元カレ・ドーナツ・甘辛
買い物も一通り終え、ようやくドーナツの前にたどり着いた。ショーケースに並んでいる丸い輪っかはどれもかわいらしく、色とりどりにあふれていた。アメリカから来たというドーナツは祐基の想像よりも倍ほど大きかった。
おののいている祐基の様子にウィルはにやにやしながら列に並ぶ。
「どうだ。すごいだろ」
「カロリーばっかりだ。これとか俺の顔より大きいし」
「気になるのはあった? まずプレーンと、グレイズド、チョコ、オールドファッションは絶対だろ。ストロベリーも欲しいな。キャラメルビスケットも買っておくか。限定だし。飲み物はコーヒーとシェイク、あとフルーツジュースも」
「ま、待って! 多すぎ、そんなに食べられない!」
「俺が食べるから平気平気。全部一口ずつ試してみよう。気にいったのがあれば全部食べてもいいし、待てよ。小さいやつが入ってるのもあるのか。うわーミニサイズでかわいいな。ドーナツの赤ちゃんだ。祐基のはこれにしようか。シェイクはどれがいい? 俺はチョコかなー」
「え? えっと、その、バニラ。ていうかはしゃぎすぎだろ……。このあと海に行くつもりなんだよな」
「シェイクはすぐ飲まないと溶けるね。歩きっぱなしだったし休憩してから向かおう。よし、注文してくるからイートインの席取っておいてくれ。大変だ! サクラなんて絶対日本限定だろ、買わないと!」
そう言うとウィルはなんの惜しげもなく手をぱっと離して店員に注文を始めてしまった。一体いくつのドーナツが選ばれたのか数えるのも恐ろしい。
しかし止められるわけもないので言われた通りに席を見つけて腰を下ろす。思ったよりも足に疲労が溜まっていたらしく、座った瞬間に全身の力が抜けていった。
注文中のウィルを眺める。背が高いウィルは少し屈んでいる。あそこだけ見ていると日本とは思えない。それに店員は頬を染めているし、ウィルは特に気にせずとんでもない量のドーナツを頼んでいるようだ。店員が大きな箱の説明をし始めた。
笑顔で数回うなずき、伝票とシェイクをもらうとこちらに駆け寄ってくる。しっぽをぶんぶん振っているゴールデンレトリバーみたいに似ていた。
「こういうの飲んだことはある?」
目の前にホイップクリームたっぷりの白いシェイクが置かれる。恐る恐る一口飲んでみれば、甘さに脳が痺れそうになった。
「うわっ。みんなこんなの飲んでるの? どう考えても糖分が多すぎるし、飲み物じゃなくてスイーツだ」
「これにポテトをつけながら食べるのがまた最高なんだよ。さっき朝に言ってたやつ、なんだっけ」
「背徳。健康を害する。胃がひっくり返りそう」
「刺激的な体験ってことだ。はは、いろいろ食べさせてみたくなるなぁ。ベーコンジャムとか」
「なにそれ……」
聞いただけで耳がざわざわする。撫でながらシェイクを少しずつすすっていると、二人に近寄る人影があった。線の細い青年だ。ウィルの肩を軽く叩こうとしていた手が素早く弾かれる。
「相変わらず隙がないんだから」と青年は苦笑した。その声を聞きウィルの顔が強張った。ゆっくりと振り向くと、間を開けてから手を振った。
「──久しぶりだな、ハル。買い物?」
「うん。なんだ、もう新しいヒトができたんだ。フったときは泣きついてきてたのに」
「違うよ。仕事の話だからあまり詳しくは言えない」
「へぇ、でもレックスのタイプにばっちりあってる。綺麗系の黒髪男子が好きだもんね」
挑発するような言い方に祐基の方にも緊張感が漂ってきた。彼は自分の青く染めた髪を指ですき、目を細める。わざとらしい仕草に祐基はぎょっと驚いた。
そして二人の間にある微妙な遠慮のなさや会話からこいつが元カレか、と察する。
「この人と付き合うの大変だよ。なんでもやろうとしてくるし、変に気使ってくるし。それに頑固だからきかないんだ。俺はそれに疲れちゃったから別れたんだけど、まだそんな感じ?」
(なんでそんな話を俺にしてくるんだ。関係ないくせに)
視線をきつくすれば、いたずらっぽく口角を上げてきた。
「もっと未練たらたらかと思ったけど、次に進んでくれててよかった。今度俺の彼氏紹介していい?」
「い、嫌だよ。何の必要があるんだ。もう新しい彼氏いるのかよ……」
「気が合いそうだと思って。そう、残念」
ウィルの方を確認すれば胃の辺りを押さえている。おそらくストレスがかかっているのだろう。こんなところで再会したうえに痛いところをつかれて、あげくの提案ならだれだって胃が痛くなりそうだ。
殴ってやりたい気持ちで祐基の手に力が入る。別れている男がいたとしても、楽しそうにしているところに横やりを入れてくるなんて趣味が悪い。
ウィルを助けるために思考を巡らせるが慣れていないせいで対処法が思いつかず、固まった。
しかし店員が伝票に書かれた番号を呼んだのでチャンスだと祐基は勢いをつけて立ち上がった。体の中が冷えるのも構わずシェイクを一気に飲み、元カレに空になったものを押し付ける。
「立ってるなら捨てておいてください。俺たちこれから海に行くんで。デート中だからちょっかいかけてこないでくれます?」
「あれ、やっぱりそうなんじゃん」
「祐基!」
そのままウィルの腕を掴んで立ち上がらせると受け取りの方へ向かう。ノベルティの大きいオレンジ色の袋を受け取ればずっしりと肩にドーナツがのしかかった。
「いまは俺のパートナーなんだから、情けない姿見せないで。がっかりする。ウィルはかっこいいんだし、もっとシャンとしなよ」
「す、すみません。気をつけます。いまかっこいいって、ちょっ、祐基、顔が真っ赤だぞ。なんだ俺のことちゃんとかっこいいと思ってたんだ」
「振られたときに泣いてたって聞いたらそんなでもなくなった!」
バシンと肩を重いきり叩けば、ウィルは全身の力が抜けていったのかいつもの柔和な表情に戻った。思わず安堵の息がもれそうになったが、悔しいので口を尖らせて飲み込む。
さっきはまだ早計だと考えるのをやめたのに、元恋人が現れて親し気にしてくれたおかげで勘違いとは言えなくなった。
彼に対して浮かんでいた欲望も感情も、これが恋というやつらしい。
なんてことだ。初めてできた好きなものは彼だ。




