おでかけしましょう
初めて乗ったバイクは想像以上に早かった。ヘルメットという制限された視界からはうまく外を見ていられなくて、祐基はウィルの腰にしがみつく。
風を切るなんていうが、気持ちいいとかそういう感情は浮かばなくてがっかりした。
でもウィルの大きな背中にくっついていると怖さはなかった。きっと乗り慣れているのが背中から伝わってくるからだろう。止まるたびに話しかけてくれる彼の声は弾んでいて、バイクが好きなのもよくわかった。
「走っているときって楽しい? 好きなの?」
純粋に気になって訊いてみれば自信満々にうなずかれて、なぜか祐基も楽しくなった気がした。
大型ビルにたどり着き、プチプラの店で食器を見繕う。なんでもいいと言ったらうさぎのお茶碗が籠の中に入っていた。コップと、箸とカトラリー、薬入れに歯ブラシやらなんでもそろう。
品ぞろえの多さは情報量の多さにもつながり、祐基は目をぐるぐると回しそうになった。
「こういう店も初めて来た。よく場所を覚えられるね」
「通ってると覚えるもんだよ。タオルはちゃんとしたやつにしよう。あと必要なものは、うん、全部そろったかな」
「この中にいるだけで気が狂いそう。早く出たい」
「わーっ、吐きそうだったら言ってくれ! 下の階に雑貨屋があるからそこだけ行かせて!」
「ちょっと休憩させてほしいけど、ここから出られるなら何でもいい……」
先に店から出て、会計を素早く済ませたウィルにいきなり手をつながれた。大きな手にぎゅっと握られて祐基が飛びあがる。
まるで猫が驚いたときのようだ。
振り払うわけにもいかず、固まってその手を眺めた。冷えていた肌がウィルの体温で急激に温められていく。
「体調が悪いんだよな。抱えるわけにもいかないだろ。倒れそうになってもこれなら支えられるし、あっ、嫌なら離すよ」
「別にそこまでじゃないから、大丈夫なので、その」
このまま指を絡めて良いのか迷った。離されるのは惜しいと思ったのだ。
平日なのもあって店の中は人が少ない。恥ずかしいが、ウィルの手の感触は安心する。どうやら触れられると共鳴が発生するのか心地よくなる。それを説明するべきかもわからず、結局勢いで握り返していた。
「たしかに倒れたら困るし、握ったままでいいです」
「わかった。さっさと終わらせてドーナツタイムにしような」
「どれだけ楽しみなんだよ。買い物も好き?」
「好きだよ。俺は好きなものがたくさんあるんだ。大丈夫、そうやって少しずつ興味を持ってくれたら嬉しいから」
ウィルは目じりをさげて、祐基の手を指で撫でる。胸がきゅっと締まり、わずかに息苦しさを覚えた。まるで自分が特別扱いされているみたいだ。周りから見たら自分たちはどう見えるのだろう。
そんな恥ずかしさが湧くほどウィルは祐基に甘い。
いくら大変な病気を患っているからだとしても、これでは違う意味のパートナーだと思ってしまうほど──、ハッと祐基は首を横に振った。
「どうしてあなたがこんな甲斐甲斐しく優しくしてくれるのか知りたい」
「え? どうしてって」とウィルが言葉を詰まらせる。
「同情。仕事だから。それはわかってるけど、それにしたってこんな親身になる必要はないと思います」
「優しくするのは当然だ。仕事だがお互いいつまで一緒にいるかわからないんだから、居心地がいい方がいいだろ」
だが祐基は見逃さなかった。ウィルの目が動揺で揺れたのも、こちらを見ずに答えたことも、すぐに違和感だとわかった。それほどまで彼は祐基にいつも目を合わせていた。
まっすぐこちらを見つめている。それに気づいた瞬間、ぶわっと熱が全身に回った。
人とまっすぐ目を合わせながら話したことも考えてみればそんなにしてこなかった。ウィルの目がヘーゼル色なのもずっと見ているから覚えられていた。わ、と心臓を押さえそうになったのを寸前で堪えた。
あのホットミルクの甘い温かさと一緒だ。ドキドキと早くなり始めた脈で全身に血がめぐる。
つながれている手から熱が伝わったらどうしようと手へと視線を落とした。けれど祐基の熱よりも先に男らしく骨ばった手に汗がにじんだ。へ、と祐基は顔を上げる。緑色の目はまだ床を見ていた。
自信に満ちていた彼の目が少し曇っている。優しいと言われたら嬉しいものだと思っていたのに、どうやらウィルは違うらしい。
「指摘されるほど変だったかな」
「ウィル?」
「いや、なんでもない。……ごめん、性分なんだ。加減がわからなくなる」
「つまりだれに対してもそんな風に優しくするんだ」
「だれに対してもはしないよ。きみは俺のパートナーだから、きちんと向き合うべきだ」
「…………ふぅん」
む、と祐基はしかめ面になった。その反応にウィルはさらに動揺を強くしてややぁっと祐基の顔を覗き込んできた。やっと目線が合ったのにいまはむかむかと苛立ちが生まれた。
「な、なんか怒ってません?」
「いいえ。早く次の買いに行きますよ」
「敬語はやめてくれ! 今朝みたいなのは苦手だし、きみの症状にも良くないんだから。ちゃんと話そう、嫌なら変えるよ。軍隊式がいいならそうする。厳しくするのは苦手だけど頑張るから!」
そういうのが勘違いしそうになるのだ。痴話げんかじゃあるまいし、人が少ない時間だったおかげで注目は集まらずに済んだ。冷汗を掻きながら謝ってくるウィルに溜飲が下がり、祐基のむかつきは収まっていた。
「あなたは好きでもない相手にキスできるんだ。恋人ごっこみたいでちょっとどうかなって思っただけ。もっと普通に接してくれないと勘違いしそうだよ。それともこれを続けたら抱いてくれるの?」
「いや、ごめん。それはない。そのつもりもなかった。こんなんだから俺は振られるんだよ」
「ちっ、言わなきゃよかった。お詫びにキスしてくれてもいいですよ」
「症状は?」
「出てない。むしろすごく安定してる」
「だったら優しくするのは正解だな」
ぐい、と引っ張ってエスカレーターを降りる。苛立ちの代わりに込みあがってきた羞恥心でしばらく振り向かずに先を歩き続けた。
気を抜くと口から悪態が飛び出そうだ。さっきから脈の速さもイライラむかむかも恥ずかしさも全部〝ある感情〟から湧き上がっていると祐基は気づき始めている。
最初にウィルを見たあのときからどうやら芽生えていたらしい。まさかたった三日間で、彼と触れ合ったことでぐんぐんと成長しただなんて信じられない。
(壊してもらいたいからだと思ってたけど、それすら〝これ〟のせいだったのかも。やっぱりむかつく。こんないろいろな感情が浮かぶの慣れてない! 頭がおかしくなりそうだ。つまり、これが好きってこと……、だめだ、そんな簡単に物事を決めつけちゃいけない)
うわーっと叫びそうになる気持ちを唾と一緒に飲み込んだ。深呼吸をしていたら店に着いてしまったのでウィルの方へさすがに顔を向けた。
「うん?」と首を傾げたウィルの周りに星が散った。恋人だったらこういうときにスキンシップが取れるのかな、いやいやと祐基は思いっきり眉間にしわを寄せる。
ふと、かすかに触れている手の肌の奥の光がいっそう強くなっている気がした。自分の中に湧いた熱に反応して光っているように感じた。




