Box.74 建前
FactorがPlantに奪われてから10日程。世界は目に見えて何かが変わったわけではない。Singularity No.05、漆原燐の死亡は明に暗に報道され、その事件はNo.09、つまりヒカルが後始末を付けたように処理することに決まった。最強を失った箱庭は分かりやすく、代わりの旗手を求めた。ヒカルの性分や苦悩を一顧だにせず。
箱庭は国連の一組織であり、トップは箱庭とは別組織と兼任となっている。理解がない人物ではないが、私-Cosmic Velocity-とSatellite、Plantがそれぞれトップを務める日米欧の箱庭支部を統括する上層部は、皆一般人だ。当然異能者の理解について我々とはやや乖離がある。
彼らは異能者が能力を除けば普通の人間だということを忘れがちだ。異能者は勝ち気であったり、無謀な性格であったりすることも多いが、それはあくまで後天的なものだ。異能者として過ごした生活環境に依るものが大きいことは、能力発現や発見が遅かった者ほど他人と異なる自分に悩み萎縮し、内向的な性格になっていくことから明らかだ。
『燐先生と戦っている時、Factorには意思がある、というようなことを言ってたんです』
旗振り役を押し付けられるようになった、彼——ヒカルは根本的に謙虚を通り越して、自己肯定感が高くないようだ。ここに来る前から、能力と生活の折り合いをどうにかつけられていたことは見事だが、それは自身の能力を恐れ抑制し続けたからだ。だからこそあれだけの能力が、人命を失う前に捕捉できたとも言える。
それを思えば、燐のときなぞ酷いものだった。あいつが面白半分に発電所を破壊して大停電を起こし、私が出向いて半ば拉致監禁したことを考えれば、ありがたい話ではある。
最初からアクセルを踏み続ける燐と対称的に、ブレーキを踏み続けるヒカルが、最強の一角とは恐れ入る。それはこの2年余り、枷を一個ずつ取り払ってきた結果だが、今なお危なっかしい面があることは否めない。叶うならば重圧のない状況で、自身の力と向き合えるように導きたかったのだが。
『…それは、ないわね。死んだ直後から何らの生体反応も示してなかったのは確か』
『まさに、Factor化でもしてるみたいに能力だけ意思なく暴走してる感じよ。なんで朽ち果てないのかな、とは思うけどね』
マイカは私の右腕としてよくやってくれている。ヒカルとは真反対の自己肯定感の塊のような人間だが、持って生まれた一般人としての能力の高さと、自身の能力覚醒で死地から生還した事実がある。それらが有無を言わせぬ絶対の自信になっており、不思議と他人から反感は買われにくい。
橘創玄の孫、という血統も彼女にとってはプラスだ。もう5年もすれば、間違いなく異能者のリーダーとして立つことになるだろう。思想について思わんでも無いが、リブを優先しすぎるきらいがある点を除けば、大筋で許容出来るだろうか。
『Factorじゃなくても、誰かの能力で意識が保存されてたりしないの?』
リブは物怖じしない好感の持てる性格をしている。そのせいで軽い印象を持たれがちだが、本質的には思慮深く、よく物事を考えている。あまり自身を顧みない質だが、これは自身の再生能力への自信の現れなのだろう。
『少なくとも梓は記憶を保存できるんだし、同じ様な能力者がいるかも?』
『でも、記憶と意識は違うからねぇ。ヒカルのとこの猫ちゃんの蘇生と同じわけには行かないでしょう?』
記憶や記録をトレースしても、全く同じ性格、人格にはならないことは目の前のリブ自身が実証している。生まれたときからリブを見ている身としては、どうにも子ども扱いをしてしまう気がするが、それでも今の性格がこれまでのリブの中では最も落ち着いている、と思えるぐらいには違うのだ。
あぁ。いずれの者も、もう少し導く時間が欲しかったものだ。願わくば、せめて…もう3年。……いかんいかん。感傷的になり過ぎている。今は私が向き合わねばならないことをやらねばならない。
「だが、Plantによる簒奪も含めてFactorの計略だったとすればどうだ…?」
『タロー、ダイイングメッセージ的な何かや、そういうのを読み取る能力、ってまで考えると結構キリがないんだけど?』
キリがないというなら我々にとって最悪は何か、を想定しながら動き、都度修正していくしかないだろう。その点マイカは常に最短最良のルートを行こうとしすぎるところはある。
「マイカ、我々にとって最悪とは何だ?」
『んー?最悪…ね。まずFactorが野に放たれて、異能者およびそれによる災害が、指数関数的に増えていくこと…でしょう?』
『それによりFactorは何を得る?』
『…自分の眷属を増やせるわね』
…いや、あいつの狙いはもっと直接的な話だろう。
『…自分を生き返らせる能力者を、発生させる』
『何万人も感染させれば、見付かるのかも』
そうだ。やはりリブは勘が良い。
「リブの言う通りで、私もその可能性を考えているが、どうだ?」
『…その可能性はもちろんゼロではないけどさ。さっきの意識の話じゃないけど、能力が発現したからって、Factorに協力するとは限らないでしょ?今までの被害者が、全部Factorに好意的なはずもないわ』
『誰かと首でもすげ替えるほうが、まだ楽よ。幸い首から上はあるから、ね』
おずおずとヒカルが手を上げる。
『僕は燐先生が、リブを異次元の能力者のように評価してたのが気になるんです。もちろん間違ってはいないんですけど、まるでFactorの後継者かのような言い方で』
『その辺は昔からご執心よね。Plantもシンもね』
『少なくともリブの能力で、誰かを生き返らせることはないわね』
『私も首だけで容器に入って生きてくのは、やだなぁ』
リブの出自は分からないことが多い。分かっているのはリブの母親に親族はおらず、Factorの管轄する部署に勤務していたことぐらいで、母親自身は研究者でもなく、亡くなるまで異能者であることも確認されていなかった。後になって思えば、これほど事後に秘密裏に処理しやすい人物もいなかっただろう。
直ぐに亡くなると思われた彼女の胎内に残された胎児は、不死の能力者だった。救い上げられ、成長しやがて退院するまでの半年間、何度心臓が止まっても生き返るリブの能力に、そこにいた多くの人間が喝采を挙げ、未来を見たことは否定しない。だからこそ、その輪の中にPlantや燐がいたとしても誰も疑問に思わないだろう。Factorがいたとしても、だ。
リブは我々皆が我が子のように見守ってきた子だ。例え父親がFactorであったとしても、彼女は自分の人生を生きる権利がある。
『まぁ感染者がどんどん増やされてる、と見るのが妥当だとは思うわ。でも人を生き返らせる能力なんて見たことないし、そんなSSRカードなんてそうやすやすと引けやしない』
『その能力がSingularity級だとして、Singularityは30年で10人程しかいないんだから』
「短く見積もっても、その能力者が出現するまで数年はかかる…か」
『もういて、確保されてたりして?』リブが口を挟む。
『クレアにでも聞いてみるけど、人を生き返らせれる能力者なんてのがもしいたら、きっと今頃新興宗教の教祖様よ』
『いや、今回ほんとしくったわ。Plantが遠隔で、あの規模の植物の怪獣を操作できると思ってなかった。言い訳のしようもなく、私の失態ね』
マイカが素直にリブのこと以外で謝るのは珍しく、やや違和感を感じるところではあるが、Plantを相手にいくらマイカでも全て掌の上、ということもないだろう。
『編音を助けるためだったし、ギリギリだったんでしょ?仕方ないよ』と、リブ。
そしてこの件について、私は誰を糾弾できる立場でもない。
「そもそも今回の事態は私がリブを守れなかったことに端がある。当然、私に責任がある」
『それなら人質に取られた私も悪いよ!』
『僕も状況知らずに、呑気にご飯食べてましたし』
…やれやれ。この子たちは庇ってくれるか。もう少し責め立てられると思っていたのだが、強い子達だ。とは言え現状ではFactorの管理場所が変わっただけで、再度欧州へ攻め込む大義もない…とにかく今は状況を見守るしかないのだろう。
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会議が終わり、リブを自宅まで送る帰り道、ずっといろんな考えが頭を巡っていた。
「リブ、いきなり会議なんて疲れたでしょ?」
『ヒカルも頭いっぱいな顔してるよ?』
そうだと思う。
あの時フランスで、状況的にPlantと一対一は編音でもキツイだろうし、助けは絶対に必要だった。でもあらゆる観測データから、未来予知みたいなことをしてしまうマイカさんにとってみれば、あのギリギリのタイミングは狙い通りなのでは、と思うのは僕の考えすぎだろうか。
それに僕は燐先生が言ってたもう一つのこと、『Factorがリブの父親だ』という話を確認できないままだった。否定する、というよりはそもそも調べようとしていないんじゃないかという感じがする。燐先生は『リブも知っている』とも言っていた。リブに聞いてみてもいいのだろうか。
「Factorを壊しておいた方が良かったのかな?」
うーん、と少し考えてからリブは答えた。
『攫われてた私が言うのはちょっと変だけど、交渉材料を無くすのは、そもそもダメだよね』
「まぁ…それはそうだね」
『そういう意味では、私がさっさとヒカルたちに合流できてたら良かったんだけど、あそこの中ではParticle使えなかったから、あれより早くは無理だったよ』
『でも私としては、壊した人は感染しちゃうだろうから、ヒカルが壊すのは反対かなぁ』
『皆、誰かが壊してくれたらいいのに、って思ってるんじゃない?』
「それならリブが壊すのも僕は反対だよ」
『…ありがと。でも私、死なないからFactor関係ないかも、だけどね』
そのまま家に着いて、そこで話はおしまいになった。…もっとリブにはっきり聞けばよかったかな。でも壊すこと自体には抵抗がなさそうな感じだと思った。
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僕たちの心配をよそに、それからは本当に拍子抜けするくらい、何も起こらなかった。多分Plantは能力者の発掘をしている段階なんだろう、というのが僕たちの共通認識だったのだけれど。
そして2月14日、Valentine's Day を迎えた。
朝、航空便で大量のチョコだのクッキーだのがウチに届いた。贈り主はクレアだった。冷蔵庫に入り切らないほどの山積みのチョコを前に途方に暮れたまま学校に来ると、叶に呼び止められた。
『………はい』
『去年…フランスでやらかしちゃったから、何もしないのも変かな…って』
『あまり気にしないで!』
「あ、うん…ありがとう」
後はクラスの女子から義理チョコをもらい、家に帰りつくと、ドアに包装されたチョコが入った袋が下げられていた。今日から任務だから行く前に置いて行ってくれたんだろう。お礼のメールを送ったけど、すぐには返事はなかった。…やっぱりお互い忙しくなって、すれ違うことが以前より多くなった気がする。
一ヶ月が経つと、White Dayのお返しの日が来る。
クレアには頼まれた日本の漫画の詰め合わせ。データより本派らしい。タイトルは…『転生した天使様が独り言を言って追放されたら無職だったので隠すことにした件について』…何じゃそりゃ。配送先はサンディエゴ動物園、Satellite様。
編音やプリヤ達にあげるお返しを選ぶ時に、楊くんと買い物に行った。
『ヒカルなら、女の子にあげるものよく分かってるデショ!?』
「そんなこと言ってもなぁ。何だっけ、ミュー先輩?あの人多分普通の感性じゃないと思うんだよね」
『ワタシを選ぶくらいだからって?』
「違う違う、例えばオルゴールとかあげても意味ないよね、とかって話!」
…付き合ってたの?知らなかった。危うく無難で差し障りのないものを勧めるとこだった。リブにそんなのあげたら『へー、大切にする』って言いながら、いつものジトッとした目で見てくるんだ。
「結局はヤンの気持ちじゃないかな。何か身に着けてほしいものとか、自分の好きなものでもいいと思うし」
『服、とかでもいいんデスか?』
「…サイズ間違ったら致命傷だけど、それでも良ければ」
『下着…ならサイズ間違えないハズ』
「…絶対やめな」
僕からリブへのお返しは、緊急通報機能付きGPSストラップにした。『これちっさい子に付けるやつでしょ?』って、やっぱりジトッとした目で見られたけど、今回は文句は言わせない。
「行方不明になる前に、呼んでよ」
『はーい。分かりました!』
そして翌3月15日、僕たちは中学校卒業の日を迎えた。
AIに文字を書かせるとうまくいかない件について。
次回中3編、最終回。
全員出席日数は足りているのか?無事に卒業できるのか!?




