Box.70 娘
粒子化した右腕を周囲に旋回させる。ピンと張った緊張感が漂う。じとっとした冷や汗を感じるのは、Particleの痛みのためだけではないのだろう。
「編音は離れてて。これから先、攻撃を全部ガードは出来ないと思う」
「それで、できれば海に向かって走って。多分Plantは海で能力を使えない」
わざわざ日本にYggdrasilを蒔きに来たぐらいだ。海を超えて植物を広げることはできないんだろう。
『…分かった。気を付けてよ?』
『リブや叶じゃなくても、皆ヒカルのこと心配してるからね!』
「…あ、うん。…ありがとう」
…そっか。改めて言われると何だかこそばゆくて、照れくさかった。
重い箱を担いで走っていく編音を見送る。
クレア、それでいい?
『確証はないんだけど…。でもPlantの能力が<植物を操る>なら、NaClに弱いのは自明かな。少なくとも植物の選択肢はかなり奪えるんじゃない?』
『それに海に入れば、近付くものはアヤの能力で全部黒焦げになるしね』
決まりだね。
クレアのSatelliteでParticleは操作できない。正確に言えば、感覚を共有して操るSatelliteは、Particleで生じる痛みまでフィードバックされてしまうので他の人の接続と並列起動ができなくなる、らしい。
だからここからは、僕の能力だけの戦いだ。
『ヒカル、他のサポートは出来ますけど?』
…ありがとう。でもどうしようもなくなるまで僕にやらせてくれない?
『分かりました。それではヒカル、ご武運を』
ごめんね。編音達を頼むよ。
『Plant、彼は私が相手をしますので下がっていてください』
『ふーむ。確かに防御無効の攻撃に対しては、相性が悪いかの』
『ではここで腰を下ろして待っていよう』
『根を生やして、の間違いでは?』
『ふはは。……それもよいのぅ』
…Plantが来ないのなら願ったりかなったりだ。あの爺さんは伝説上の植物も創造できるし、何をしてくるか能力の多様性が全く読めない。
「行きますよ!」
粒子化した右手を投げつける。Trash Boxをまとわせた粒子は音もなく地面を飲み込み、削り取る。…いない。
『ふー危ない、危ない』
頭上から声がした。爆風で飛び上がったのだろうか。その割には落ちてこないけど。
『以前までと違って、自分の形を変えることで消滅能力の効果範囲を伸ばしましたか』
『おまけにバリアを張りっぱなしで投げつけてくるから、剣などの再構築を省ける。合理的です。予想外ですよ』
こっちこそ、燐先生が飛べるなんて予想外だ。そしてそう、僕のParticleは霧のように散布して、そのままぶつけるのが最適解。これは以前大和くんに、体ごと的に殴りつけられたことに着想を得た。
「どうやって飛んでるんですか、それ?」
飛んでいる燐先生を見上げながら聞いてみる。
『…内緒に決まっているじゃないですか』
『ふふっ、それにしても…』
回収した僕の右腕は皮膚がそげ、指の何本かは骨がむき出しになっている。
『ははっ!全く使いこなせてないじゃないですか!?粒子化した肉体を、回収できていない!』
『全くもって恐ろしいものですが、あと何回使えますか?自身の肉体の消失と私の消失、どちらが先でしょうね?』
Particleが使えるとは言え、練度という意味では、リブと比べて圧倒的に拙い。生まれた時から使ってたらしいあの子と、使い始めてせいぜい一月ちょっとの僕との埋められない差。
『ではあなたに、私を倒すためのヒントをあげましょう。私の-Contra-はエネルギーを逆循環させる能力です』
知ってますよ。この世の理を根本からひっくり返す、冗談みたいな能力だ。
『よって、どれだけ高熱を発生させたとしても、私のエネルギーは消耗しない』
『さぁ、有限の体で!無限を相手に!どうぞ頑張りなさい!』
「うわっ!」
突如、地面が溶けて沸き上がるマグマ。咄嗟に飛び上がったが、バリアを張っていない足先を両方とも持っていかれた。
『ははははは、油断大敵です。ヒカル君!また体のパーツが減りましたね!』
ちっ!くそっ!演説も全て集中を削ぐための計算づくだ。やっぱり嫌らしい性格してる。一挙手一投足が全て伏線みたいだ。
飛び上がって空中で向き合う僕に、燐先生は更に続けた。
『ヒカル君、知っていますか?毎回自分の体をミンチにするような激痛と引き換えに、その能力は成り立っています』
『箱庭も馬鹿ではありません。調べているんですよ、あの子がParticleを使うときの脳波、心拍数、その身体情報の全てを!』
「知ってますよ!」
そう、知っている。データを見せてもらった。その検査結果—リブの脳波—は、Particleを使うときに確かに激痛を感じていることを示していた。だけど驚くべきは、激痛を感じている間も心拍の揺らぎが一切なかったことだ。ただただ、ひたすらに耐えているんだ。どんな痛みにも体が何も反応しなくなるくらいに。
「…だから、リブは強いって、言ってるんですよ!」
『…だから化け物だと、言っているんです!』
「黙ってください!」
今度は頭上から粒子化した腕を叩きつける。飛び上がる時に置いてきた左脚を分解、返す刀で吹き上げる。だけど、そのどちらも躱されていく。
『あの子こそ、真のSingularity』
『不老不死!塵となっても復元する不滅の肉体!』
『さすがFactorの娘、彼が追い求めた究極の異能ですよ!』
聞こえた言葉が認識できず、一瞬耳を疑った。
「…は?」
なんだって?思わず攻撃の手を止めてしまった。
「リブがFactorの、娘…?」
『おや、ご存じなかったですか?』
『リブちゃんも知ってるはずなんですけどねぇ』
『きっとヒカル君には伝えたくなかったんでしょうね。それは申し訳ないことをしました』
「もう、黙れ!」
僕はここでキレた。リブの抱える宿命への憐れみに、それを踏みにじる悪意に。
「それを言っていいのは、あんたじゃないはずだ!」
左腕を残して残りの三肢を全て粒子化、全方位からContraにぶつける。一瞬の閃光、静寂。
「…やったか」
『…残念でした』
背後から声がした。
『これをやるには直接触らないとダメなんですが』
掴まれた左肩が急激に熱くなり全身に広がる。…体が沸騰する…!!
「がぁあ!」「‐Eruption‐!!」
咄嗟に発動した爆発で、全身を電子レンジにぶち込まれたような強烈な加熱からは逃れたけど、左腕は内側から焼き尽くされた。飛べなくなった僕は地面に叩きつけられ、目もやられたのか何も見えない。…強い。でも僕をつかんだ腕はなくなったはずだ。まだ、僕は戦える。ここからだ。
「‐Regenerate‐」
1日一回切りの再生能力。僕の体は完全に復元された。Contraの片腕がないなら、ここからだ。両手を握り締める…問題ない。眼球が沸騰して見えなくなっていた視界も、開けてきた。
『使いましたね、切り札の再生能力』
「あんたも片腕だ。勝算はある」
『あぁ、すいません。この左腕、Plantの特製でしてね』
『植物の能力で、再生するんです』
な…!?…言うやいなや、Contraの左腕の断端から蔦が這うように固まりが伸び、腕の形になって固定される。
『さぁ、第2ラウンドです』
左腕が植物って…木蓮感がすごい。




