いい変化だよ、きっと
ウィルは苦笑して床がきれいになったか確認すると、腕を差し出した。祐基が触れると筋にそって青く光る。
二人は『共鳴』と呼んでいるが、どういう仕組みで起こっているかは調査中だった。専門家たちにもわからないそうだ。
「祐基の中にある状態だとカイジュウニウムはエネルギーだ。血液と同じく循環している。流動体なんだが、宿主が強い拒絶を覚えると変異して、微粒子になり体外に放出される。咳くらいならせいぜい中型級ができる程度。でもキャリアが死にかけたらそのストレスは通常とは比にならない。エネルギーが暴走するって感じだな」
「そのエネルギーの塊が怪獣たちの骨になるんだよね」
「さすが先生。しかも加工がしやすい! いまは俺たちが骨格として代用しているが実用試験みたいなもんでさ、うまく研究が進めば医療用にできるんじゃないかって期待されてる。でもこんな反応は想定していなかったな。光るとなると目立つね」
肌を撫でていた祐基の手が止まる。光も収まった。祐基の顔を覗き込んでみたがすぐにそらされる。
「役に立つかもしれないんだったら早く実用化してほしい。そのために怪獣を吐き出すのは勘弁したいけど、もしかして今後牧場みたいなところにつながれて……」
「祐基、そういう妄想はもうしない約束だろ。残念ながら怪獣症を根本から撲滅する方法がないんだ。だからせめて人類の役に立てようとしてるんだよ。こうして人の体に用いても拒否反応が出ないところまで来ているし、俺たちは問題なく動かせてる。ただ力加減を間違えると大変なことになっちまうが、あはは」
「笑い事じゃないじゃん! だから素手で引きちぎったりあんな軽装でも戦えるってこと?」
「もはやどっちが怪獣かわからないときがあるくらいにはな」
「え?」と祐基が顔を上げる。ウィルは手を握ったり開いたりしてから、眉間にしわを寄せた。葛藤がにじみ出たパートナーに祐基も思わず唾を飲んだ。
「衝動に任せてしまうんだ。骨が熱くなって、血がたぎって、あいつらを木っ端にするまで収まらない。最近は終わった後もなかなか冷めなくて」
言葉を止めた。こちらを心配そうに見ている祐基の腕をひっぱり抱きしめれば、よみがえってきた熱が急激に落ち着いていく。胸の内で謝りながら、彼の背に回した腕に力を入れた。
肌を押しつけると少し汗の匂いがする。吸い込みたくて知らずのうちに彼を強く締め付けていた。
「い、痛い、さっき力加減の話聞いたからちょっと怖いっ」
「俺は骨と相性が良すぎるらしくって、いずれ怪獣になるかもしれない」
「な、なにそれ。なるわけじゃん」
「そういう夢をたまに見るんだよ。怪獣たちの血を浴びすぎたとき、骨が内側から俺を怪獣に変えてしまうんだ。それでみんなをむちゃくちゃに傷つけちまう。俺は人間だって思い出さないといけないのに、一人じゃどうしようもできなくなる──……」
親からたっぷりと愛情を注がれて育ってきたウィルにとって、自己否定は苦痛だった。なにが本当の自分なのか境界線があいまいになっていく。渦巻いている渇望がなにを欲しているのかは知っていた。
それを否定するために鍛錬に打ち込んでも不意に暴発する。まさしく今の状況のようにだ。
うぃる、と舌足らずに祐基が名前を呼んできた。ゾクゾクと背中に嫌な衝撃が駆け抜け、慌てて彼を解放した。でなければまた衝動に従うところだった。
「ごめん、思ってたより疲れてたみたいだ。早く寝ようかな」
「一緒に寝てるんだから、たまに寝苦しそうにしてるのは気づいてる」
「げっ」と口がひきつる。「そうだった。きみが安定するから、それだけは許したんだった」
「しんどくなったら好きなものを思い浮かべろと教えてくれたのもあなただよ。ドーナツは? バイクも、海も、落ち着かない?」
「ありがとう。俺のはメンタルから来るものじゃないから難しいね。でもきみを抱きしめるとなだらかになるんだ。わかってるよ、抱き着くのはよくない行為だって、きみの気持ちを知ってるからこそ。罪悪感が沸くものだし」
「ウィル、」
「そういえば祐基こそ落ち着かないのか? 俺のことを思い出してくれてるんだろ」
「まさか、逆効果に決まってるじゃん。だからこんなことになってるんだ。バカ。脳筋。デストロイヤー」
「なら意味がないよ……。ほかに好きなものはできたのか?」
うーん、と祐基が首をかしげる。しかし特に思いつかなかったのか、失笑して手を広げた。降参を示しているのだろうが、ウィルは眉を下げてため息を吐いた。
「参ったな、俺がパートナーじゃなくなったらどうするつもりだ?」
「その可能性もあるの? い、嫌だ。ウィルのままがいいに決まってる。断固拒否です。大型怪獣生み出して抵抗してやる」
「物騒なのはやめてくれ! 怪獣を脅しに使うんじゃない! はぁ、マンションからたまにしか出ないのもよくないかな。ん?」
リビングに入って机に手を置いたとき、紙の感触が指先に当たった。チラシだ。普段なら読んだりしないのだが、一面に載っている綺麗な風景の写真を見るために広げた。祐基も手元を覗き込んでくる。
「そういえば海に行って以来遠出はしてなかったね。せっかくだから今度の休みに日帰りでどこか行かないか?」
「デートのお誘いだ」
「最近また変な雑誌を読んでるだろ? 電子書籍の購入履歴、見えてるぞ」
「だったら俺が行きたいところ当ててみて」
うれしそうに祐基はウィルの二の腕に絡みつくと、キラキラと目を輝かせる。行きたい場所なんかないと暗い目をしていたときと大違いだ。
一か月でここまで変えられたのは素直に喜ばしかった。実年齢より少し幼い反応をすることもあったが、じょじょに年相応になっていくだろう。
「テーマパークはまだ早い。人が多いところはストレスがかかるからだめ。そうだなぁ」
タブレットを手に取り、祐基が買っている雑誌の履歴を確認してみた。デートスポット特集ばかりだ。変なものを読むよりは百倍マシなので咎めることはないけれど、少々露骨で吹き出しそうになる。
しかし水族館や動物園といった定番のところは指摘した通り人がひしめき合っている可能性が高い。たとえ平日に行ったとしても、祐基の症状が出たときの危険性が払拭できない。
そうなるとなるべく敷地が広く、自然が豊かな場所がいい。都心から離れたら選択肢が増えるし、レンタカーを借りるのも悪くない。電車は避けよう。
適当に開いた旅行雑誌をパラパラとスワイプしていると、ちょうど条件に合致した場所を見つけた。北欧をイメージした屋外型施設だ。派手なものは一切ないが、のどかな景色の写真に心が惹かれた。
「よし、ここがいいな。湖畔でゆっくり過ごすんだ。おいしそうなものもたくさんあるし、きっと癒されるよ」
「なんていうか、ウィルは水辺が好きなんだね。俺は一緒に行けるなら海でも山でもいいけど。フィンランドかぁ」
祐基も興味を持ってくれたようで安心した。端の方にテーマパークもあるが、そっちは今回は行かないことでプランは落ち着いた。




