表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『灰色の戦線』  作者: 釣鐘銅鑼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/20

第十二話 追撃者たち

戦争には二種類の人間がいる。


 生きるために戦う者。


 そして戦うために生きる者。


 前者は兵士だ。


 後者は怪物だ。


 兵士は戦争が終われば故郷へ帰ろうとする。


 家族の元へ帰ろうとする。


 平和を求める。


 だが怪物は違う。


 戦場こそが居場所であり、戦争こそが存在理由になる。


 血と硝煙の中でしか生きられなくなる。


 そして長い戦争は、時としてそんな怪物を生み出してしまう。



 収容所からの脱出は成功した。


 少なくとも今のところは。


 第七小隊と救出した捕虜たちは夜の廃墟地帯を移動していた。


 だが誰も安堵していない。


 敵地のど真ん中だからだ。


 しかも連れているのは疲弊した捕虜たち。


 走れない者もいる。


 負傷者もいる。


 帝国軍が本気で追撃を開始すれば逃げ切れる保証はなかった。


 先頭を歩くレオは無言だった。


 周囲を警戒している。


 進路を確認している。


 次の判断を考えている。


 いつも以上に険しい表情だった。


 それも当然だろう。


 命令違反。


 敵地潜入。


 捕虜救出。


 状況だけ見れば軍法会議ものだった。


 成功しても問題になる。


 失敗すれば全滅する。


 最悪の綱渡りだった。



 カイはルークの隣を歩いていた。


 ノアの兄。


 敵地で発見した少年。


 今は共和国軍の上着を借りている。


 捕虜服のままでは目立ちすぎるからだ。


 だが顔色は悪い。


 長期間の拘束生活で体力が極端に落ちている。


 歩くだけでも辛そうだった。


「大丈夫か」


 カイが聞く。


 ルークは苦笑した。


「情けないな」


 声が掠れている。


「昔はもっと走れたんだけど」


 無理に笑っているのが分かる。


 カイは何も言わなかった。


 励ましの言葉が見つからなかった。


 代わりにポケットから水筒を差し出す。


 ルークは少し驚いた顔をした。


 そして受け取る。


「ありがとう」


 短い言葉だった。


 だがその声には確かな感情があった。



 しばらく沈黙が続いた。


 夜風が吹く。


 崩れたビル群の隙間を抜ける風は冷たかった。


 遠くでは砲声が響いている。


 戦争は今も続いている。


 自分たちとは関係なく。


 何事もなかったかのように。


「ノアは元気か」


 不意にルークが聞いた。


 カイは頷く。


「元気だ」


 本当だった。


 戦場にいる子供としては信じられないほど。


「君を探してた」


 ルークは黙る。


 しばらく空を見上げる。


 やがて小さく笑った。


「そうか」


 その声は震えていた。


 泣いているわけではない。


 だが感情を抑えているのは分かった。


「生きててよかった」


 ぽつりと呟く。


 それだけだった。


 だがその言葉には一年以上積み重なった想いが詰まっていた。


 家族。


 故郷。


 失われた日常。


 戦争が奪った全て。


 その中で唯一残った希望。


 ノアだった。



 夜明け前。


 一行は廃工場跡へ到着した。


 休憩地点だった。


 このまま歩き続ければ全員が潰れる。


 短時間でも休息が必要だった。


 捕虜たちはその場へ座り込む。


 疲労は限界だった。


 無理もない。


 収容所生活の後に夜通し移動しているのだ。


 カイも壁にもたれかかった。


 身体が重い。


 瞼も重い。


 少しでも気を抜けば眠ってしまいそうだった。


 その時だった。


 ミラが戻ってくる。


 偵察へ出ていたのだ。


 だが表情が良くない。


 嫌な予感がした。


「追ってきてる」


 短く言う。


 全員の顔色が変わる。


 レオが立ち上がる。


「規模は」


「多い」


 ミラは即答した。


「最低でも二個中隊」


 空気が凍る。


 二個中隊。


 およそ二百人規模。


 こちらは捕虜込みで三十人程度。


 勝負にならない。


 普通なら逃げるしかない。


 だが問題は別にあった。


「妙なんだ」


 ミラは続ける。


「追い方が上手すぎる」


 レオの眉が僅かに動く。


「足跡を消しても追ってくる」


「犬か」


「違う」


 ミラは首を振った。


「もっと嫌な感じだ」


 その言葉に全員が黙る。


 ミラの勘はよく当たる。


 戦場では特に。



 その頃。


 数キロ後方。


 帝国軍追撃部隊は静かに前進していた。


 兵士たちは緊張している。


 だがその中心にいる男だけは違った。


 軍服は整っている。


 泥一つ付いていない。


 銀縁の眼鏡。


 整った顔立ち。


 年齢は三十代前半。


 帝国軍少佐。


 名前はアルベルト・ヴォルフ。


 戦場では有名な男だった。


 優秀だからではない。


 危険だからだ。


 彼は兵士を駒として扱う。


 敵も味方も関係ない。


 勝つためなら何でもする。


 民間人の犠牲も。


 友軍の損耗も。


 全て計算に含める。


 そして何より。


 異常なほど執念深かった。


「面白い」


 アルベルトは地図を眺めながら呟く。


「捕虜救出とは」


 口元が歪む。


 笑っているのだ。


「共和国軍にもまだ人間が残っていたらしい」


 周囲の副官たちは何も言わない。


 言えない。


 この男を知っているからだ。


 アルベルトは獲物を追う時だけ機嫌が良くなる。


 そしてその時が最も危険だった。


「見つけろ」


 静かな声だった。


 だが兵士たちは背筋を伸ばす。


「一人残らず」


 その命令に迷いはなかった。



 朝日が昇り始める。


 灰色地帯の空が薄く明るくなっていく。


 その光景を見ながらカイは胸騒ぎを覚えていた。


 嫌な予感だった。


 理由は分からない。


 だが何かが近付いている。


 そんな感覚が離れない。


 そしてその予感は正しかった。


 数分後。


 前方警戒に出ていた偵察兵が転がるように戻ってくる。


 顔面蒼白だった。


「敵だ!」


 叫ぶ。


「もう来た!」


 誰もが息を呑む。


 早すぎる。


 あり得ない。


 だが現実だった。


 そして。


 遠くから銃声が響く。


 追撃部隊が接触したのだ。


 逃走劇は終わる。


 ここから始まるのは。


 生き残るための戦いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ