殲滅主義
青い血が空に向かって勢いよく噴き出した。大型の怪獣はアニメに出てきそうな、砕けた岩が張り付いた姿で優に三メートルほどある。
だがたったいま特殊部隊のエージェントたちにより鎮静された。
首元に立ったウィルがなんとかつけた傷に爆弾をぶち込み、首から先が吹っ飛んだのだ。だから青い雨が周囲一帯を染めていく。
支えにしていた銛に掴まったまま、ウィルは確実に仕留めたか確認する。えぐれた首元からは頑丈な鉄に似た骨が飛び出している。今回は無事に回収できそうだ。こんなバカでかいものを切り刻めるとはさすがに考えてはいない。
ドク、ドク、と激しく脈打つ心臓を落ち着かせるために胸元を撫でた。しかしまったくいうことを聞く様子はなく困った。無線にかかってきた呼びかけに応えたいのに熱くなった骨がきつくてまともに返事ができそうにない。
一瞬目の前に怪獣どもが叫びとともに押し寄せてきた気がして、顔を腕で覆う。
「ハ、ハァッ、消えろ!」
ヘルメットを乱雑に脱ぎ捨てて汗を拭う。ここ最近幻聴と錯覚がひどくなってきている。
(骨に内側から食われそうだ……。熱さで内臓が溶けてもおかしくないな)
短く息を吐き、ようやく怪獣の死骸から降りる。鈴木たちもウィルの衝動の悪化を察しているのか、心配そうに駆け寄ってきた。
適当に手でいなしてやろうとしても、ビキ、とひきつってすかさず掴んでいた。
「メンテナンスが必要そうか?」と鈴木が肩を叩いてくる。それで少し緊張が解れてくれた。女性隊員も近づいてきて肩にのしかかってくる。重い、とニ人を振り払えばからかうために笑われた。
「このまま帰ったらパートナーがケガしかねないよ。どう? うまくいってるの?」
「まだミンチにはなってないな。俺よりずっと頭の出来もいいし、病気になったのがもったいないよ」
「でも家庭環境がよくなかったそうじゃない。ちらっと話は聞いたけどひどいものだった。きっかけはどうあれ絶縁できて幸運かもよ」
「みんな知ってるのか⁉ だれがうわさを流したんだよ。プライベートだろ、祐基がかわいそうだ」
「嫌がってたわりには懐いたもんだ。お前んとこにそんな子が来たのも運命かもなぁ」
「運命……」
呟いて神妙な顔になったウィルに隊員たちがぎょっとした。いつもへらへらと犬みたいに笑う柔和なレックスがそんな顔をするなんて、と視線が言ってくる。
それらを無視して後処理班に怪獣を託し、ウィルは急いで帰りたい気持ちに駆られるままスーツを着替えに戻った。
気持を知ったことでウィルの中でも少なからず変化は生まれている。もっと自分は拒絶するかと思っていたが、病にむしばまれている祐基を助けたい気持ちの方が勝った。
そしてウィルもまた似たような状態に陥っていた。
いまは早く祐基に会いたい。彼を抱きしめると高ぶった熱が落ち着くからだ。そうしなければ、自分で冷ますことももう難しくなってきている。
「祐基の好きなもの、俺なんだよな」
だれもいないところで呟いてみる。あの海での告白から一か月が過ぎた。好きなものを見つけようと提案したのはウィル自身だが、まさかその対象が自分になるとは考えていなかった。
告白をしてきた祐基もあれからその話を再度持ちかけてくることはなかった。キスだのなんだの執拗に迫ってくるのもやめ、性格もだいぶ穏やかになりつつある。
いまは罹患した子供たちの家庭教師をやっている。マンションにはほかにも患者たちが住んでおり、中には家族で引っ越してきた子らもいた。祐基先生は子供たちからの評判もよく、エリートとして最高峰の教育を受けてきた彼には合っていたらしい。
充実した生活は青年を癒し、素直に笑った顔はとてもかわいらしく感じることだってある。健康に過ごせるようウィルもあれこれ考えるのが楽しかった。
けれど症状を安定させるにはまだ課題が多い。ウィルと過ごしているうちは薬でも抑制できるのだが、出動してきた帰りには廊下が真っ青になっていることもあった。
一人になると不安と恐怖が抑えられなくなるらしい。飛び散った青色を拭うために買ってきたモップも随分と使い込んできた。バケツの扱いも手慣れたものだ。
最初はひどく怯えながら「ごめんなさい」と繰り返していた。家を汚したこと、咳が耐えられなかった自責で余計に怪獣を生み出してしまっていた。超小型級で済んでいるのは彼が頑張って抗おうとしている証拠だ。それでも辛いのだろう。
一朝一夕でどうにかなる病気ではないにしろ、苦しそうな彼を見るのは胸が締め付けられる。
だからウィルは帰ってきてまずは祐基を抱きしめることにしていた。背中を優しく撫で、強張りが溶けたらさらにぎゅううっと力を込めてから解放する。その後はたくさん話をする。祐基の気がまぎれるまで付き合う。
今日も玄関を開ければ飛び散った血が鮮やかに壁も床も彩っていた。震えている祐基の体に抱き着いて「大丈夫だ」と耳元で囁いた。
「またやっちゃった……。いなくなったら急に不安が抑えられなくって……」
「いいんだ。それよりベビーを自分で対処できてるんだからそっちの方がすごいよ。もっと鍛えたらチームの一員になってほしいくらいだ。まぁ、いまの武器はこのモップだな。アルファ1、現着しました。至急清掃に入ります」
「うぅ、冗談きついって。ねえ、そういえばベビーとかチャイルドとか、呼び方に基準があるんだね」
「あくまで部隊の専門用語だけどな。祐基が潰してる超小型のがベビー、小型がチャイルド、一メートル越えのものが中型でティーン、大型はアダルト。患者はキャリア」
「ウィルが今日倒してきたのはアダルト? 大型が出たってニュースになってた」
「そう」とうなずいてモップを絞る。
「危なかったよ。アダルトが出るということは、患者が瀕死状態になっているんだ。G、M、KKチーム合同で対処に当たる。今回はなんとか間に合ったからよかった」
「つまり、俺が本当に死のうとしたらあの大きい怪獣が出てきてたんだ。人間よりもでかい物が生まれるって、カイジュウニウムって一体どれだけすごいんだよ」




