Box.50 クリスマス
箱庭に着いたシンは書類を受け取ったら、さっさと帰ってしまった、というか帰らされた。欧州支部はその名の通り、欧州全体をカバーしてるらしく、シンの担当エリアはイタリア、フランス、ドイツにイベリア半島と広大。本来なら日本に来てたことがおかしいらしい。
『No.02―Plant―がいるから、まだ持っている』とはタローさんの談。北米大陸を一人でカバーしてるNo.06 ―Satellite―も既に大変だけど、もしFactorが旅好きで世界中に因子をばらまいてたら、本当に世界は滅んでいたかもしれない。
『リブに手を出したら、コロスから』
って捨て台詞を残してシンは帰っていった。
『次、会う時までには、手出されてるよー』
って返したリブ。次って3年後ぐらい?僕は引き攣った笑みを浮かべながら、窓の向こうで何かを叫んでるシンに手を振った。
約束の日、12/24が来た。約束はしたものの、僕は震えるほどの緊張に襲われていた。なぜなら、人生で初めて女の子とクリスマスを過ごすことになるからだ。幸か不幸か明日から週末。リブは嬉しそうに言った。
『遅くなっても大丈夫だね!』…そうだね。
マイカさんも準備万端だった。
『私、今日全力で帰らないから。邪魔者いないし、ごゆっくりー。Factor来ても私が片づけとくわ』
だそうだ。Singularityの裁量権は、一人で事態を収拾できるからこそ与えられたものだ。見たことないけど、実際一人でどうにかなるんだろうなぁ。巨大化して相手を掴んで海の底にいきなり沈めるとかしたら、それだけで生物は生き物でなくなってしまう。
はぁ。これまで何回か、化け物みたいなのと戦ったり消したりしたけど、今日のリブの方が強敵だ。あー、SSSだし、実際にそうか。
学校は半日で終わって、箱庭搬入口で待ち合わせ。非常口を除けば箱庭の出入り口はここだけだから、何組かのカップルもそこにいた。これ、元カノとかいたら気まずいんだろうなー。なんて考えてたら、リブが手を振りながら走って来た。こないだの軍服も格好良かったけど、今日の服は何というか、絵になる。
『お待たせ、ヒカル』僕は軽く手を振り返す。
『司、久しぶり』
僕の隣にいた背の高い女性に声をかけるリブ…この人が司さんか。
『リブ、気合入ってるじゃん!』
『そりゃあね!大事な日だから。あ、そうだ』
腕を引っ張られて、司さんの前に出される。
『こっちがヒカル!私の彼氏くん』
『おー、初めまして、ヒカル君。リブの相手大変でしょ?』
「初めまして。朝霧光です。…まぁ、そういう時もありますね」
『こいつ遠慮ないからね』
『ちょっと何の話?』
『いや、何でもないよ。デートが上手くいくよう、健闘を祈るね。恩寵は貸してあげれないけど』
『司、私は神様に頼るのは止めたの』
『ヒカルに会えただけで、十分恵まれたから』
『…ヒカル君、泣いていいところだよ?』
「泣きませんよ!」
エレベーターが来た。
「じゃあ、お先に失礼します」
司さんの相方は、まだ来ていない。
『リブ!彼氏がごちゃごちゃ言ってたら、手を縛って連れていくといーよ!』
『分かりました!』
エレベーターの扉が閉まると、リブは腕を組んできた。周りもそんな感じだ。僕を見上げて目を閉じたリブにそっとキスをする。
エレベーターの扉が開いた。
近くに新設されたバスターミナルから街へ向かう。箱庭の麓は大規模な工事中だ。また何かが出来るらしい。
繰り出した街はいつもより人が多くて、店の前には大きなリースやサンタの人形が並んでいる。
「どこ行く?」
『決めてないの?』決めてないこともないけど。
「リブが行きたいところに行こうと思って」
『……ずるい』『そう言われたら、どこでもいいって言いたくなる』
そう言いながら、リブは僕の手を取った。
『じゃあ、あっち』
人混みの中を歩く。ぶつかってもいいように、僕は全力で—Trash Box—のブレーキを踏み続ける。途中でリブが「これ、似合う?」と帽子を被って見せてきて、僕が笑ったら少しむくれたり、時々立ち止まって、店のショーウィンドウを覗き込んだり。
街はクリスマスの空気に溢れていた。サンタやツリーは勿論、限定のお菓子、アクセサリー、ぬいぐるみ。こういうの、知らなかったな。
『これ、可愛い』何か見つけたみたいだ。
「買ってあげるよ?」
『これは、私が買いたいの』
リブが手に取ったのは小さな箱。
『ふふ。Trash Boxの中の私みたいじゃない?』
「言われてみれば、そうかも」
大切そうに箱を抱えるリブは、自分で自分を抱きしめているみたいだった。
夕方になると、街のイルミネーションが一斉に灯る。僕たちの歩く道も足元が照らされ、いつも気にすることもなかった、タイルの模様が色鮮やかに染め上げられていた。
「綺麗だね」『うん』
隣を見ると、リブはイルミネーションではなく僕を見ていた。
「どうしたの?」『なんでもない、よ』
夕食は予約していた店。
『お店、よく知ってるね』
「調べたんだけど、どうかな?」
マイカさんに聞くと筒抜けになりそうで、燐先生に聞いたんだよね。
『昔、付き合っていた人と一緒に行ったところを教えてあげます。喜んでくれましたよ。一見さんは入れないので、予約もしときましょう』
だって。昔の彼女とはどうなったんだろう。燐先生、独身だよな。
いつもの箱庭の食事とは違って、なんだか妙に緊張する。向かいに座っているだけなのに、リブと目が合うたびに笑ってしまった。
『実はここ、マイカちゃんと来たことがあるんだ。マイカちゃんも気に入ってたみたい』
食事が終わりかけた頃、コートのポケットに忍ばせていた小箱を渡した。
「クリスマスプレゼント」
『え、なになに。開けていい?』
「いいよ」
箱の中は指輪。ありきたりかな。あまり高級なものではないけれど。
『……きれい。………嬉しい!ありがとう』
『つけて?』あ、そう来る?
「わかった」
僕は恭しくひざまずいて、お姫様の薬指に指輪をはめる。
『右手?』
「じゃないの?」
『ま、いいか』
と言いながら、リブはずっと指輪を眺めていた。
店を出ると、街はすっかり夜の雰囲気だった。
『……人、多いね』
「うん」
『ヒカル大丈夫?』『ずっとブレーキで気を張ってるでしょ?』
「んー、まぁそうだね」
リブが僕の手を握って、展望台の上を指さす。
『上いこ?』『翼出すと目立つから、連れてって?』
「分かった。いいよ」
二人で路地裏へ入り、人目がなくなったところで身体を浮かせる。
建物の間を抜けて、夜空へ。地上の喧騒が遠ざかっていく。
展望台の上に降りる。そこには僕たちだけの場所だった。
「こっちのほうが静かでいいね」
『うん』
眼下には、クリスマスの街。
展望台の向こうで観覧車がゆっくり回っている。色とりどりの光が街を縁取って、その向こうには暗い海が広がっていた。
『……ねぇ、ヒカル』
「ん?」
『今日、楽しかった?』
「楽しかったよ」
『ほんと?』
「うん。リブと一緒だったから」
『……そっか』
僕たちは唇を重ねる。
夜景の向こうで、観覧車がゆっくりと一周する。
『私からもプレゼントあるんだ』『ネックレス』
「ネックレス?」
『マイカちゃんと一緒に作ったんだけど。消えないように、ヒカルの髪を編み込んでるの』
「へー、すごい。でもいつの間に髪なんか?」
『ちょっとずつね。私についてたこともあるし』
と言いながら、ネックレスをつけてくれた。
「そか。ありがとう。大事にする」
手を握ったまま、展望台に座って回る観覧車を見ていた。
10周回った頃にリブが話し始めた。
『ヒカル、来年も、再来年も一緒に来ようね!』
「…同じところじゃなくて、違うところにしようよ」
「リブと色んな所に行きたい」
『じゃあ10年後に来よ?』
「10年後?」
『うん。24歳のクリスマス』
「……ずいぶん先だね」
『きっと、あっという間だよ。その時は二人じゃないかもしれないけど』
「ははは、想像もつかないけど」でも、そういうこともあるのかもしれない。
『そのときも、隣にいてね』
「もちろん」
…ねぇリブ。この時の僕はそんなこと思ってもいなかったんだ。
今日が、君と過ごす最初で最後のクリスマスになるんだって。
第二章 中2編最終回。
次回より第三章、中3編です。
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