気づくと少年を助けていた
荒れ果てた草原の中で、俺は放心して座っていた。かつて自分の家があった場所をぼんやりと見つめ、先ほど天使と交わした内容を反芻していた。あれほど活気あふれていた村も、今は人の気配一つない。ふと視線を動かすと、普段母さんが愛用していた黄色いハンカチが瓦礫に引っかかり、ひらひらと舞っていた。もうここには何もない、自分が愛した家族も、村も。自分自身さえも消失してしまったかのようだった。
「こりゃひどいなぁ。
おーーい!!!こっちもだめだ。一体何が起きたっていうんだよ・・・」
爆発からしばらくして、近隣から人が集まっていた。爆発の被害状況を確認し、救助活動をしていた。しかし、いまだに生存者は発見できず、救助は難航していた。
隣村からは、卸先の店主やタク爺さんも訪れて、俺を気遣ってくれた。しかし何を話したのかは全く覚えていない。それどころか、放っておいてくれないことに対する怒りが込み上げてきた。
夜になると、俺を残し、村からはだれもいなくなった。すでに涙は枯れ果てて、感情がなくなっていた。俺はひとりでに歩き出した。このまま村に残っても、再び強烈な悲しみが込み上げてくるだけなので、一刻も早く村から離れたかった。
「静かにしろ!!
ったく、ただでさえこんな薄気味悪い森を抜けようってのに、魔物なんかと出くわしたら最悪だ。」
「だがよ、今回は収穫なかったな。
希少種のガキなんか見つかればよかったが」
「だな。とりあえずさっさと市場に売りにいこうぜ」
二人の男は薄暗い森の中で馬車を引いていた。馬車は天幕で覆われ、外からは何が入っているのかわからない。ただ時折、小さな呻き声が聞こえるだけだった。
「ん?・・・・おい!あれ見ろよ」
「あぁん?魔物か?」
「わからん。動きが鈍いな、人か?」
「あれは・・・・・」
俺は村を出て、あてもなく放浪していた。いつの間にか森に入っていたらしく、あちこちから鳥の声が聞こえ、夜になると不気味な鳴き声や、ひゅうひゅうという気持ち悪い風の音が聞こえていた。途中、中型の魔物と出くわすことがあったが、返り討ちにしてやった。もちろん武器はない。目を抉り、内臓を引き裂く。すると、どんな魔物もぴくりとも動かなくなった。
「おい!あいつ人間だぞ!」
「ほんとうか?全身血だらけだぞ」
「13、14くらいか。まあ、悪くはないか」
「ああいった年頃の男を欲しがるやつも少なくない。
よし!連れて行くぞ」
どうやら話し声が聞こえる。だが、そんなことはどうでもいい。俺は足を止めずに歩き続ける。しかし、男たちが近くにやってきて、俺の手と足に鎖を繋いだ。抵抗する気もなかったし、空腹で動ける状態ではなかった。俺はされるがままに、男たちに連行された。
ここは朱雀京都という大都市の中にある大市場である。さまざまな店や商人、観光客たちで昼夜賑わっている。そんな市場の隅に、分厚い首輪を繋がれた少年少女が並んでいた。俺もその1人である。時々裕福そうな人が来ては、自分の顔をまじまじと見てくる。何人かはすぐに連れていかれてしまった。どれも10歳にも満たないような子供である。
「あらごきげんよう。
今日の品揃えはどうかしら。」
「いや、どうもどうも奥様。
いつもお買い上げありがとうございます。
本日の目玉商品は売れてしまいましたが、こいつなんてどうでしょう。」
「ふむ・・・・・」
「もともと結構な金持ちの出身でしてね、
礼儀作法も心得ているので、使用人にぴったりですぜい」
「そうねぇ・・・・・
この子は?」
「あぁ、こいつはたまたま森で拾ったんですがねぇ、
聞いても答えようとしない不良品ですよ。
家族を亡くして彷徨っていたんでしょう。
顔は悪くないのでこうして並べていますがね。」
「いいわね、ではこれと、さっきの子を頂戴」
「へい!かしこまりました。」
俺ともう1人の少年は、男にどつかれ、婦人の後について行く。これから別の場所へ向かうらしい。
「まったく悪趣味な醜女だぜ。
かわいそうなガキどもだ・・・・」
化粧が厚い貴族の婦人に連れられ、俺は屋敷へと向かっていた。
「うふふ・・・・・
そろそろ入れ替えをしようと思っていたのだけど、
いい商品が手に入ったわ。」
俺たちを買った婦人は上機嫌で馬車に乗っている。俺たちは重い足を引きずりながら、馬車の隣を歩く。森で男たちと遭遇してから、もう何日も何も食べていない。歩くのがやっとである。このまま倒れてしまうのもいいか、そうすればこの苦痛から解放されるかもしれない、そんなことを考える。
しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。自分の集落ほどの大きさであり、いかに婦人が裕福なのかが分かる。屋敷に行けば食料をもらえるのだろうか、俺はこの後何が起こるのか、全く理解していなかった。
「奥様、おかえりなさいませ。」
中から黒い衣装でぴちっと決めた紳士が出てきた。
「ただいま。早速湯浴みにするわ」
「えぇ、準備は整っています。」
「お前たちはこっちだ」
粛然とした態度の紳士に連れられてきたのは使用人部屋のようだ。俺ともう1人連れてこられた少年は、その男が纏っているものよりも高価そうな衣装を渡された。
「お前たちはこれから、使用人用の浴室へ向かい体をきれいにする。
そのあとは奥様のお相手だ。」
「・・・・・・・」
「ここでは返事をしない者に与えるものは何もない」
「・・・・・なにか、食べるものをもらえますか?」
俺は男に尋ねると、男は小さく咳払いをしてから、
「体を洗ったらこの部屋で待つように。
部屋に食事を置いておくからそれを食べるといい。
服を汚すなよ。」
男は軽くあしらうように言った。
「・・・・・・はい」
体を洗って部屋に戻ると、パン2つと牛乳が2つ置かれていた。俺はすぐに飛びついて平らげた。少年は手をつけずに啜り泣いていた。
「君、名前は何て言うの?」
俺は少年に聞いた。
「・・・・ぼく・・・ぼくは・・・・ぐすん・・・
レオ・・・・ぐす・・・・」
「つらいのは分かるが、なにか食べた方がいいよ。
ほら。」
俺はレオにパンをあげた。レオはパンを受け取ると、泣きながら食べた。時々喉を詰まらせるレオに牛乳を渡し、背中を軽くぽんぽんと叩く。大丈夫、大丈夫と優しく語りかけると、レオはさらに涙を流した。
「困ったな。」
レオが落ち着く頃にあの紳士がやってきた。
「鳴き声が廊下まで響いていたぞ。奥様が入浴中だったから良かったものの、もし聞かれていれば犬の餌にされていたところだ。お前たちはあくまで奴隷として連れてこられた。身を弁えるように。今後こういうことはないようにその子に言い聞かせろ。」
男は呆れたように言い放った。俺はこくん、と頷いた。
俺たちは豪華な寝室へ案内された。カーテンは閉じていて、水晶のように煌めく照明が怪しく室内を照らしていた。言い伝えに聞いたことがある、生贄の間のようだった。
今後何が起ころうとも、俺は動じないだろう。なぜなら失うものは何もないのだから。寧ろ、息をしているだけであの時の光景が蘇ってくるし、誰か自分を殺してくれとさえ思った。
俺たちは室内の中央にある巨大なベッドのそばに立たせられた。それからしばらくして、純白のシルクを羽織った婦人がやってきた。俺は自然と今後の展開を察した。
「さあ、坊やたち。私をベッドに案内して頂戴。」
俺とレオは目を合わせ、そして婦人の手をとりベッドへと案内した。
「今日は特別な日になるわ。
なんせこんなに安く奴隷を入手できたんだもの。
お祝いをしなくちゃね。」
婦人は不敵な笑みを浮かべている。
「さあ、こっちへきなさい。」
婦人は怯えるレオの腕を強引に掴み、ベッドへと引き摺り込もうと力んだ。
「いやぁっ!!!!!!」
レオの嫌がる姿が目の前にある。自分には関係ないと思っていたが、気づくと俺は婦人を押し除けていた。




