【後日譚5話あとがき】あの頃のアッスントとエナ
――行商ギルド四十~四十二区担当支部(四十区)
アッスント「…………ふぅ。今、帰りましたよ」
エナ「お帰りなさい、アッスントさん。……あら? どうされたんですか、酷い汗ですよ?」
アッスント「えぇ……まぁ…………今日はちょっと、彼に会ってきましてね」
エナ「彼…………というと、ヨシュア・レイフォードさんですか?」
アッスント「誰ですか!?」
エナ「『冗談はヨシュア・レフォード!』で、お馴染みの、ヨシュア・レイフォードさんです」
アッスント「すみませんが、お馴染みではないですねぇ」
エナ「アッスントさん、おっくれってるぅ~♪」
アッスント「なんですか、そのノリは……?」
エナ「ラグジュアリーに集まるお嬢様たちの間で流行っているそうですよ」
アッスント「……エナ。もう少し歳相応の言動を……」
エナ「あら? 私はいつまでもアッスントさんに『可愛い』って思われていたいですよ? ダメですか?」
アッスント「ダメ……では、ないですが………………はぁ……君には勝てません」
エナ「……というお話をしている間に、タオルを取ってきておきましたよ。使ってください」
アッスント「いつ取りに行ったんですか!? ずっと話してましたよね!?」
エナ「うふふ……謎が女を美しくするんですよ?」
アッスント「おそらくですが、『謎』の向かうベクトルが違う気がします」
――アッスント、汗を拭く
アッスント「ありがとう。少し落ち着いたよ」
エナ「アッスントさん」
アッスント「……ん?」
エナ「こんなことを言うと、アッスントさんは怒るかもしれませんが、実は私は、その『彼』に感謝をしているんです」
アッスント「……感謝?」
エナ「はい。この支部に来てからずっと……それはもう、ずっとずっと、アッスントさんは寝る間も惜しんでお仕事をされていましたね」
アッスント「…………あぁ。君にも、迷惑をかけたね」
エナ「いいえ。それはいいんです。ただ……もしあのままの生活が続いたら、アッスントさんはいつかきっと壊れていたと思うんです」
アッスント「……そう、かも……しれませんね」
エナ「それを止めてくれた『彼』に、私は、愛する夫を持つ妻として、感謝しているんですよ」
アッスント「…………そう、ですか」
エナ「あ、ヤキモチですか?」
アッスント「いいえ。そうではなくて……」
エナ「ぷくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
アッスント「エナ? エナ!? 膨らみ過ぎです! ほっぺたが破裂しますよ!? あぁ、もう! 妬きました! 少しジェラシーを感じましたから!」
エナ「えへへ~、ですね」
アッスント「…………まったく」
エナ「でも、アッスントさん。『彼』とはもう和解したはずなのに、『彼』に会う前は凄く緊張して、会って帰ってくると今みたいにぐったりしてますよね?」
アッスント「それは…………おそらく、私が完全に負けてしまったから、でしょうね」
エナ「怖い……の、ですか?」
アッスント「…………ある意味では。ですが、根本は違います」
エナ「では、なぜ?」
アッスント「私は…………私自身が、『彼には敵わない』と悟っていることに、恐怖しているのかもしれません」
エナ「諦めてしまった、ですか?」
アッスント「…………彼に会う時は、――以前のわだかまりもありますし――なるべく笑顔を心がけようとしているんです。それこそ、おかしくもないのに、へらへらと、ね……」
エナ「まぁ。それはアッスントさんらしくないですね」
アッスント「自分でもそう思います。……彼の方は、もうすっかり私に気兼ねなどなく、素顔で接しているというのに……」
エナ「一枚上手なんですね」
アッスント「……百枚くらい、かもしれません」
エナ「そんなに上にいられると、目を見てお話するだけで首が痛くなりますね」
アッスント「……見上げられれば、ですけどね。今の私は、きっと彼から、彼が向けてくる素直な視線から目を逸らしているんです。笑顔を作って、聞いているフリをして、耳を塞ぎ目を閉じている……」
エナ「……鼻は、全開ですのにね」
アッスント「…………余計なことは言わなくていいです」
エナ「そこが、アッスントさんのいいところですよ?」
アッスント「それは、まったく嬉しくないですね」
エナ「要するに、アッスントさんは『彼』が怖いのではなく、『彼には絶対勝てないのではないかと思い始めている自分』が怖いのですね?」
アッスント「…………そう、なのかも、しれないですね。いや、言われるまでそんなこと、考えたこともなかったですが…………そんな気がします」
エナ「では、アッスントさん。ご提案があります」
アッスント「なんでしょうか?」
エナ「お引っ越しをしましょう。四十二区へ」
アッスント「ふぁっ!?」
エナ「強敵の懐に潜り込んで、逃げ場のない状態で徹底的に向かい合うのです!」
アッスント「いや、しかし……そんな簡単には……仕事もありますし」
エナ「苦手な取引相手がいる状態で、いいお仕事が出来るとは思いませんが?」
アッスント「うっ…………君は、私が一番突かれたくない場所をピンポイントで突いてきますよね」
エナ「妻ですから」
アッスント「しかし……そうですか。四十二区に引っ越し…………彼のお膝元に…………ふふふ、面白いかもしれませんね」
エナ「はい。毎日コテンパンに打ちのめされて、その度に私に泣き言を漏らしてください。そうすれば、私は毎回アッスントさんに元気を分けてあげます。そうやって、二人で『彼に負けてしまいそうなアッスントさん』に打ち勝ちましょう」
アッスント「エナ…………」
エナ「はい。なんですか?」
アッスント「…………いや、なんでもない」
エナ「言いかけたことは、きちんと言葉にしてください」
アッスント「だが…………いや、まぁ、たまにはいいか…………」
エナ「なんですか?」
アッスント「…………君と結婚して、よかったと思います」
エナ「小間使いさーん! 全員集合してくださーい!」
アッスント「ちょっ!? エナ! 間髪入れずに暴走するのはやめてくださいっ!」
エナ「私の言ったとおりだったですよね? 『彼』に負けてからアッスントさんは昔の優しいアッスントさんに戻りつつあるって、私言いましたよね!? それで四十二区に引っ越せば、きっと新婚の頃のように毎日お話してイチャイチャ出来るかもって計画も話しましたよねー!?」
アッスント「エナ!? 君は小間使いたちにそんな話を………………って、そんな企てをしていたんですかっ!? それで四十二区に!?」
エナ「小間使いさん、今すぐ馬車を! 四十二区へ物件を見に行ってきます!」
アッスント「ちょっと、待ちなさい、エナ! 小間使いじゃなく、私と話してください! エナァー!」




