ドーナツが好きだって言ったじゃん
ウィルは普段バイクで移動しているから車を持つ機会がなかった。運転自体は仕事で行っているから問題ないが、近い位置の助手席にパートナーを乗せていると任務に赴くのとは違った緊張感がある。
途中でサービスエリアによりつつ、順調に高速を飛ばす。昼頃に着く予定なのだが、二時間ほどかかる計算だったので朝は早かった。
コーヒーで眠気を覚ましながら、横で嬉しそうにあんぱんを頬張る祐基をチラ見した。ドーナツを知ってからは甘いものを好むようになった。新作の情報を仕入れてきては買いに行くこともある。
祐基はこだわりが強い。というよりも完璧主義に近い。これは彼が家庭で受けてきた仕打ちによるものだとは理解している。
そのせいで〝完璧でなければならない〟というプレッシャーがエネルギーを過剰に流動させストレスを生む。しかし決してすべてが悪手ではなかった。
ウィルが大雑把なおかげで、彼のこだわりがプラスに働いている。部屋の片付けだったり、料理も最近はやるようになった。役目を得ているという満足感が安定にもつながっているのだろう。
車は一路日本にあるフィンランドの森を目指す。平日だから道が空いており、予定よりは早く着けそうだ。
「あとでワークショップも予約しよっか。夕方くらいには出るけど、それまでのんびり過ごそう」
「天気がよくてよかったねー」とのんきな返事が飛んでくる。すでにだいぶリラックスしているのにウィルも安堵した。
道路の上には青空が続いている。サングラスのせいで少し暗いが、十分晴れているからこそ着けているわけで、今日は平均よりも気温が高いと天気予報は言っていた。
駐車場に車を停め、外に出ればすでに空気が違っていた。祐基も背伸びをし、息を吸い込むと「おおっ」と感嘆の声をあげた。
「緑の匂いがする。木ってこんなに匂い強いんだ。早く湖の方行こうよ」
先に歩き出したから、ウィルもサングラスを取りながら祐基のあとを追いかけた。入口からすぐ坂道になっていたが、木が覆い被さるように屋根になっておりオーナメントが飾られている。
なんだか懐かしい気持ちになった。日本とは思えない光景に自然と胸が弾む。祖父の家もこんな森の中にあったのをふいに思い出し、郷愁を感じたおかげだろうか。
長い坂道を上がると建物と湖が見えてくる。湖の前には夏至のために設置されたツリーがあった。もうそんな季節だっけかと驚嘆しつつ、スマホで地図を確認する。
「でかい湖~! なんか空気も綺麗な気がする。都会ってごみごみしてるんだなぁ。呼吸が気持ちいいっ」
「こら、まずは飯だってば。お、テラス席が空いてる」
ご機嫌な祐基はいまにもふらふらとどこかに行ってしまいそうだ。背中に羽でも生えているのかと心配になってくる。危なっかしい姿にたまらず手を掴んでいた。
そのまま握れば、祐基の頬が薄くピンク色に染まった。ためらった間の後に指が絡まる。とっさのわりに恋人繋ぎになっていたのにウィルも気づき、「いや、」と言い訳しそうになった。けれどこの子がナンパされる方が困る。突飛な考え方だけれど、万が一に備えるのは軍人の務めだ。
といってもレストランで注文するために手は簡単に解けた。
ハンバーグランチを頼んでテラス席に運び、湖を眺めながら堪能する。
トマトのソースは酸味もあるが、肉の油と相性が良くうまい。付け合わせのボイルされた野菜も甘味が強く、これもまた肉のうまさに相乗効果をもたらした。それに小食の祐基にはぴったりな量だったようだ。ウィルにはさすがに物足りなかった。
場内マップを広げていた祐基が、ウィルの食いっぷりを見てふむと鼻を鳴らした。
「本当にいくらでも入る胃袋ですこと。ここのサンドイッチがおいしいんだって。それにミートボール串ってのもある。これは俺も食べてみたい。あ!」
「ど、どうした⁉」
「ドーナツだよドーナツ! 見て、ほら売ってる!」
「あー、生ドーナツね……。食べたいんだ?」
ため息交じりに訊けば、祐基がぎょっと目を丸くした。どうやらドーナツならなんでも食うと認識していたらしい。スイーツとしてはいいが、生は邪道だ。デコピンをしてコーヒーをすすった。
「でも俺は気になる。スムージーも飲みたいなぁ」
「はいはい、経費で落とすので好きなだけどうぞ。食べられる量にしておくんだぞ」
「俺とのデートって経費なの⁉ いままでのも全部申請してたってこと?」
「そうだよ」とうなずいてハンバーグを食べきった。気に入らない発言だったのか祐基がめいっぱい眉間にしわを寄せる。しかし湖から吹いてきた柔らかい風に髪を撫でられ、肩をすくめていた。




