Box.45 世界の趨勢
『ふーん。箱、ね』
リブの件が終わったら次は僕への尋問。マイカさんに―Trash Box―の箱の話をしたら、この反応だった。
『能力の取り込みは、相手の肉体を削ったら強制的に起こるの?それともなんか意図してるの?』
「いやー、僕も最近気付いたばっかりで」
『でも入っちゃってる能力からすると、強制イベントっぽいのよねー』
「能力はそのうち使えるようになるとして…後は箱の中身を交換できるのか、かな」
空の上での27分。いろんな意味でふわふわしていたリブから、降りる直前に言われたのは『ヒカル、毛玉のことは誰にも言わないで』だった。
「マイカさんにも?」
『マイカちゃんはちょっと覗けるってぐらいだと思ってるし、アズにも口止めしてもらってる』
「…なんで?」
『普通、勝手に覗かれてると思ったら、嫌でしょ?』
そりゃそうなんだけど、そもそもリブは分別なく人のプライベートに踏みこむような性格はしてないと思うけど…。
「ま、いいよ。黙っとく」
『ありがと』
『ヒカル、内なる能力なんてどうやって気付いたわけ?』
…そんなわけで、夢の中でルドに教えてもらいました。なんて言えない。
「ちょっと気付いたんですよ。体を浮かせられることに。ひょっとしてルドと同じなんじゃないかって」
「で、梓さんに頭の中を覗いてもらって、やってみたら空に吹っ飛んでいきました」
『それで、たまたまリブがそこにいて、飛んでったヒカルをキャッチした、と』
『そうだ。あんた達、朝から喧嘩してた?』
『あー、喧嘩。そうそう、喧嘩!…だから話しようと思って教室の外で待ってたんだけど、反対の天井からヒカルが出て行ったからビックリしたよ』
「そうそう、乱暴に脚で開けたよ」
『何上手いこと言おうとしてるのよー。またまたー』
『ま、いいわ。取り敢えず明日は学校休みにするから、皆に伝えといて』
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箱庭最深層。私はS-001と刻印された自身のカードキーで監視室に入る。この場所はSingularityのみ入室を許される場所。すなわち―Factor―の安置場所。
常に異能者を生み出す因子を吐き続ける、ヤツの首の台座。忌々しくも生物としてはとうに終焉を迎えているにもかかわらず、そのペースは衰えることはない。因子を外に出さないため、水封された三重の壁の向こうに封印されて既に4年。今なお世界はコイツに振り回され続けている。
「今となっては、こいつを深海に落とさなかったことは正解だったな、創玄」
ヒカルの猫の事例から異能者…ではなく異能動物も存在するのだということが分かってきた。魚や軟体動物にFactorが感染するのかは定かではないが、生命体自体をヤツに近づけないのが最良、との創元―At-Random―の判断は卓越していたと言える。
だが、箱庭機能のオーバーフローは、しかし確実に迫っている。巧たちによる調査を開始する前、異能者の数は5千人と推察されていた。だが1年が経った現在、箱庭データベースの登録者は3万人を超え、どこまで増え続けるのか見当もつかない。
<Factorの抹消、ならびにFactor災害のピークを迎えるであろう、今後20年の戦力を育成、保持すること>
これを目標にした箱庭の戦略計画は前倒しを余儀なくされ、戦力としては不十分と思われた学生も、実戦経験を積むためにBランク以下の対象へ派遣するようになった。
リブやヒカルの学年を現場に出すのも、偶発的に事故に遭遇したこともあるが、1年前倒した。
増加する一方のFactor災害に対して、確実な戦力になり得る司たちに頼るのも限界に近い。司にせよ、リブにせよ再生能力、回復力に長けているから現場が回せているだけだ。負担を押し付けるばかりで、組織として彼女たちをサポートできているとは言えない。
『タローさん、私、今月出動6回目ですよ?』
「まぁそう言うな、司。他の人間が6回も出撃すれば、何人かは命を落としているだろう」
『私の担当、unknownか、S以上確定ばっかりですからねー。ま、確かに誰かが死ぬよりはマシですが』
すまんな。珍しく愚痴る司を思い出すと、ため息しか出ない。
Factorが日本で活動していたこともあり、日本以外で致命的な問題になっていないのがまだ幸いだが、諸外国も散発的なFactor災害へ警戒は必要で、決して余裕があるわけではない。援助の手は、燐をこちらに預けてくれている以上のことは望むべくもない。
やはり今打てる手はそう多くはない。皆が育つには時間がいるのだ。少なくない時間が。
「私が出るしかない、か」
そうすれば私の寿命が尽きるまで2年、いや3年は時間が稼げるだろう。だがそこまでだ。稼いだ3年で戦力の拮抗まで持っていけなければ、世界は異能者による災害に見舞われ続け、やがて異能者の排斥が始まるだろう。それは即ち私たちの敗北となる。
「創玄、私たちは何か見落としているのか?」
誰も答える者はいない。既に未来は私達に託されている。そして次に託す順番が来るのも間もなくだ。
生前の―Factor―は何を考えているのか分からない男だった。いつも屈託のない笑みを浮かべ、人たらしと言ってよい人間だった。彼の能力を持って新たな異能者を作ることは、愚かしいことに当初人類の革新と持て囃された。そんな男が作ったのは、異能者の未来ではなく、ただ自らの眷属でしかなかった。
眷属とされた人々もその事実を知らず、―Factor―の思いのままに、ある日突然暴走し、自身と他人の人生に不幸を撒き散らして死んでいくことになった。
その枷はFactorの死を持って解き放たれたが、多くの異能者にとっては、単に信管が抜けただけ。爆発物はそこに残ったままだ。その処理を私たちが担っている。
『っくそっ…!』
苦悶の表情を浮かべ、壁を殴る。
「お前はどれだけの因子をばらまいた!何が目的で徒に異能者を増やしている!お前はもう死んでいるのだ—Factor—!!」
モニターに映る生気のない首に向かって呪詛の言葉を吐いた。
口の端からパタパタと垂れる血に、はたと我に返る。…ふぅ。どうにもこいつを前にすると冷静さを欠いてしまう。元々私はFactorを生理的に受け付けなかった。見るだけで、声を聞くだけで、総毛立つ不快感を感じていた。その感覚は、今もなおその感覚がフラッシュバックする程度には、強い。
私はこんな未来が来ることを「止めたかった」のだが、もう過ぎてしまった話だ。
そう、叫ぶくらいで解決するなら世話はないのだ。…深く深呼吸をする。
開いた目に入った別のモニターの隅、赤くメール通信アラートが光っている。用件は…。
「…やれやれ。これは新たな希望なのか、苦難なのか」
こいつに権限を与えることが、一縷の望みなのか。
<緊急案件 S-08 Thanatos承認について>
タローさんってこんな感じなんですね。初めて見たw
次回更新は明日!




