Box.65 居場所
リブが攫われた。9/10、ヒカル君の祝賀会の翌日に私達は報告を受けた。最初は冗談だと思った。そもそもリブを捕まえることなんて出来ないと思っていた。小学校の頃、鬼ごっこで手を捕まえても、文字通りするっとすり抜けてごまかされたことは一度や二度ではない。かくれんぼでいるはずの場所から逃げられたことも数えきれない。
翌々日の月曜日。ヒカル君の焦燥は見ていられなかった。ずっとそわそわして何かを殴るんじゃないかと、拳を振り上げては止めて手を下ろす、なんてのも目にした。また教室が壊されるのも嫌だけど、こんなヒカル君を見るのも嫌だ。
『僕ってさ、良いことあったなって思ったら、すぐ嫌なことあるんだよね』
『神さまから調子乗るな!って言われてるみたいでさ』
自嘲のように話すところは、落ち着いているようにも見えるけど、心中穏やかなはずはない。
「リブが死ぬとは思えないから、チャンスは有るわよ。きっと先生たちも考えてくれてるわ」
そう。あの子は死なない。今はその希望にすがるしかない。
『残念ながらその先生の一人も主犯だよ』
「…誰なの?」
『分かるでしょ。タローさんとリブを同時に相手に出来る人だよ』
『…燐のやつか?』ルカが割り込んで来る。
『やっぱハナから胡散臭いと思っとったわ』
『…せーかい』
『だから、僕は多分Plantと燐先生を殺さないといけない。ひょっとしたらシンも、ね』
口調は穏やかだ。けど、言ってるセリフと座った目。そのどちらからも嫌な冷たさを感じる。
「待って、Singularityの人数だけでも向こうもこちらも三人ずつじゃない!?」
「せめてUS支部の支援を受けられないか検討すべきよ?」
『叶、残念ながらね…』
『アメリカは今回の件で中立ってことになったから助けられないって、クレアは言ってた』
「…そう」
そういえば編音はSatelliteと知り合いになったんだったわね。それはそれで何気に凄いことよ。滅多に表に出てこない、US支部のトップと友達なんて。でも箱庭的には、今回のことは日本と欧州の内部抗争ってことにするつもりなのね。今回はアメリカは当てにできない…か。
ガラッ!
突然教室の扉が開いて、女性が入ってきた。
『だから、Japanにくることにします、た!』
なに?日本人じゃないわ…誰?
『あ、この声、クレアじゃん!日本語だし!』
『ハーイ、アヤ!お久です』
「え、あ。え?この人がSingularity No.06?」
『あーそっか。僕以外、顔知らないよね。彼女がSatellite。No.06だよ』と、ヒカル君。
『一昨日のうちに僕が支援を頼んだ。個人的に』
『戦闘機だと身内にバレますので、こっそり飛行機で太平洋フライトしてきました!…オー、ヒカル。大丈夫ですか?先日より表情が硬いですよ?』
『…当たり前でしょ』
『寒いです。せっかーく、ヒカルと話そうと日本語のべんきょ頑張りましたですのに』
『クレア、そこ多分〈冷たい〉だね。いや、確かに雰囲気は寒寒としてるんだけどさー』
『ヒカル、気持ちは分かりますが、あなたはリブ救出のcoreです。今後makeするチームを統率しないといけません』
『それに、ミーは現場に着いて行っても、役に立ちまっせーん!居留守デース!』
「留守番…ね」
『いやー、でも2ヶ月前には日本語喋れなかったよ?クレア、すごい凄い』
『えっへん、褒め称えなさーい!』
『それで…呼んだの僕だし、来てくれて嬉しいんだけど、クレアは向こうの仕事どうするの?』
『ミーの仕事は居場所なんて関係なく、日本からでもできまーす。私が現場に行くのは、ほぼNothingなので』
『時差が酷いのはalways、です』
『しばらく、Japan観光しながらstayします』
『何なら気持ちCool downのために、リブと話しまーすか?』
「え、出来るの?」
『ミーの‐Satellite‐は電波jammingもconcreteも何も関係ありまっせーん』
『一回つないだことのある人は、earthの上ならどこでもsearchできまーす』
…やっばSingularity無茶苦茶だわ。編音のResonance、巧のProvidence、楊のConnectionを統合したような能力…。
『あーでも、私だけではモニターに出せませんね。アヤ頼めますか?』
『あ、うん。任せてー』
『Ummm. では…』
『Oh, Liv? fine? I'm Claire. This time, it was tough. I'm going to let you secretly talk to Hikaru and the others, but do you think it's okay? If I had a mirror, We could look in it and see your face, right? : あ、リブ?元気?私クレアだよ。今回は、大変だったね。ちょっとこっそりヒカルたちと話しさせたげるけど、大丈夫そう?もし鏡があったら、そっち見てくれると君の顔見れるんだけど?』
ちょっと間が空いて、編音が繋いだ教室の大画面モニターにリブの顔が映る。私たちが見てるのは、Satelliteを介したリブの視線。鏡の向こうに映るリブだ。
『やっほー、ヒカル、皆。何とか生きてるよー』
弱々しいけど、だけどいつものようにフリフリと手を振るリブ。
「リブ!」
『体、大丈夫?』
『ご飯食べてるの?』
『脱出出来ないの?』
『んー身体は大丈夫かな。強いからね。ご飯は何か素材の味って感じで美味しくないんだけど、食べてるよ』
『脱出は…したいけど出来そうにないよ。よく分からないけど、Particleの再構築を阻害する電磁波みたいのが出てるみたい。』
『電磁波?』
『そう。ヒカルなら分かると思うけど、戻そうとする命令が分解したパーツに届かないの』
『だから一回は分解できるけど、分解したら戻せない。いちかばちかでやってみても良いんだけど、また記憶なくすのも嫌だしね』
『だから助けに来てくれたら嬉しいなー』
『ごめんね、皆。今回はしくじっちゃった』
『いや、気にしなくていいよ。僕が迎えに行くから、待ってて』
『うん、…待ってる』
ヒカル君はもう少し話すのかと思ったけど、凄く手短かだった。ヒカル君もすぐ気づいたのだろう。私達も試してみて分かった。私達はリブの声を聞けるけど、こちらの声はクレアが代弁して伝えてくれているだけなんだ。だから直接会話をしているわけではない。
振り返ったヒカル君が一瞬見せた、抑えきれない怒りを無理やり隠したような、この世の全てを恨んでいるような、暗い表情に私は鳥肌が立った。
もう少しだけ現状の確認をして、通話は終わった。密室みたいだったから部屋の作りからは何も得られなさそう。あとは音声から得られる情報はあるだろうか。後で梓の記憶をAIで解析させよう。………ん、あれ?
「ちょっと、クレア!通信できてたんなら、今の場所わかるんじゃないの?」
『!…そうだよ、僕らまだリブがどこにいるか知らないんだ!』
『…What?皆さんまだUnknownでしたか?それは失礼しまーした』
『リブのいる場所は…』
『フランス西海岸の小島、Mont Saint-Michelでーす』




