまたがった。無目的に走ると頭の中がすっきりしていく。
けれど今回ばかりは簡単に整理が出来るわけではなかった。もやついた気持ちもすっきりしない。
信号が赤に変わったので止まったが、ハァ、と自然とため息が出た。音楽も聞いておらず、ただエンジン音がくぐもったヘルメットの中で聞こえるだけだ。
祐基と体を重ねた。その日はもう最高だった。体の相性がいいとかそんな単純な良さとは違う。
心が満たされていく感覚がして、夢中で彼の肌を愛撫し、いいところを責め続けた。
まだだれともシたことがなかった祐基もとろけた顔で「うれしい」「きもちいい」「すき」と繰り返していた。その甘い声が耳を撫でるたびに熱が上がっていく。
比喩ではない。まさにエンジンを吹かしているような熱さだ。触れているところから祐基がやけどしてしまうのではと怖かった。
あれからもう数日経っている。こんなにも気待ちが変わってしまうとは、仕事を押し付けられたときは考えもしなかった。セックスはまだ一回だけだが、キスの回数は増えている。
症状の対処としてでもウィルの熱を下げるためでもなく、恋人みたいな甘い口づけだ。目が合えばすぐ顔が近づく。祐基が嬉しそうに、でも恥ずかしそうにしているのがかわいくてまた唇をあわせたくなる。
「あ、っぶね!」
ハンドルの制御が一瞬きかなくなった。握っていた手が膨張し、鎧がボコボコと生えた気がしてとっさに離したせいだ。慌てて対応したが、冷汗が背中に噴き出す。
どうやら思い出すだけでも、ウィルの体は反応してしまうらしい。気を取り直してバイクを発進させた。
骨もギリギリと興奮した様子で鳴りだす。落ち着け、と言い聞かせてスピードを少しあげた。
彼らが結んだパートナー関係は違う意味を持った。恋人と過ごす生活は甘さも幸福も増している。しかしそれが問題だった。
(日に日に抑えが間に合わなくなってるな。怪獣になる夢、ほとんど毎日見ている気がする。体が自分の意思を離れてどんどん鎧の肌に変化して、人間を、祐基を傷つけていく。最後はひとりになるんだ……)
近くのコンビニの駐車場にバイクを停めた。ヘルメットを脱ぐと夜風が汗を拭ってくる。買ってきた栄養ドリンクを飲んでバイクに寄りかかった。煌々と足元を照らす光に引き寄せられた虫が、電灯にぶつかっている。
恋愛関係になることは禁止されていない。むしろデータが欲しいから自由にしろと報告したときに言われた。呆れたが、たしかにどんな些細な物でも治療のための資料になるかもしれない。
彼との関係は自分で望んで得たものだ。
けれど、代償のようなものがウィルの体を襲ってくる。愛しいという気持ちと触れ合いは、確実に宿主を乗っ取ろうとしていた。
(このまま続けたら、俺は、どうなってしまうんだろう。万が一のときはきっと周りがどうにかする。それはわかってる。あの子がどんなに嫌がっても、本部は対応するはずだ)
それまでにも何度か怪獣が襲ってくる幻覚、自分自身が災厄になる夢は見てきた。けれどそれは怪獣を倒したときだけだった。それが祐基と初めて寝たあとにもかすめた。
思い出してしまったことでまた熱がぶり返す。振り払うために頭を横に振る。
ふとスマホの画面が光った。確認してみれば祐基から連絡が来ていた。
『そろそろ寂しくなるから帰ってきて』
いじらしいメッセージに頬がゆるむ。不安も懸念も考えたって答えは出ない。だったら、いまはまだ大事な人に愛を注いだ方が良い。ヘルメットをかぶり直した。トーク画面を開き、通話ボタンをタップした。
「いまから帰るよ。そうだ、コンビニにいるから何か買って帰ろうか」
『だったらアイス食べたい。チョコミントね。オーバー』
「ラジャー。では、アルファ1、任務にあたります。オーバー」
ついでにごみを捨てていこう。そう思ってビンを握った瞬間、グッと過剰に力が入って割れてしまった。
「うわ、っと。間違えた……?」
バラバラになったガラスが足元に散らばった。しかし欠片のひとつが指の隙間からウィルの顔に飛んでいたらしく、つ、と頬から血が垂れる。
赤と青が混じった、紫色の血だった。




