運が悪かった
太陽は白金のように照っており、視界を妨げるものは一つとしてない。最寄りの繁華街までは50km以上も離れていて、都会の喧騒とやらも聞こえない。ここは辺境の小さな村である。
「ただいま母さん」
俺は父さんと共に近くの森まで狩りをしてきた。そこではいのししやうさぎが獲れるので、この村の重要な産業の一つだ。
「おかえりロイ。父さんは?」
「血抜きしてから戻るってさ。今日は土鴨だけだったよ」
「お疲れ様。今スープを作っているんだけど、少し食べる?」
「うん、ありがとう。」
「おかえりお兄ちゃん
今日みりちゃんと一緒に遊んだの
お絵描きしてきたんだ〜」
「よしよし、よかったなー。
サキ、レンお兄ちゃんは?」
「しらない。
家の中にいるんじゃない?お兄ちゃん、サキの絵見たい?」
「見たい見たい。先にレンを探してくるからちょっと待っててな〜」
妹のサキから弟の居場所を聞いて、俺は玄関のドアから中へと入った。するとレンはムッスリとした顔つきでそっぽをむいていた。
「(小声で)・・・ぼくも狩りに行きたい。」
レンは小さく呟いた。まだ成人していないレンは狩りへ参加することはない。俺はよくこっそりと森へレンを連れて行き、簡単な狩りをすることがあったが、それでは満足できないらしい。もともと活発で好奇心旺盛なレンは、小さい頃からよく俺の後をついてまわっていた。だから、兄にできて自分ができないということが嫌なんだろう。
「ごめんな〜。悪いけど俺じゃどうしようもできないんだ。
それなら兄ちゃんと一緒にゲームでもしよっか」
「またいつものやつだろ、僕は興味ない。
それといつまでも子供扱いしないでよ」
レンはそう言うと、どこかへ行ってしまった。
家の外では父さんと母さんの話し声が聞こえる。父さんが帰ってきたようだ。俺は連日の狩りで疲労が溜まっていたのか、暖炉のそばで横になるとそのまま眠ってしまった。
目を覚ますと、隣で母さんが編み物をしていた。外はまだ明るいので、うたた寝をしてから1時間も経っていないだろう。俺は外へ出ると、獲物の解体をしている父さんを手伝った。
その晩、獲れたての土鴨を母さんが調理して、それをみんなで囲っていた。レンはあれから姿を見せずにいる。
「レンがまだ帰っていないのよ
ロイ、レンは何か言ってなかった?」
「いつも通り狩りに参加したがっていたよ。
諦めが悪いのはいつものことだよ」
「どうせタク爺さんのところだろ、
あいつは拗ねるといつもそうだ。」
父さんは酒を飲みながら呆れたように言った。
「明日隣町へ行くついでにタク爺さんの家に行ってみるよ。
だからそんなに心配しないでよ母さん」
母さんは不安そうな顔のまま、ありがとうと言って、父さんのお酌をした。
「でも、心配だわ・・・・・」
翌日俺は弟を探すと共に、昨晩捌き終わった獲物を卸すため、隣村へ向かった。ここから近隣の村へは一本道で、危険な獣も少ないので安心できる。レンが通るならこの道だけだと思うけど。
レンが今頃滞在しているであろうタク爺さんの家はそうそう遠くない。彼は1人暮らしの道具職人で、昔は自分もよく通っていた。成人して狩りに出掛けるようになってからはしばらく訪れていない。
半刻ほど歩くと、赤い風車小屋が見えてきた。赤といっても随分と褪せてしまっていて、どちらかというと韓紅に近い。
「おじさんいる?
ロイだけど、肉を卸しにきた。」
一拍置いて、部屋の奥から男がでてきた。頭は禿げ、髭は濃い。顔の皺の様子から五十くらいだろう。
「よう、今日は何を持ち込んできたんだ。
そうだ、その前にちょっと手伝ってくれねえか。実は珍しい薬草を仕入れたんだが、間違えて山菜と一緒にしちまってよぉ。」
肉を卸すだけのつもりが店主に薬草の仕分けまで頼まれてしまった。割増で買い取ってくれると言うので、断りきれなかった。
薬草の仕分けを手伝い終えると、未の刻を過ぎようとしていた。俺は急いでタク爺さんの家へと向かった。
「タク爺さーん。俺、ロイだけど・・・」
部屋の中から返事はない。どこかへ出かけたのだろうか。俺は少し待ってみることにした。
しかし、しばらく経ってもタク爺が現れる様子はない。俺はしぶしぶその場を後にした。レンはもう家へ帰っているだろう、俺も戻ろうかな。そうして帰路についた。
何度も見覚えのある馴染み深い風景が見えてくる頃には、空は紅くなっていた。朝は若草色で満ちていた丘も、朱染めをしたように朱く滲んでいた。夕焼けだから明日は晴れるだろうとか、そんなことを考えて足を進めた。
村の木戸が見えてくると、門の隣に人影が見えた。身長が低いので子供だろう。それは家出から帰ってきた子供のように、バツが悪そうに立っていた。
「レン?」
彼はさっと振り返った。
「・・・・・兄貴」
(ドーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
俺は突然後方へ宙を舞った。キーーンという耳鳴りがして、視界が霞む。頭の処理が追いつかず、しばらくその場で横たわっていた。ぼんやりとした視界の先には先程まであった家も人の気配もすべて消えていて、焼けこげた家の残骸から火が上がっている。
空も丘も、世界がすべて赤く染まってしまったかのようだ。
「ラッキー!君はなんとも幸運な少年だ。
自信を持った方がいい!」
気づくと岩の方から誰かが話しかけてきた。だれだろう、俺は傷ついた体をなんとか起こす。足をぱたぱたとバタつかせ、その人影は俺に話しかけてきた。
先ほどの発言が頭の中で木霊する。俺の中から沸々と、ドス黒い感情が込み上げてきた。
「・・・・・は?」
声が漏れ出した。
「ん?どうしたの??」
「・・・・・どう・・・・したって・・・・?
・・・・・・なんなの・・・・・・お前・・・・・」
「??
あ〜〜、なんでこうなったかってこと?
君には話せないんだよー
(小声で)実は口止めされてるんだ」
それは淡々と話す。その姿に俺は怒りでどうにかなりそうだった。
「お前誰なんだよ。」
なんとか言葉を発する。
「僕はね
天使だよ。
初めて見たって?
天使に会えた君はウルトラッキー少年だ。」
勝手に話を進めているそれを無視して、俺は反射的に地面を蹴った。小型ナイフを握り、その忌々しい喉元へ突きだした。
「いっっっ・・・・・」
手に感じたのは激痛。真っ赤に染まった俺の手を、細い光の線が貫いていた。
(あ〝あ〝ああああああああ!!!!!!!!!)
獣のように悲鳴を上げて、思わず地面に跪いた。
「てめぇ!!!殺してやる!!!!!!!!!
レンを返せ!!!サキを返せ!!!母さんを返せ!!!父さんを返せ!!!!!!!
何も悪いことしてないのに
・・・・・・・・なんでだよ・・・・・・
・・・くそやろう・・・・・・。」
怒り、悲しみが混ざったぐちゃぐちゃの感情で、目が滲む。
それはにこにこと微笑んでいた。その眼は生気が宿っておらず、まるで自分を見ていなかった。
「答えろ・・・・なぜこんなことをした」
「だから言えないんだってー」
それは慌てるフリをしながら大袈裟に答えた。
「でもまあ
君の運が悪かったんだよ
きっと・・・・。」
そう言い放つと、それは勢いよく空へ飛び立った。残されたのはあたり一面の凄惨な光景と、その隙間を流れる穏やかな風だった。




