楽しみだったのに
そのあとは祐基の希望通り軽食を買い、湖の周りを軽く散歩した。波もなく静かな水面に緑の木々が反射している。思っていたよりも人が少なく、すれ違うのは犬を連れてきた家族くらいだった。
平和な光景に自然と気持ちがリラックスしていく。この場所を選んだのは激しい戦闘から逃れ、ゆとりが欲しかったのかもしれない。
(良かった。これなら祐基の体調を心配する必要はないな)
深呼吸をして清らかな空気を肺に送り込む。久しぶりに体の中が冷たくなっていく感覚にウィルも癒された。
湖面に浮いているボートに祐基が興味を示している。乗ろうか迷ったが、ただ不安を払拭できなかったのでやめておいた。その代わりに手軽に遊べるアナログゲームを鞄の中に入れている。
少し長めに歩き、テーブルと屋根が付いた木の形を模したガゼボが空いていたのでちょうどいいと座った。奥まったところにひっそりとあるおかげで日陰になっていて涼しく、向こう岸のテーマパークの建物も見える。
「疲れてないか? はぁ、それにしても久しぶりにゆっくり歩いた気がする。ここのところ怪獣対応で働き詰めだったからな」
「自分がゆっくりしたかったんだ。平気だよ、スムージーおいしいし、ミートボールの食感が普段食べてるのと全然違う。ちょっと固い? でもおいしい」
「楽しそうでなによりだ。ドーナツの方も食べるか。たしかエディブルフラワーがついてるんだっけ」
紙袋から取り出したウィルに、祐基はハッとして待ったをかけた。急いでスマホを取り出すとはしゃいだ様子でシャッター音を鳴らす。
呆気にとられていると、携帯を回転させて写真を見せてきた。ドーナツを頬張ろうとしているウィルが映っていた。口を開け、横目でカメラを見ている自分はなんとも気が抜けた顔をしている。
あれ、とその写真を凝視する。
こんなに油断して隙だらけな男がこの世のどこにいるんだ。しかもこいつは怪獣退治でジェノサイダーと呼ばれた軍人だ。驚きが隠せず、好物を手から落としそうになり慌てて握ってしまった。そのせいでクリームが飛び出す。
「せっかくだから写真撮っておいてあげました。うわっ、なにしてるんだよ、もったいない」
「いや、プロとしてもうちょっと緊張感を持たないといけないなと自覚した……。もったいないし、クリームなめとくか。あ、うまい」
その瞬間、またシャッター音が鳴る。今度は連続だ。ウィルは祐基の手を掴んでやめさせた。
まるで恋人同士のようなやり取りが気まずい。そういう関係ではないと自覚しているのに、握った彼の手の感触に骨の熱があがってくる。
ゾク、と骨が疼いた。唾を飲み込む。ぱっと手を離して、熱を落ち着かせるために薄く息を吐いた。
「恥ずかしいからやめてくれ! ったく、ろくなことしないんだから」
「だってウィルがかっこいいから撮りたくなるんだよ。ふふ、よく撮れてるだろ」
「本当だ。上手なもんだ。俺が撮ってもこうはならないな。祐基には写真の才能があるのかも」
「え? 才能だなんて、大げさすぎ。だれでも撮れるよ」
「どうかな。っと、ほら見てみろよ。ぜんぜん違う」
「ウィルが下手なだけだって。それに、被写体がいいんだ。だってよく言うじゃん、好きな人を撮るときは気持ちが乗るものなんだよ」
ギク、と胸が跳ねる。祐基は勢いをつけてドーナツを食べきると、口の端にクリームをつけたままそっぽを向いた。恥ずかしさを誤魔化すためだったようだ。なにせ耳が真っ赤に染まっているのが日陰なのにわかる。
まずい、とウィルはとっさに視線をそらそうとしたが、失敗に終わった。目が祐基のクリームに固定されたまま動かなくなる。
風のせいで湖が波立ったのは耳が音を拾ったから気づいた。そして綺麗だった方の手が祐基の顔へと伸びていた。
「ウィ、んっ、!」
力任せに顎をこちらへ向ける。身を少し乗り出して、祐基の口に自分の口を当てていた。少し開いた彼の口の中に舌を忍ばせれば、目が猫みたいに大きくなった。
逃げようとした彼の舌を絡めとる。甘い香りがする。
ちゅ、ちゅ、と鳴るたびに祐基の肩が縮こまった。熱いものが流れてくる感覚は錯覚だ。実際にはしないのに、骨が餌をもらって喜んでいる気がする。壁に青い光が反射したのか明るくなった。
ずる、と舌を抜いて体を離した。呼吸を荒くした祐基が目を濡らして見つめてくる。いきなりキスをされたことに理解が追い付かないのだろう。
ウィルも戸惑いを持ったまま祐基の顎を軽く撫でてから自分の顔に手を当てた。
(だめだ。だめだだめだ、さっきは抑えられただろ! いま、どうしてもかわいくて仕方なくなった、愛しいって、違う、これはきっと骨が暴走して、)
考えたところで無駄だった。言い訳にしか聞こえず、どんどん墓穴にハマっていく。避けようとするから本意が浮き彫りになっていく。そうするとすべての点が繋がっていく。
ここのところ熱が下がらないのも、会いたいと早く帰りたくなるのも、抱きしめたくなるのも、すべてはある気持ちから込みあがってきた欲求だった。
冗談じゃない! いまの今まで感じたことのなかった好意がはっきりと形になっている。動揺で指先が震えた。
「ど、どうしちゃったんだよ。俺は嬉しいけど、でも舌は、その、恋人にするみたいなやつ……」
その通りだ。伸びてきた祐基の指が、ウィルの腕の光っている線を優しくなぞった。ゾクゾクと今度は背筋に震えが走る。不安そうなパートナーの顔にまた欲が込みあがってくる。胸が締め付けられて痛みすら感じ始めた。
否定するのすらもはやわずらわしい。




