Box.71 大事なこと
『さぁ、第2ラウンドです』
『残念ながら、正直言って不利ですね。ヒカルは切り札を切らされました。もう再生は出来ません。一方、Contraは実質無傷です』
分かってる。能力で負けてるつもりはないけど、隙を突いたり感情を煽ったり誘ったりする搦手のレベルが違う。
『一言で言うなら、彼は性格が悪いのです。ヒカルとは別の意味で』
僕も性格が悪いって?
『と言うか、内向きで基本negative、社交的とは言いにくいですね。我慢の限界まで溜め込むし、発散も苦手です。良い性格ではないですよ。苦労するタイプです』
『あ、でも私はヒカルの性格、わりと好きですので』
…そりゃどうも。
『さて、落ち着きましたか?』
…あぁ。
『Contraはあなたをキレさせたい。でもあなたは常に冷静になることが大事です』
分かってるよ。
『でも、時に激情が道を切り開くこともあります』
…それって結局どっちなのさ。
『臨機応変、です。それも大事なことですよ』
『例えば、これからアヤがPlantに襲われます』
!!!!?何言ってんの!?思わず編音が逃げていった先を振り向く。薄暗い夕暮れの中でも、それまでなかった低木が茂っているのが見える。「助けに行かないと!」
『いえ、大丈夫です。あれは海水でも影響を受けない数少ない植物の選択肢、通称マングローブです。逆に言えば、Plantにはそれしか選択肢がないのです』
『アヤを信じてください。彼女は強いです。例えPlantが相手でも、彼が十全に能力を使えないfieldで、後れを取る子ではありません』
『それに、たった数十秒しのげばいいのです』
どういう意味?
クレアの言ってることの意味を掴みかねていると遠くから、近づいてくる叫び声。
『うっひょおおおおおおぉぉぉぉぉーーーー』
なんか叫んでる小柄な何かが、そのままドップラーを効かせながら海に向かって飛んで行った。いまの…人だよな。
『ヒカル君!』今度は後ろの丘の方から、叶の叫ぶ声。
「叶!…ってことは、さっきのは…」
海岸が光ったと思ったら、鬼のような風貌の巨人が現れる。マイカさん!?
『はーい、そうです。マム…マイカはヒカル達を飛行機から落としましたからね。叶に思い切り投げ込んでもらいました。因果応報ってやつです』
『あぁちなみに、身体能力No.1はルカ君ですが、女子の腕力No.1はカナエですよ。能力ありきですが。特に投擲能力は素晴らしいものがあります』
…腕力が凄いってのは色んな任務で見たし聞いたから、分かる気がする。
息が切れた感じで、走り寄ってくる叶。
『はぁ、はぁ、ヒカル君、大丈夫だった!?』
「あ、あぁ。今のところは大丈夫」
『大体の状況はクレアから聞いてわかってるわ』
『Plantはマイカに任せましょう。こっちは貴重な回復能力者の到着です。これで五分に近くなりました』
『さぁヒカル、臨機応変ですよ。存分に』
『んー。シンも頼りになりませんねぇ。ヒカル君の始末がつくまで、時間を稼いでくれると思ってたのですけど』
空の上から軽口を叩いてくる。二人はシンを倒してここまで来たの?あ、司さん達がいないから、足留めしてくれてるのか。どちらにしても助かる。
臨機応変…か。
「燐先生、まだやるんですか?」
「今ならまだお互い無傷みたいなものです。Factorはこのまま持って帰りますが、リブを返してもらえたらそれで構いません」
『ははは、君もタローさんと似たようなこと言うんですね』
『前の時は、お断りしましたよ』
『そして』
『今回も…残念ながらNoです』
ダメ元だったけど、やっぱり交渉の余地はなさそうだ。
「…そうですか、残念です」
覚悟を決めて、空へ飛び上がろうとした時、服の裾を引っ張られる。
『待って、ヒカル君!』
何?って言おうとして振り返ると、目の前に叶の顔。えっ、て思う間もなく二人の唇と唇が重なる。僕は思わず目を見開く。叶はそっと目を閉じる。
数秒経って、叶に胸をトンと押され、僕たちは体を離した。
「えっ…と?」
『ゴメンなさい。急に。…でも時間なかったから』
『頑張って、ヒカル君』
「あぁ、…うん。頑…張るよ」
え、え?何だったんだ、今の。空中に上りながら頭がぐるぐると混乱する。ダメだ、今は集中しないと。
『大事なファーストキスだったんだそうですよ?』
って思う先から…クレア黙ってて!
『リブには黙っておいてあげますね』
集中したいから、頼むから黙ってて。
『何だか罪な人ですね、あなたも』
「…見てたんですか」
『まぁ分かりましたし、色々と分かります。私も最強ですから、強いってだけで惚れた腫れたなんて日常茶飯時です』
『本当に…困りますよね』
「先生は…確かにモテそうです」
人の気持ちをかき乱すのなんて、お手の物だろうし。でも何だこれ。僕が落ち着くまで待ってくれてるのか?
『さぁ、ラウンド2行きますよ』
『確認ですが、私はヒカル君を殺すつもりです』
『先ほど黒ずみになるまで焼いてあげましたが、再生できると知ってるからそこまでやれた、なんて手心はありません』
さっき自分がどうなっていたか、自分で見えなかったから判らなかったけど、改めて教えられると、背筋が凍りそうになる。
『今あちらで、大怪獣バトルみたいな風景が広がってますが…』
食虫植物だろうか。巨大な植物の怪獣と、巨人が戦っている。
『あそこにいるPlantも私も、共通の思想を持っています』
『Factorこそ、世界に変革をもたらす存在である、と!』
「あんな、死者の冒涜みたいなことしかしないやつが?悪い意味の変革ならあり得るでしょうが」
『何れにせよ、Factorの娘であるリブちゃんは、神輿としてこれ以上ない存在です』
『<Factorもリブも我が手に>それが我々の共通認識です』
「そんなの上手くいくわけがない!」
『まぁここで議論するつもりはありません。あなたが死ねば、リブちゃんも考えを改めるでしょう』
言い終わった直後、大火球が飛んできた。そうだ。飛んできたから、飛んでくるものだと思ってしまう。でも違う。Contraはいきなり地面を噴火させたみたいに、遠隔でも熱変化を起こせる。
後はあの再生できる左腕だ。再生できるってことはさっきみたいな自爆特攻ができる。
『良いですね、よい分析ですよ、ヒカル』
『Contraも自由度の高い能力です。正直私も彼の能力の底は分かりませんが、1個だけ大事なことを、伝えておきます―――』
…え。そうなんだ。それは助かる。後は先生を出し抜けるかどうか…。
火球を避けたと思ったら、氷柱が地面から伸び、ぶつかった水蒸気で視界が遮られる。その都度バリアを爆発させて逃げる。徐々に事前に溜め込んでいたこっちのエネルギーが削られていく。
『生前の彼と会ったことのない世代には、理解しにくいのでしょうが…』
『多くの異能者も一般人も、彼に希望を見たのです』
「勘違いですよ。あいつはどちらにも迷惑しかかけていない」
「ましてや今のFactorは、意思もなく因子を撒き散らすだけの存在です」
何発目かの火球を払って先生に近づく。殴りかかっても紙一重で避けられる。空振ったタイミングでParticleを散布しても、その瞬間だけ大きく距離を取られる。何でバリアのタイミングが分かるんだ?
『あぁ。意思がない、って認識なんですね』
「何ですか?あの状態で、あいつは生きてるんですか?」
『生きてはいないと思いますよ』
『ただ彼が何の目的もなく、因子をばらまき続けているとは思えない』
「Factorは何かをしようとしている?」
『あるいは、何か復活の方法があるのか』
先生は距離を取り、自分の周囲に太陽のような円環を作る。まるで可視化したバリアみたいだ。
『何で粒子化に気付けるのかって思っているでしょう?』
『これが答えです。君のバリアに触れた瞬間に火が消える。それで探知していました。さっきまでは微細な火の粉でしたが』
円環の向こうが揺らいで見える。なんて熱量。そんなことするから、空気の温度差で暴風が起こってる。……それで飛んでいるのか?どんなコントロールだよ!?
『で、Factorをどうしますか?』
「何か企んでるってんなら、何か起こる前に壊すしかない!」
『…あなた…恋人の、リブの父親を、殺すんですか?』
うぐっ。思わず息を呑んだ。さっきから頭の片隅に引っかかっていることだ。リブがFactorに思い入れなんて無さそうなのは分かってる。でもリブの父親だっていうんなら、殺していいかなんて、僕が決めて良いことじゃない。
『私は殺しましたよ。元恋人の祖父ですが』
『それでもずいぶん気に病んだものです』
『ヒカル君、あなたは耐えられますか、ね?』
正直わからない。Factorが世の害悪だなんて自明だけど、それでも自分がどう感じるかなんて、そうなってみないと分からない。
『そしてこれが奥の手です。』
先生の左手が円環の中でさらに白く光る。何をしているんだ?
『熱力学の通常の流れと、私の逆の流れを拮抗させました。粒子振動を止めようとする動きと、加速させようとする動きの拮抗。言わば粒子の綱引きです』
『ごく小さいものしか作れませんが、これを纏うとどうなるか』
左手の指先に光が集まる。光の中で指が崩れるのが見えた。これは…僕が誰よりもよく知る力。
『…粒子を崩壊させる消滅の力の完成です』
「…Trash Box…?」
『ほう、光栄ですね!そう思ってくれますか』
『そうです!擬似的な、極々小規模のTrash Boxですよ!』
…これはヤバい。
消滅の力を互いにぶつけたらどうなるのか。自分の力同士なら何も起こらない。対消滅して終わりだ。だけど、それが他人の力同士なら?多分同じ事が起こる。つまりバリアを貫通して攻撃できるようになる。
自分の手を犠牲にしてTrash Boxを作るなんて!
「くそっ」
遠距離からのParticleじゃ全部避けられる。近付くしかないってのに、近付いたら下手しなくても丸焦げだ。どうする?
『さぁヒカル君!自分だけ安全地帯から、ぬくぬくと戦ってきたあなたが、本物の戦場に引っ張り出された気分はどうですか!?』
ぶつかりざま、左肩を焼かれる。咄嗟に肩の肉を粒子化して延焼を逃がす。やっぱり飛行能力を先に奪いに来た。でもまた粒子全部の回収が出来てない。肩の肉が削げたままだ。
『また同じことになってますよ。工夫が足りませんね』
右脚、左脚、右耳、左目。左腕をかばう動きがバレバレだから、それ以外の場所を好きなように切られ、焼かれ、凍らされる。攻撃の起点にしている右腕は勝手に消えて無くなると思ってるんだろう。
「うわあぁぁぁ!!」
飛行を維持できず僕は草原に落ちた。咄嗟に立ち上がったが、目の前には燐先生。粒子化した右腕はまだ空の上だ。
『さぁ、終わりです』
『最後にレッスンtwoをお教えしましょう!』
『あなた、自分の傷をバリアで覆えてません』
『Particleで切り離した傷口が、そのまま大事なバリアの切れ目になってしまってます』
と言うが早いか、右手のバリアの隙間から左腕をねじ込まれた。……ここだ。
「‐Regenerate‐」
『は?』
再生した右手に展開したバリアが、傷口に刺さっていた燐先生の左手を消し去る。そのまま振り上げた腕で、燐先生の左脇から右肩にかけて体組織の接合を消し去った。
『再生…出来たのですか?』
先生は、二つになって草むらに倒れた。
「さっき叶が、エネルギーを渡してくれてたんです。再生に必要なエネルギーを」
「彼女は理由なくあんなことしませんよ」
『なるほど、やられました。…中学生なんて何も考えずに…余計なこともするだろうと…思い込みましたね』
『…お見事です』
vs Contra決着です。次回はリブ奪還編エピローグ。あれ怪獣大戦は…?




