Box.55 傷
『他人を治せる、ってのが希少なの』
自分を再生する能力を持っている人は意外と多い。リブだってそう。司さんもそう。ヒカル君だって他人の能力とは言え、再生は出来る。そうなるのは怪我をする、病気をする、そういったことが比較的トラウマに直結しやすいから。だけどトラウマを乗り越えようとする能力は、詰まるところ傷に向き合おうとする、強い心の現れだ。
じゃあその傷に気がついてなかったら?目を背けたら?傷だと思ってもなかったら?
一体どうなるかしら?
今日のお話は、そんな誰かの話。
Case1 —Eruption— JANE DOE
こんなはずじゃなかった。あのムカつくスカした野郎に煮え湯を飲ましてやるつもりだった。アイツにゴミを投げつけてやっても、むしろ向こうが俺らをゴミでも見るような目で見てきやがる。なんなんだアイツ。くそムカつく。
アイツが大事にしている猫のことは前から知ってた。バラして机の上にでもまき散らしてやろうかと思ったが、自分の手が血や内臓で汚れるのは抵抗があった。そんなことしなくても、あいつにぶつけてやれば、勝手に消えてなくなるんだから、そんな手間をかける必要はないだろう。
猫を捕まえるのは楽勝だった。不自由な前脚をかばってひょこひょこ歩く猫なんざ、すぐ捕まえられた。後はアイツが登校するのを待つだけだ。
猫を投げつけた、はずだった。突然起こった爆発に巻き込まれて、俺は左腕を失った。爆発が起こって直ぐに、白い長髪の女が目の前に現れた。こいつも俺をゴミでも見る目で見やがった。
『脇を強く締めて、タオルで傷口を抑えるの。そうすれば死なないはず』
そう言い残して、女はアイツを抱えてどこかへ行ってしまった。
スパッと切り落とされたような左腕は傷がなかなかふさがらず、手術を繰り返した。入院して一カ月、漸く傷がふさがった頃に、フードを被った背の高い女が病室に突然現れた。一瞬あの時の女かと思ったが、髪の色が違う。茶髪だ。
「なんだよ、お前」
『別にあなたを助けてあげようとか思ってないんだけどね』
「あ?」
『でもあなたの腕がそのままだとね、後々面倒そうなのと、彼が可哀そうなの』
『言うこと聞くなら、腕の形くらいは治してあげるけど?』
「…お前、あいつの知り合いか?姉ちゃんか何かか?」
『……』
こちらの言うことには全く関心を示さず、女は勝手に言いたいことを続けた。
『一つ、今日のことは誰にも言わない』
『二つ、あなたが彼とも私とも、会うことは二度とないから、忘れなさい』
『三つ、腕の形は治るけど、動くようになるかはあなた次第』
…30分後。俺の左腕は腕の形を取り戻した。指も震えるように動く。助かった。利き腕でもないんだから、どんな腕でも無いよりましだ。最悪だったが、まだ俺はツイてる。
『良かったわね』
女はくすっと笑って出て行った。結局顔はよく分からなかった。
10年程して、あのムカつく野郎がTVに出ているのをみた。野郎の横にいた女があの時のやつだったのだろうか。
左腕はまだ不自由さが残っているが、贅沢は言えない。俺は「普通の人間」として生きれている。
Case2 —Transfer―髙﨑叶
何をどうしたら障害を残したまま治すことができるか。私はよく知っている。医療マンガの古典、BJでも手術中に神経を切ろうとした話、あったじゃない?そういう感じ。
ヒカル君の記憶を持っている私としては、あいつを許す気は、ない。そしてヒカル君はあんなやつの腕を消したことなんて、気にする必要はない。
だから治してあげた。もう余計なことをしようなんて思えない程度に、不自由さを残したまま。
完璧に治せる、ということは何が欠けていると完璧にならないのかを知っている、ということだ。わざと傷を見ないようにすることも、その傷を残したまま目立たなくすることも、出来るのだ。
今回のことで、結局彼は腕が治り、ヒカル君は罪悪感を感じる必要もなくなる。ルドも生き返った。私さえ黙っていれば万事解決だ。でも彼の腕は少なくとも猫を捕まえられるほどには治らない。そういう風にした。私の能力はこんな残酷なこともできてしまう。
Transferに自らに鞭を打つような自己犠牲的な特性があるのは、傲慢な能力に対する罰、悔悛の感情からくるものなのだろうか。仮にそうであっても、私がヒカル君にできることはこのくらいしかないのだから、きっとこれからもそうするのだろう。私の心の中にある傷はまだじくじくと熱を持っている。見ないようにしているんだけどな。
Case3 —Silence— 矢田美優
そんな私でも治せないものがある。それは生まれつき欠損した器官。目がない人に目をつけても見えるようにならない。腕を3本にしても、動くことはない。そういうのは、きっと本人の認知の問題なんだ。私の一個上の学年の矢田先輩もそんな一人。
私は矢田美優。ミューって呼ばれているみたいだけど、呼ばれた名前を聞いたことはない。なぜなら私は生まれたときから耳が聞こえないからだ。だからしゃべれない。お父さんとお母さんは耳が聞こえない私の世話でケンカが絶えず、私が幼いころに離婚した。
私を引き取ってくれたお母さんには特に苦労を掛けた。耳が聞こえないことを、私は他の人と違うと思っていなかったから、とてもぐずったらしい。
8歳の頃に能力が目覚めた。周囲を無音にする能力-Silence-。周りのみんなに私と同じ状況を強制する能力だ。
自分の世界は幸せなんだよ、と他人に押し付ける能力。そのせいでクラクションに気付かず、車にはねられたお母さんは、私を育てるのを諦めてしまった。そんなわけで私は11歳の時、箱庭に来た。
同じクラスの和葉ちゃんと士葉君。二人とはよく話す。私達の会話はちょっと変わっている。もちろん私は二人が何を話しているか、分からない。でも二人はテレキネシス能力で、その辺の糸くずなんかを空中に浮かべて、文字を作ってくれた。私達の会話はカラフルな人形劇のよう。いつしか私の机には、色んな色の砂の入った瓶が並ぶようになった。
でも私自身は筆談。普通に話している周りの人はもっと早く話をしてるように見える。正直羨ましく、もどかしいと思ってた。
<すっごい高い塔を海底から組み上げたのよ>
<一個下の子らの能力で、順調にできたんだ>
<へー。それでGWどっか行ってたのね>
<寂しかったの?>
<…全然!>
<あ、多分ミューと相性のいい能力の子がいたの!>
<…噂をすれば、あの子あの子!あの細い子>
『…………』
『……………………』
『………………………………』
『……………………』
『………………………………』
昨日まで一緒に仕事をしていた人達、かな?大きく逞しい子と、線の細い子。
それにしても4人だと唇の動きも読み切れない。話していること分からないなぁ。
と思っていると突然頭の中に何かが響いてきた。生まれたときから聞こえているキーンっていう耳鳴りの音とは違う。
初めて感じる感覚だ。え、何々?
『あ、失礼しまシタ。先輩に言われて勝手につないじゃいまシタ』
『-Connection-通信能力です』
『和姉、びっくりしてるじゃん。言ってからにしようよ』
『どうミュー?面白いでしょ?』
「…二人の声が、聞こえる…聴こえるよ!」
『あぁ、私達こんな声よ』
『ミューの声も初めて聞いたわ』
私は普段泣かないようにしてる。耳が聞こえない私にとって、目が霞んで見えないなんてことは死活問題だからだ。でも、今は大丈夫だと思った。
『あの…ワタシ何か大仰なこと、しまシタ?』
「ううん、ありがと」
勝手に頬を伝う涙を拭いながら答えた。
耳が……うるさい。そんなこと思える日が来るなんて。
パラノイズの子みたいな画像が出来ました。まぁいいか。ミューちゃんの場合、容姿を特に決めていたわけではないので、AIが作ってくれたのをみて、『あ、こんな感じの子だったのね』って感じです。




