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『灰色の戦線』  作者: 釣鐘銅鑼


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第六話 燃える夜、砕ける日常

戦争は進化する。


 人を殺すために。


 より効率的に。


 より安価に。


 より大量に。


 かつて兵士は兵士と向き合って戦った。


 塹壕の向こうに敵がいて、互いに引き金を引いた。


 だが時代は変わった。


 今や人間は後方に座り、何百キロも離れた場所から死を送り込む。


 機械が空を飛び。


 機械が標的を探し。


 機械が人を殺す。


 その夜、第七小隊は新しい戦争の形を目の当たりにしていた。


 夜空を埋め尽くす無数の自爆ドローン。


 それはまるで機械仕掛けの蝗害だった。


 黒い群れが灰色の空を覆い尽くし、共和国軍前線基地へ降り注いでいる。


 爆発。


 爆発。


 爆発。


 視界の至る所で火柱が上がった。


 倉庫が吹き飛ぶ。


 車両が炎上する。


 見張り塔が崩れる。


 逃げ遅れた兵士が爆炎に飲み込まれる。


 断末魔の悲鳴すら爆発音に掻き消されていく。


 カイは崩れた壁の陰へ飛び込みながら空を見上げた。


 まるで悪夢だった。


 敵兵の姿は見えない。


 なのに味方だけが死んでいく。


 訓練でドローン攻撃の存在は教わっていた。


 だが実際に目の当たりにするのは初めてだった。


 恐怖の質が違う。


 銃撃戦なら相手が見える。


 砲撃なら着弾地点が分かる。


 だがドローンは違う。


 どこから飛んでくるか分からない。


 いつ狙われるか分からない。


 空そのものが敵になったような感覚だった。


「呆けるな!」


 レオの怒声が飛ぶ。


 その声で我に返った。


 小隊長は既に指揮を執っていた。


 燃え盛る陣地の中央。


 瓦礫の上に立ちながら次々と命令を飛ばしている。


「ミラ!」


「分かってる!」


 狙撃手は即座に動いた。


 狙撃銃ではない。


 携行式対空ライフル。


 本来は軽装甲車両用の武器だ。


 それを無理やり対空兵器として使う。


 空を旋回するドローンへ照準を合わせる。


 発砲。


 轟音。


 一機。


 夜空で火球が弾けた。


 続いて二機目。


 三機目。


 相変わらず恐ろしい腕前だった。


 だが数が違う。


 撃墜しても撃墜しても新しいドローンが飛来する。


 まるで終わりが見えない。


「エリク!」


「負傷者の回収中だ!」


 衛生兵の怒鳴り声が返る。


 既に白衣は血で染まっていた。


 医療バッグを抱え、爆発の中を走り回っている。


 正気の沙汰ではない。


 だが彼は止まらない。


 味方がいる限り。


 助けを求める声がある限り。


 衛生兵は走り続ける。


 それがエリク・ハーンという男だった。


 カイもライフルを構える。


 しかし何を狙えばいいのか分からない。


 ドローンは速い。


 小さい。


 夜の闇に紛れている。


 ようやく一機を捉えた。


 照準。


 発砲。


 外れる。


 再び発砲。


 今度は当たった。


 機体が火を噴きながら落下する。


 だが安心する暇はなかった。


「伏せろ!」


 誰かの叫び。


 反射的に飛び込む。


 直後、頭上で爆発が起きた。


 熱風が身体を叩く。


 鼓膜が軋む。


 視界が白く染まる。


 数秒後。


 ようやく耳鳴りの中で現実を取り戻した。


 近い。


 あと数メートルずれていたら死んでいた。


 カイは震える手を握り締める。


 戦争に慣れたと思っていた。


 だが違う。


 死への恐怖は消えない。


 消えたら終わりだ。


 そうレオも言っていた。



 襲撃は二十分以上続いた。


 永遠にも思える時間だった。


 やがてドローンの数が減り始める。


 最後の一機が夜空で爆散した時、ようやく静寂が戻った。


 いや。


 正確には静寂ではなかった。


 火災の音。


 負傷者の呻き声。


 燃え続ける建物の崩落音。


 地獄の残響が残っている。


 それでも攻撃は終わった。


 誰もがそう思った。


 だが戦争は甘くない。


 レオだけは違った。


 彼は空ではなく遠方を見ていた。


 夜の闇の向こう。


 灰色地帯の彼方。


 その視線の意味に気付いた瞬間、カイの背筋が凍る。


「……まさか」


 レオが吐き捨てる。


「本命が来るぞ」


 全員の顔色が変わった。


 ドローン攻撃は陽動。


 敵の狙いは別にある。


 その時だった。


 地面が震えた。


 小さく。


 だが確かに。


 そして再び。


 さらに大きく。


 遠くから重低音が聞こえる。


 鉄の塊が大地を踏み締める音。


 履帯。


 機甲部隊。


 敵戦車だった。


 地平線の向こうから複数の黒い影が現れる。


 炎上する前線基地を照らしながら前進してくる。


 共和国軍陣地は今まさに混乱の真っ只中だ。


 弾薬庫は損傷。


 通信設備も半壊。


 負傷者多数。


 最悪のタイミングだった。


「敵機甲部隊確認!」


 見張り兵が叫ぶ。


「戦車六! 装甲車多数!」


 誰かが絶望したように息を飲んだ。


 歩兵だけならまだ戦える。


 だが戦車は違う。


 まともな対戦車兵器も残っていない。


 ドローン攻撃で多くが破壊されたのだ。


 レオは一瞬だけ目を閉じる。


 そして決断した。


「第七小隊集合」


 声は落ち着いていた。


 だからこそ全員が集まる。


 ミラ。


 エリク。


 カイ。


 残った兵士たち。


 皆疲弊していた。


 それでも立っている。


「ここは終わりだ」


 誰も反論しない。


 事実だった。


「だが後方へ敵を通すわけにもいかない」


 レオは地図を広げる。


 そして一点を指差した。


「旧鉄道トンネル」


 カイも場所を確認する。


 数キロ先。


 山岳地帯へ続く補給路。


「ここを爆破する」


 全員が理解した。


 トンネルを崩落させる。


 敵機甲部隊の進軍を止める。


 成功すれば時間を稼げる。


 失敗すれば。


 考えるまでもなかった。


 ミラが静かに言う。


「敵も当然狙ってくる」


「ああ」


 レオは頷く。


「だから先に着く」


 無茶な作戦だった。


 だが他に方法がない。


 前線ではよくあることだった。


 最善策ではなく。


 残った選択肢の中で一番マシなものを選ぶ。


 それが戦争だった。



 出発準備が始まる。


 燃え続ける基地。


 負傷者の搬送。


 撤退する部隊。


 混乱する前線。


 その中でカイは一度だけ振り返った。


 仮設陣地。


 崩れた学校。


 ノアがいる場所。


 無事だろうか。


 心配だった。


 すると後方から声が聞こえる。


「カイ」


 振り向く。


 ノアだった。


 避難部隊に守られながら立っている。


 小さな手を握り締めていた。


 不安そうな顔。


 だが泣いてはいない。


 少女も少しずつ強くなっているのだろう。


「また行くの?」


 カイは頷く。


 嘘はつけなかった。


 ノアはしばらく黙る。


 そして懐から何かを取り出した。


 小さな木彫りだった。


 鳥の形をしている。


 雑な作りだが、大切に持っていたことだけは分かる。


「お守り」


 少女は言う。


「返してね」


 カイは木彫りを受け取る。


 温かかった。


 小さな手の温もりが残っている。


 戦場には似合わないほど優しい温もりだった。


 カイはそれをポケットへしまう。


 そして小さく笑った。


「必ず」


 その約束がどれほど重いものなのか。


 今の彼はまだ知らない。


 だが戦争は。


 必ず代償を求める。


 それがどれほど残酷な形であろうとも。

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