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『灰色の戦線』  作者: 釣鐘銅鑼


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7/20

第七話 鉄と炎の回廊

 兵士は未来のために戦う。


 そう言う者もいる。


 国家のため。


 故郷のため。


 家族のため。


 平和のため。


 様々な理由が語られる。


 だが最前線にいる兵士たちにとって、それは少し違った。


 彼らが戦う理由はもっと単純だ。


 隣にいる仲間を生かすため。


 それだけだった。



 第七小隊は夜の灰色地帯を進んでいた。


 燃え続ける前線基地を後方へ残し、目指すのは旧鉄道トンネル。


 共和国軍後方補給路へ繋がる重要拠点だった。


 もし敵機甲部隊に突破されれば、後方の防衛線は大混乱に陥る。


 補給路が絶たれれば前線は崩壊する。


 そして崩壊した前線はさらに多くの死者を生む。


 それを防ぐために第七小隊は派遣された。


 戦車を止めるために。


 たった数人の歩兵が。


 無謀だった。


 それでも誰も口には出さなかった。


 戦争では無謀な任務の方が多い。


 今さらだった。


 月明かりはない。


 空は厚い雲に覆われている。


 砲撃で舞い上がった灰が風に乗り、夜の世界をさらに暗くしていた。


 瓦礫だらけの道路を進みながら、カイはポケットへ手を入れる。


 木彫りの鳥。


 ノアから渡されたお守りだった。


 指先で触れる。


 不思議と少しだけ心が落ち着いた。


「緊張してるな」


 隣からミラの声が聞こえる。


 カイは苦笑した。


「分かりますか」


「顔に出てる」


 相変わらず容赦がない。


 だがその言葉にはどこか親しみも混じっていた。


 初めて会った頃なら、こんな会話すらなかっただろう。


 戦場は人を変える。


 それは悪い方向だけではなかった。


 生き残った者同士には奇妙な連帯感が生まれる。


 同じ地獄を見た者だけが理解できる感情だった。



 旧鉄道トンネルへ到着したのは深夜を回った頃だった。


 山岳地帯を貫く巨大なトンネル。


 かつて貨物列車が走っていた場所だ。


 今は補給路として使われている。


 内部は暗く、湿気が多い。


 冷たい空気が流れていた。


 レオは地図を確認しながら周囲を見渡す。


 そして短く言った。


「ここで迎え撃つ」


 工兵隊が爆薬を設置し始める。


 崩落用の爆薬だ。


 起爆できればトンネル全体を塞げる。


 だが準備には時間が必要だった。


 その時間を稼ぐのが第七小隊の仕事だった。


 カイたちは防衛位置へ散開する。


 射線を確認する。


 弾薬を点検する。


 静かな時間だった。


 だからこそ不気味だった。


 敵はまだ見えない。


 だが確実に近付いている。


 その事実だけが空気を重くしていた。


 やがて。


 地面が震え始める。


 最初は微かだった。


 だが次第に大きくなる。


 規則的な振動。


 重い鉄の足音。


 戦車だった。


 複数。


 確実にこちらへ向かっている。


「来たぞ」


 ミラが双眼鏡を下ろす。


 その声に誰も返事をしない。


 全員が既に理解していた。


 戦いが始まる。



 敵は予想以上だった。


 先頭に戦車。


 その後ろに装甲車。


 さらに歩兵。


 かなり大規模な部隊だった。


 共和国軍の混乱に乗じて一気に突破するつもりなのだろう。


 合理的な判断だった。


 そして最悪だった。


「引き付けろ」


 レオが言う。


 誰も発砲しない。


 敵との距離はまだ三百メートル以上ある。


 今撃てば位置が露見するだけだ。


 二百五十。


 二百。


 百五十。


 敵は進む。


 止まらない。


 百。


 そして。


「撃て!」


 夜が裂けた。


 銃声。


 機関銃。


 爆発。


 無数の火線が闇を切り裂く。


 先頭の歩兵が倒れる。


 続く兵士も崩れる。


 敵部隊が混乱する。


 だが戦車は止まらない。


 巨大な鉄の塊が前進を続ける。


 その砲塔がゆっくりこちらを向いた。


 嫌な予感が走る。


「伏せろ!」


 レオの怒声。


 直後。


 砲撃。


 轟音。


 世界が揺れる。


 カイのいた陣地が吹き飛んだ。


 土嚢が消し飛ぶ。


 瓦礫が飛び散る。


 耳鳴り。


 土煙。


 視界が真っ白になる。


 戦車砲だった。


 歩兵用火器とは比べ物にならない。


 圧倒的な暴力だった。


 カイは必死に身を起こす。


 呼吸が苦しい。


 肺へ土が入った気がする。


 咳き込む。


 だが休んでいる暇はない。


 敵は来る。


 止まらない。


 戦車の後ろから歩兵が雪崩れ込んでくる。


 まるで鉄の津波だった。



 戦況は徐々に悪化していた。


 人数差が大きすぎる。


 第七小隊は善戦していた。


 だが限界が近い。


 弾薬も減っている。


 負傷者も出始めていた。


 その時だった。


「エリク!」


 誰かが叫ぶ。


 カイが振り向く。


 衛生兵が倒れていた。


 脚を撃たれている。


 血が流れていた。


 それでもエリクは負傷兵へ手を伸ばしている。


 自分の傷より他人の命。


 馬鹿だった。


 本当に。


 だがそれがエリクだった。


「動くな!」


 カイは駆け寄る。


 肩を貸す。


 後方へ運ぶ。


 敵弾が飛ぶ。


 近い。


 何発も。


 死神がすぐ隣を歩いている気分だった。


「悪いな」


 エリクが苦笑する。


 顔色が悪い。


 大量出血だった。


「喋るな」


「無理だ」


 エリクは小さく笑った。


「衛生兵はな」


 血の付いた手で地面を押さえる。


「最後まで元気な振りをするんだよ」


 冗談にもならなかった。


 カイは必死に止血する。


 だが血は止まらない。


 嫌な予感がする。


 非常に嫌な予感が。



 その時だった。


 工兵隊から連絡が入る。


「爆薬設置完了!」


 全員の表情が変わる。


 希望だった。


 ようやく終わる。


 この地獄を止められる。


 だが。


 敵もそれを察した。


 戦車が一斉に加速する。


 歩兵が突撃する。


 トンネルへ。


 爆破地点へ。


「止めろ!」


 レオが叫ぶ。


 ミラが撃つ。


 一人。


 二人。


 三人。


 敵兵が倒れる。


 だが足りない。


 数が多すぎる。


 そして。


 一人の帝国兵が爆薬設置地点へ飛び込んだ。


 誰もが凍り付く。


 爆薬を解除される。


 そう思った。


 だが。


 その兵士は違った。


 起爆装置へ手榴弾を投げた。


 自爆覚悟だった。


 起爆装置が吹き飛ぶ。


 工兵が倒れる。


 全員の顔色が変わった。


 終わった。


 そう思った。


 その瞬間。


 一発の銃声が響く。


 帝国兵の頭部が砕け散る。


 ミラだった。


 そして。


 別の影が飛び出す。


 レオだった。


 炎と銃弾の中を駆ける。


 起爆装置へ向かう。


 敵兵が撃つ。


 弾が飛ぶ。


 それでも止まらない。


 まるで死神に喧嘩を売るような走りだった。


 そして。


 レオは起爆スイッチを押した。



 山が揺れた。


 世界が揺れた。


 轟音。


 崩落。


 爆発。


 巨大なトンネルが内側から崩壊する。


 岩盤が落ちる。


 鉄骨が折れる。


 戦車が飲み込まれる。


 歩兵が消える。


 土煙が空を覆う。


 全てが終わった。


 敵進軍路は完全に塞がれた。


 第七小隊は勝った。


 任務は成功した。


 だが。


 代償は小さくなかった。


 血塗れのエリク。


 疲弊した仲間たち。


 そして。


 崩落するトンネルの前で立ち尽くすレオの背中。


 その背中はいつもより少しだけ大きく見えた。


 英雄ではない。


 歴史に名を残す偉人でもない。


 ただ仲間を生かすために走った一人の兵士。


 その姿が。


 カイの目には誰よりも格好良く見えた。

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